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2008年4月18日 (金)

「勘助」のイメージ(6)

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ドラマや小説でよく知られる「勘助」の物語は、

「甲陽軍鑑」をもとにしている。

今のところ、「勘助」を知るには、

課題は多いものの、「軍鑑」によるしかないのだ。

見直されている「軍鑑」を、あらためて、注意深く読み直して、

「勘助」のイメージを追っていくと、興味は尽きない。

26才で本国(三河)を出て、武者修行。10年、諸国を遍歴放浪。

37才、駿河に。今川義元への仕官を望んで、

    滞在9年に及ぶが、叶わず。

44才、甲斐、武田信玄のもとへ呼ばれ、仕える。

    軍事、内政、信濃侵攻に功を挙げるが、

62才、川中島の戦いで戦死。

「軍鑑」よる、大まかな「経歴」だが、もとより誤りもある。

詳しく書かれるのは、駿河時代以降である。

でも、それは「悲しみ」をともなう始まりだ…

「軍鑑」による、「勘助」の風貌は、

「さんざんの醜男にて」「其の上目も一眼」「指もかなわず」

「足はちんばなり」…

従者を抱える余裕などなく、いつも一人で歩く…

今川家での評判は散々で、しかも、

当主の義元から憎まれ、蔑まれる。

いろいろと、都合よく「パート」で使われて、結局9年。

「本採用」にはならなかった。

(写真 Caplio GX100)

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