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2008年6月の記事

2008年6月30日 (月)

「ベルビア」を見直す

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午前中、フィルムCD焼付けをピックアップしながら、

思いついて、六本木のフジフォトサロンに足を伸ばす。

よく、近くは通るものの、行きそびれていたのだ。

8X20のディアドルフで撮った「熊野古道」の作品を見る。

「日欧巡礼道展・日本編/熊野古道 南川三治郎氏」

伺うに、すべて「ベルビア」であるという。

そう、確かに「ベルビア調」

昔、自然風景を撮っていた頃、

撮影仲間で、やたら使う人が多くて、

筆者は、いささか食傷気味で避けていたフィルムだけど、

デジタルや何やらで、ちょっと離れていて、

今、久しぶりに見ると、何故かいやらしさを感じないのだ。

「熊野古道」の空気に、うまく馴染んでさえいるような…

極東・温帯モンスーンの湿気を適度に含んだ、

自然物と人工物、そして人物。

派手といわれる「ベルビアの色調」が、思ったほど気にならず、

独特のしっとりとした世界を、いい感じに見せる。

食わず嫌いは止め、試用してみよう。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年6月27日 (金)

扇を売る女性たち

絵巻物などの中世の絵画史料を調べると、

扇を作り、売るのは(下写真)皆、例外なく、女性であるという。

何故、女性なのか、よく解かっていないが、

扇の持つ聖性、呪術性と、

中世世界における女性の存在に、

深い関連があるのでは、という指摘がある。

中世世界では、神仏が人々の前に示現する時、

翁、女性、童の姿をとる場合が多い。

また、翁、女性、童は神に近い存在とも信じられていた。

どうも、その辺に理解のヒントが隠されていると、

言ってもよいかもしれない。

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(写真 Caplio GX100)

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2008年6月26日 (木)

扇を持つ人々

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1991年の「大河ドラマ・太平記」は、放送当時、

中世史に関心を持つ人々の間で、かな話題になった。

あえて、難しい時代を正面から扱い、

しかも、最新の中世史研究の成果を映像化したからである。

それは、装束、風俗、所作、セットなどの、

細かな部分までに及んでいるもので、

知っている人が見ると、「おお!」という場面もあった。

その中で、筆者が「おお!」と思ったのが、

主人公の足利尊氏が、都ではじめて、

後醍醐天皇や側近の僧文観たちと出会うシーンだった。

何者か判らぬ闖入者である、若き尊氏と出くわして、

彼らは、一斉に扇を広げて顔を隠し、

扇の骨の間から尊氏を窺がう「しぐさ」をみせる。

中世の絵巻物によく登場する「しぐさ」を、

はじめて、映像化して見せたのだ。

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この「しぐさ」は、中世の人々とって、

やはり、特別な意味があったようだ。

上の写真は、今まさに罪人に刑が、

執行されようとするところを、見物する人々。

下の写真は、都の繁華な大路で何か、

騒ぎがあって、それを窺がう男。

どうも、思いがけず「異常な状況」に、

遭遇した時、それを直接、「見ない」ように、

あるいは「見られない」ように、扇の霊力の助けをかりて、

とりあえず、避けるという「しぐさ」なのではないかと、

考えられているのだ。

当時、「大河・太平記」の製作者の中に、

宮本常一氏編共著の「絵巻物による日本常民生活絵引 1965」や、

歴史家・網野善彦氏の著作を熟読している人がいると、

噂されていたが、

今でも、筆者はうなずける話だと思っている。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月25日 (水)

被災

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今日は「扇を持つ中世の人々」を投稿予定だったが、

岡山ネタがのっているので、明日に送る。ご容赦を。

関東大震災で、岡山由来の品々をすべて失うが、

被災したのは、当時、祖父母が住んでいた有楽町であった。

有楽町はどのあたりだったが、今となっては不明だが、

現在とは大分異なり、木造住宅が密集していたらしい。

教会の鐘が聞こえたというし、

実際、祖父母はその教会(現在の銀座教会である)の、

教会員になっていた。

父親と伯母も、日曜学校に通い、教会員になっている。

祖父母や父親、伯母たちにとって、

有楽町、そして銀座は終生、特別な街であり続けたのだ。

時は流れて、現代…

写真趣味にうつつを抜かしてる、じゃなかった、

真面目な、写真表現活動に取り組んでいる筆者は、

あの当時と同じ場所に建つ、現銀座教会ビル、

8階L社で、テヒニカや、ハッセルを購入しているわけだ。

一族の者たちは、はたして、

銀座の草葉の陰で、泣いて居るのか、笑って居るのか…

Amazonにて発注の、

「姿としぐさの中世史 絵図と絵巻の風景から」

(黒田日出男著 1986 平凡社イメージ・リーディング叢書)

