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2008年4月17日 (木)

勘助のイメージ(5)

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甲陽軍鑑の主な口述者とされる、高坂弾正とは、

高坂昌信、あるいは確かな文書によれば、春日虎綱という。

もとは、なんと、あの石和出身(山梨県笛吹市石和町字春日)の、

大百姓の子で、士分ではない。

若い頃、信玄に見出され、召抱えられる。

順調に取り立てられ、重臣となり、

信濃・川中島の海津城主になった。

大河ドラマでは勘助に見込まれて、後事を託され、

娘婿に請われるほどの人物に描かれている。

だから、生前の勘助を良く知り、

その逸話を語り伝える役割を負うことが、

暗示されているのだろう。

甲陽軍鑑には、勘助はさておき、

ほかに、架空の人物が造形された形跡はない。

また、わざわざ勘助のような人物を造形しなければならない、

特別な理由も見当たらないようだ。

やはり、高坂弾正は勘助と親しい付き合いがあり、

追慕の気持ちが強かったのではないかと信じたい。

(写真 Caplio GX100)

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