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2008年4月15日 (火)

勘助のイメージ(3)

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山本勘助はまだ、薄墨色の中世の霧の中にいる。

歴史学の世界では、その存在を確定できていない。

歴史上の、ある人物の存在を実証することは、

結構、大変なことなのだ。

勘助のことは、甲陽軍鑑という文献によるしかないのだが、

これが、誤りが多いので、偽書扱いされていきた。

それで、勘助架空人物説が主流になった。

でも、甲陽軍鑑を読んだ人なら、わかると思うが、

文体に戦国人の息づかいや、体臭が感じられるような、

不思議なリアリティと魅力が溢れている。

はたして、最近になって、甲陽軍鑑を見直す動きがでてきた。

たとえば、桶狭間の戦いにふれたくだりは、

戦いの実情を窺わせるとして、注目されている。

(信長の劇的な奇襲攻撃の成功という従来説に疑問符が付いた)

国語学・言語学の立場からも、詳細な研究があったりして、

注意深く読めば、史料として使えるという。

そして、1969年に発見された、唯一の確実な文献、

「市川文書」の存在。

(去年春、筆者も山梨県立博物館で実見)

山本菅(勘)助の名が出てくる、信玄の書状だ。

これで、勘助実在説は息を吹き返した。

しかし、これだけでは、まだ不十分な状況なのだ。

待たれるのは、さらなる確実な文献の発見である。

江戸時代に比べると、驚くほど少なくなるのが、

中世史の文献史料。

新たな文献の発見はかなり稀だけど、無くはない。

もう一押し。

筆者にとって、勘助の存在はもう、遠いものではなくなっている。

(写真 Caplio GX100)

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