岡山より届く。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月24日 (火)

言い伝えを軽くみるな

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東京8X10組合連合会会員の胸の振り子さんより、

岡山の我が家、存在の可能性について、

資料検索と貴重な情報を寄せて頂いた。感謝。

江戸後期、倉敷近郊のとある街に、

医術を生業とする、それらしき某家あり。

手がかりがありそうな…

とたんに、イメージが広がり始めた。

とかく、歴史学では、言い伝えを軽んじる傾向があるが、

戒めねばならないな。

意外に、真実を伝えていることがあるのだ。

今日はそれを実感する。

何はともあれ、岡山を訪ねる計画に着手せねば…

実は、今日は「扇を持つ中世の人々」について、

絵巻物から少し、紹介しようと思っていたのだが、

とりあえず、明日にということで、ご容赦。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月23日 (月)

岡山オリジン

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中世の人々が実生活で、

扇をどのように使っていたのか、調べたくなって、

手元にあったはずの本を探したのだが、

どうしても、見つからず。

やむなく、Amazonにて発注することに。

「姿としぐさの中世史 絵図と絵巻の風景から」

(黒田日出男著 1986 イメージ・リーディング叢書)

本体 ¥660 送料 ¥340

早速、出品者から、発送手続きを完了した旨のメールを受信する。

住所は岡山市内だった。

最近、何だか、岡山と縁があるが、

実を言うと、岡山はまだ足を踏み入れたことがない。

でも、繋がりはある。

筆者、父方の祖母は前にもふれたとおり、

山梨は笛吹川上流の出身で、一葉の遠戚だった。

祖父のほうが、江戸出身ながら、岡山旧家の姓を継いでいるのだ。

なんでも、岡山のさる藩の藩医の家で、

長崎では、シーボルトの門弟だったそうな。

ご多分にもれず、幕末の動乱で零落、

婆さん一人が生き残り、明治末年に上京して、

祖父に、刀大小一振り、家譜、製薬道具一式、

(シーボルト譲りの薬秤も含まれていたというが…)

各種製薬の免許(何とか丸とか云った)を、

伝授して、家を継がせた。

その後の震災で、それらは全て失われたが、

家名だけは残り、今に至っているわけだ。

だから、筆者の姓は岡山オリジンなのである。

西日本に多い姓であるから、よく関西オリジンに間違われ、

関西言葉で、いきなり話しかけられたこともあったけど、

それはまた、別の話だ。

まぁ、この辺で、オリジンの岡山を訪ねてみるのも、

悪くない趣向だなと、思い始めたのだ。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月22日 (日)

宋銭の謎

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12世紀から13世紀にかけて、

中国から、宋銭が大量に流入したことと、

日本の中世では、古代以来の正式銭貨が、

まったく発行されなくなったことについて、

今まで、有力な仮説が無かった。

今日の新聞は、面白い仮説の登場を報じている。

別府大学の研究グループによると、

古代12種の銅貨は国内銅が使われたが、

中世に入ると、国産銅が枯渇し、銅貨発行が出来なくなった。

様々な銅製品の需要増もあり、中国から原料として、

銅貨を大量に輸入せざるを得なくなったのだという。

各地から出土した銅製品の組成を分析した結果、

12世紀後半から、原料が宋銭と同じ、中国華南産に、

一斉に切り替わっていることも実証された。

では、本来の通貨としては、どうなのかというと、

12世紀後半、はじめは原料として輸入されるが、

その需要が一巡して、13世紀にはいると、余った分が出回り、

通貨として使われるようになったと推定している。

たとえば、鎌倉大仏は宋銭100%製の可能性が高いが、

これは、13世紀後半になると宋銭が、

誰でも簡単に入手出来るようになったので、

一般民衆の勧進(寄付)で大仏を、

造るのが容易になったからだと考えられる。

13世紀後半から14世紀にかけて、貨幣経済が急速に発達する。

いわゆる「銭バブル」状態になって、

武士階層の貧富の差が大きくなり、

鎌倉幕府がおかしくなったことも理解できる。

話は変わるが、

今でも、各地で一度に大量の宋銭が出土することがある。

「埋納銭」と呼ばれ、意図的に埋められたことも判っている。

隠匿ではなく、呪術的な意味があったようだ。

地下は異界であり、神仏や様々な精霊の、

領域であると、中世世界では信じられていたから、

銭の霊力による鎮めが必要な時があったのだと…

どうも、銭の呪術的な霊力のほうが、

重視されていたふしがある。

現代でも、その片鱗は残っているかもしれない。

誰でも、お金には、

何か特別のものを感じないわけにはいかないからだ。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月21日 (土)

