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2008年5月27日 (火)

光秀のイメージ

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大河ドラマや小説で、相変わらず、おなじみなのは、

短気で神経質、粗暴な信長、

ひょうきんで、抜け目のない秀吉の対比として、

知的、文化人、繊細、育ちのよさ、温和という、

光秀の描かれ方であろうか。

しかし、フロイス日本史の記す、光秀のイメージは、

まったく異なっている。

「もとより、高貴の出ではなく」

「その才略、深慮、狡猾さ」「信長の寵愛」「不思議な器用さ」

「よそ者」「裏切りや密会を好み」「刑を科するに残酷」

「独裁的」「戦争において謀略を好み」「忍耐力に富み」

「計略と策謀の達人」「築城に造詣深く」

「優れた建築手腕の持ち主」「熟達の戦士を使いこなし」

「信長に贈与を怠らず、彼を喜ばせることは万事につけて調べ」

「人を欺くために七十二の方法を深く体得と友人に吹聴」

と云うのだ。

これは案外知られていないのではないか。

筆者は、こっちの方が真実に近いのではと思っている。

中世末期の戦乱と下剋上の状況で、

よく見受けられる「職業的なつわもの」のイメージが、

ぷんぷんと臭う。そして、まさに、そんな連中が好む、

夜討ち、朝駆けをもって、主君信長を倒す.。

フロイス日本史では本能寺の変直前に、

光秀と信長の間に諍いがあり、

信長が暴力をふるったとの伝聞を記している。

この時、この二人だけの間に起こったことに、

強い興味を抱くが、ごく個人的なことだったかも知れない。

いずれにせよ、光秀には、ある意味、

典型的な中世人のイメージがついて回るような気がする。

(写真 Caplio GX100)

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