« 一葉忌 | トップページ | 歴史オタクの心得 »

2007年11月26日 (月)

上行寺東遺跡の現状

B07110051

京急金沢八景駅裏山の上行寺東遺跡に寄ってみた。

かつて、この遺跡が発見されたとき、地元は保存問題でゆれた。

そして、後方のマンション建設によって、破壊。

型取りされたレプリカの展示という方式になった。

そのレプリカも風化が進んでいる。

ここは中世(13C-15C)の大規模な墳墓群遺跡である。

「六浦の津」を見下ろす、丘陵の突端に位置し、

聖地的な場であったと考えられている。

住宅でうまる足下はかつては「六浦の津」の入り江で、

大型船が舳先を並べて停泊していた。

船着場から「大道」と呼ばれた六浦道が鎌倉まで通じる。

山並みに朝比奈切通しの切れ込みを、

はっきりと認めることが出来た。

まっすぐで、存外に近い感覚だ。

これはこの場に立たないと分からない。

やはり、ここは「勝地」にふさわしいと思う。

B07110053 

(写真 Caplio GX100)

|

« 一葉忌 | トップページ | 歴史オタクの心得 »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

写真だと本物かレプリカか区別がつかないですが、レプリカの遺跡とは、なんとも自己矛盾の存在ですね。
失なわれると二度と戻って来ないもののかわりに、一時しのぎのコピーで世間の非難をかわそうという装置でしょうか。

投稿: 胸の振り子 | 2007年11月27日 (火) 22時52分

同感ですね。
実際はあのマンションのところにあったのです。破壊前に、パーツにわけて型取りし、いまの場所に移動して、再構成、樹脂で形成、彩色したものです。この地方独特の「鎌倉石」という砂岩に似せています。ピル屋上の防水工事と同じで経年劣化が著しいです。あれから、20年以上たちました。あの時は「武者の亡霊」騒ぎがあって、「祟り」で「関係者」が連続不審死なんていってましたけど…どこかで聞いたことがある「お話」ですが…。確かに死屍累々の発掘状況があったようです。室町期に「六浦の津」を舞台に大きな合戦がありましたから。その時の戦死者かともいわれていました。今の状況は妥協の産物です。見るに耐えません。もっと「中世遺跡」を大事にして欲しい。「古代」だけが考古学ではないですよ。

投稿: kansuke | 2007年11月27日 (火) 23時31分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/488563/9127014

この記事へのトラックバック一覧です: 上行寺東遺跡の現状:

« 一葉忌 | トップページ | 歴史オタクの心得 »