副都心線に乗ってみる

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新宿へ、所用ついでに、

中古カメラ店をのぞき、

いつものように、デパ地下で「うおがし銘茶」を仕入れて、

新宿三丁目駅より、副都心線に乗ってみる。

数分で渋谷に着く。

至便ではあるが、がらんとした車内。

まだ、何となく、落ち着かない雰囲気だ。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月17日 (火)

何を見てきたのか

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土曜日の深夜、思い立って、

 「別冊太陽 生誕100年記念 宮本常一

  忘れられた日本人を訪ねて」 (平凡社刊)

  本体¥2310 配送料 ¥348

を、Amazonにて購入。日曜夕刻届く。

やはり、宮本の写真が気になってしまう。

宮本は「何を見てきたのか」に、徹底的にこだわったという。

その記録が写真であり、

写真を見れば、一目瞭然でなのである。

これは、その撮影者、いや、世のすべての写真表現者に対する、

最も基本的で、最も厳しい問いかけではないのか。

彼は身をもって実践した。

極めてシンプルなことのようだけど、誰にでも出来ることじゃない。

パラパラと見るに、

岡本太郎、深沢七郎、宮本の三氏が、座談する写真を見つけ、

感慨を深くする。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月16日 (月)

試写

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今回、ライツ・ミノルタCL(CL)の修理をお願いした、

(有)エム・オー・ティーの藤井氏によると、

CLのボディは、特別なブラック焼付け塗装が施されている。

それは、同時代(70年代)の他社製品のブラック塗装と、

比較すれば、よく解かるという。

例えば、筆者が高校写真部時代に使ったペンタックスSPF、

そのブラックボディは、使っているうちに、

テラテラに、光ってしまったが、

CLは、独特の梨地半光沢の風合いを保つのだそうだ。

藤井氏も、当時のミノルタ社内で、

その風合いを保つ方法について、

研究した結果、クリーナーなどの薬剤を用いるのは、

適当でなく、セーム皮で乾拭きするしかないという、

結論に達したのだそうである。

確かに年月を経ても、上品な手触りが感じられる。

メーターは一目盛り分の狂いを調整したが、

35年の経年を感じさせないほど。

レンジファインダーの微細な亀裂は、懸念された、

プリズム腐食ではなく、ファインダー窓のカビ状の汚れだった。

完全には取れなかったが、使用にはまったく問題なし。

ファインダー像は、はっきり、すっきりに。

フィルム巻き戻しボタンの方は、古い油と塵で固まっていただけ。

今後、留意する点は、シャッターユニットとフィルムスプールだ。

こればかりは、オリジナルパーツなので替えがなく、

気をつけて使うしかない。

久方ぶりの、レンジファインダー機、

まだまだ、取り回しに慣れず。

今後、頻繁に持ち出し、慣熟の要あり。

でも、撮影していて、何故かとても気持ちが良かったのだ。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PRO400N)

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2008年6月15日 (日)

渋谷ごった返す

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「副都心線」開通のため、この街、終日ごった返す。

埼玉方面より、どっと人が流入したようだ。

息苦しさを覚える。

先が思いやられるな。どうなることやら…

さて、ライツ・ミノルタCLの試写を決行、

CD焼付けに出し、あがりは明日哉。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月14日 (土)

帰還

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ライツ・ミノルタCLの修理が完了し、無事帰還する。

埼玉県・鳩ヶ谷市まで、受領に赴いた。

今回、修理を依頼したは、

(有)エム・オー・ティー (代表取締役 藤井盛光氏)

http://www.k5.dion.ne.jp/~mot/

藤井氏はミノルタ出身の方で、いうまでもなく、

ミノルタのフィルムカメラ(特に一眼XDシリーズ)の、

エキスパートである。

筆者は、今後、ライツ・ミノルタCLを使っていく上で、

このカメラの状態を、正しく把握しておきたかったし、

この際、教えて頂きたい事もあったので、

直接、伺ったわけだ。

一時間ほど、お話を聞く。

筆者のように、修理完了品を直取りに来る来訪者は稀で、

ほとんどが、まずは様子見方々、修理品を持ち込んで、

あーでもない、こーでもないと、いろいろと言う人たちだそうだ。

筆者は、修理が終った後の方が、肝心だと思うのだけどね…

藤井氏も、部品確保など、ご苦労も多い。

絶えず、修理不能のジャンク品も含め、収集に努めている。

最近の自信作は、

二眼レフ・ミノルタオートコードのフォーカッシングレバー、

破損することが多いのだが、もとより、スペアは無い。

切実な要望もあるので、

終に部品の再製作に踏み切ったのだという。

この世界、藤井氏のような人々の、

地道な努力が、頼みの綱である。

これから、フィルムカメラを使い続けていく中で、

このことを、しっかりと覚えていかねばならないだろう。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月10日 (火)

