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2008年3月24日 (月)

桜の咎

B08030034

京、西山あたりの西行の庵。

春になると、美しい桜が咲くので、

毎年、多くの人々が、見物に訪れるの常であった。

ある年、西行はひとりで桜を愛でようと思ったが、

やってくる人々を追い返すわけにもいかず、

招き入れ…

     ~花見にと群れつつ人の来るのみぞ

                 あたら桜の咎にはありける~

と、美しさ故に人をひきつける桜の咎を、歌に詠む。

その夜、夜もすがら、

桜を愛でようと、木陰に休む西行の夢に、

老翁の姿の桜の精が現れる。

「桜の咎とは何事ぞ。桜はただ咲くのみにて、

 咎などあろうはずはない。

 これを迷惑と思うのも、ひとえに人の心」

と、西行を諭し、都の花の盛りを讃え舞う。

やがて夜もしらみ、

老翁も夢がさめるのともに消えてゆくのであった。

~謡曲「西行桜」より~

今から6、7年前、筆者は、

この季節になると、4x5一式担いで、方々に行っていた。

もとより、あの、ぱっと咲いて散るソメイヨシノは嫌いである。

撮りたいのは、

もっぱら、原生種の山桜、エドヒガン、シダレであって、

それも、樹齢400年以上、室町、戦国期の中世に、

遡るものに魅かれたのだ。

ほとんどが人が、いや中世の人々が植えたものである。

たぶん、ある、しっかりとした意図を持って…

撮影時間は夕刻の数時間に決めていた。

夕日がさし、

薄暮と逆光のなかに、老桜が浮かびあがる。

そのくらいの刻限になると、

この桜を植えた中世の人々の意図のようなものが、

直に、伝わってくるような気がしてならなかったのだ。

桜は人の心をどこか、物狂しくさせる。

どうしても、抗し難い感覚のように…

中世の人々も同じように想っていたのか。

昨日、東京に開花の報。

猿楽町の枝垂れはあと、もうちょっとである。cherryblossom

(写真 Caplio GX100)

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コメント

中世の世界が目の前に立ち現れるような桜の写真ですか。
山の中へ行けば、見つかるというものじゃなさそうですね。
小生は、昔、大阪から大和の明日香へしょっちゅう行っていました。その頃はまだ写真を撮っていなかったのですが、時々、今、古代世界のまん中にいると実感する瞬間が現れることがありました。
「桜の咎」は、写真のタイトルになりそうですね。

投稿: 胸の振り子 | 2008年3月24日 (月) 18時39分

あの頃は体力がありましたなぁ…
ある意味、取り付かれておりました。
今の日本人の「桜観」と、
中世人のそれとは、
かなり違っていたのでは、
と思っています。
でも、「原点」であったことは確かですね。
実際、現地に行って、仔細に桜を見ると、
彼ら(中世人)は相当、周到に想定して、
桜を植えていたことが伝わってくるのです。
たとえば、場所を開花の季節の日没の方向に、
正確に合わせて、効果を狙うとか…

投稿: kansuke | 2008年3月24日 (月) 21時55分

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