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2008年2月24日 (日)

強風

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昼ごろまで春を想わせる陽気、

一転、午後から強風となる。

品川のキャノンギャラリーにて、

大石芳野写真展 「黒川能の里」-庄内に抱かれて-

を見に行く。

同名の写真集が出たと聞いていたが、

会場にて、パラパラと見るに、

写真を多用したガイドかエッセイのような内容で、

これを写真集というには半端である。

したがって、購入せず。

(写真集であったら、話は別であったのだが…)

このごろは、こういう場で、この手の本を、

昔のように、とりあえず購入ということはない。

価格と質。特に質のほうに不満があるからだ。

写真展の方は…

「黒川能」は中世芸能の古態をよく残している点において、

もとより、中世史オタクである筆者も、

いささかの関心を寄せているが、

「黒川」の現在のありようから見た、

農民によって演じ続けられた云々という切り口には組しない。

だから、それを支える地域の大人、老人、子供という視点にも、

そうかと思うだけである。

それよりも、気になったのは、写真では、

もはや、そういった手法はパワーを失いつつあるということだ。

国内でもかなりの地方に行けば、人々もそれなりにピュアになり、

東京人との、その落差というようなものが、

写真にもパワーを与えると期待されてきた。

確かに、往年の巨匠たちはそれに成功している。

でも現在、すでに人々は東京人との、

間合いの取り方を学習してしまっているし、

その中に、東京人がコロッと参るプロットを、

仕掛けるのにも、熟練してしまっている。

写真はその白々しさを確実に捉えてしまうだけだ。

こういった手法を成立させ続けるには、

絶えず、世界の果ての人跡未踏で生命危険の紛争地を探して、

自己責任で撮りに行くしかないのだろう。

いったい写真表現というものは…

だんだんと本質から離れていくのは、宿命のようなものなのか。

(写真 Caplio GX100)

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