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2008年1月16日 (水)

信じるもの(3)

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神社の石段の下で、深々と頭を下げる若い男性を見る。

前に、この国の人々はもともと、十分に宗教的で、

信心深いのだと言ったが、

あえて信心という言葉を使ったのは、

これを信仰と言うには躊躇があったからだ。

語意的には、ほぼ同じと思われるけど、

筆者にはどうしても、引っかかる。

信心といえば、誰もが持っているような、素朴な気持ち。

商売繁盛、豊作大漁、家内安全、合格祈願、諸病平癒を願い…

それらのことが成就した時の感謝…

そして、すべてをもたらしてくれる、自然、森羅万象にも感謝する…

そのような語感がイメージされる…

決して悪いことではない。人として、とても自然な心だ。

一方、信仰というと、

自分の人生の幸福を全て捨て去って、信じる道を歩み、

もっぱら、他者のための献身に生きるという、

まことに厳しい語感がイメージされる…

「華氏911」や「シッコ」の監督として知られる、マイケル・ムーア氏は、

熱心なカトリック教徒で、若い頃、聖職者を志望していたという。

その思いはかなえられなったが、信仰と献身について、

同様なことを語っていたのが印象的だった。

「自分の一生を他者のためにささげること。

 聖職者の道は断念したが、

 それと同じことを、自分は映画を作ることでやっている…」

(写真 Caplio GX100)

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