「勘助」のイメージ(6)
ドラマや小説でよく知られる「勘助」の物語は、
「甲陽軍鑑」をもとにしている。
今のところ、「勘助」を知るには、
課題は多いものの、「軍鑑」によるしかないのだ。
見直されている「軍鑑」を、あらためて、注意深く読み直して、
「勘助」のイメージを追っていくと、興味は尽きない。
26才で本国(三河)を出て、武者修行。10年、諸国を遍歴放浪。
37才、駿河に。今川義元への仕官を望んで、
滞在9年に及ぶが、叶わず。
44才、甲斐、武田信玄のもとへ呼ばれ、仕える。
軍事、内政、信濃侵攻に功を挙げるが、
62才、川中島の戦いで戦死。
「軍鑑」よる、大まかな「経歴」だが、もとより誤りもある。
詳しく書かれるのは、駿河時代以降である。
でも、それは「悲しみ」をともなう始まりだ…
「軍鑑」による、「勘助」の風貌は、
「さんざんの醜男にて」「其の上目も一眼」「指もかなわず」
「足はちんばなり」…
従者を抱える余裕などなく、いつも一人で歩く…
今川家での評判は散々で、しかも、
当主の義元から憎まれ、蔑まれる。
いろいろと、都合よく「パート」で使われて、結局9年。
「本採用」にはならなかった。
(写真 Caplio GX100)
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