「飢人身ヲ投グル事」

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中世史に関心を持つ者なら、絶対に、

外せない史料のひとつが「太平記」だ。

その中で、筆者が一番、印象的だと思う、挿話がある。

巻第33、版本では僅か2ページに過ぎないところだが、

強烈なメッセージを、現代の読者に送り続けているのだ。

 …果てしなき南北朝の騒乱は、既に20年以上も続き、   

  都は焼け野原になる。あちこちに白骨が転がっているような、

  惨憺たる有様である。

  かつては豊かな生活をおくっていた、ある下級貴族、

  今は全ての財産を失い、夫婦だけが子供二人を連れ、

  あてどもなく都を落ちていく。

  飢えた一家。夫はとある家の門前に立ち、

  食を乞うが、その家の者に怪しまれ、

  袋叩きに遭ってしまう。夫の帰りを待ちわびる妻子たちは、

  道を通る旅人に、夫が殺されたと聞き、川に身を投げる。

  一方、やっとの思いで切り抜け、いくばくかの木の実などを、

  持ち帰った夫は、変わり果てた妻子の姿を見て絶望し、

  自らも後を追って、身を投げてしまうのだった…

「太平記」の作者は、このような惨事の責任は、

ひとえに、私利私欲を貪り、簒奪と贅沢に耽る時の為政者、

(武家方、大名たち)にあると、痛烈に批判する。

翻って、今の時代、どうしようもない「闇」を感じさせる、

惨事が続くのを見るにつけ、

筆者は「太平記」のこの物語を思い出す。

中世の人々でさえ、為政者の悪徳を、

鋭く見抜き、告発しているのだから…

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月 9日 (月)

「宮本常一が歩いた日本」を観る

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コンビニで、ライツ・ミノルタCLを宅配便にて、

送り出してから、銀座へ出る。

「宮本常一が歩いた日本 昭和37年~39年」

(銀座ニコンサンロン)を観に行く。

宮本常一が民俗学のフィールドワークのかたわら、

撮影した、膨大な写真記録については知っていたが、

こういった、まとまった写真展のかたちで見るのは初めてだ。

興味深く、じっくりと観賞した。

全ての写真が、しっかりとした意図をもって撮られているので、

冗漫さがまったく無く、見る人に、

真水の如く、ストレートにはいってくる。

宮本は撮影のために、取替え引き替え、

都合5台のオリンパスペンを使い続けたという。

一見、何でもないショットのように見えるけど、

自然で、的確だ。やはり、かなりの手だれだと思う。

何か、面白いものが写しこまれていたりするのを発見すると、

つい、宮本流の「絵引き」のように見てしまうが、

優れた民俗学者の目を、

いつのまにか、写真表現者の目に、

読み替えてしまうのも、今の鑑賞者の勝手さにも思える。

いずれにせよ、

「昭和30年代の世界」に浸りきったひとときだった。

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(写真 Caplio GX100)

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2008年6月 8日 (日)

やな感じだ

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今日も梅雨晴れ、でも、天候は下り坂の気配だ。

明日からは梅雨空に戻るらしい。

ライツ・ミノルタCLを修理に出すことにする。

とりあえず、今回は当面の撮影に支障がなければ、

「軽修理」に止めるつもりだ。

「ファインダーの見え」は、こだわる人も多いのだろうが、

もとより、筆者は」クラカメコレクター」ではない。

もっと大事にしたいことがある。

7月のサミットのお陰で、

都内は厳戒体制にはいっているようだ。

一昨日に見た光景、制服と身体検査、やな感じだ。

昨年9月に見た、写真展「我が漂流記」を思い出す。

http://wagahyouryuki.jugem.jp/?cid=22

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(写真 Caplio GX100)

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2008年6月 7日 (土)

梅雨晴れだが…

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梅雨晴れ、夏を想わせる一日となる。

ライツ・ミノルタCLにトラブルが発生した。

まず、フィルム巻き戻しボタンの不動が判明。

フィルム一本をオシャカにする。

そして、止めの一発…

明るい太陽のもとで、あらためて、

ファインダーをチェックするに、

中央二重像合致部に微細な亀裂を発見。

至急、修理業者にあたり、メールで、いろいろと相談してみた。

修理可能の見込みはついたが、

費用のことで、思案が必要となる。

使用に耐える程度までの「軽修理」は容認出来るだろう。

次の段階、ファインダーで「重修理」が必要になった場合に、

決断が求められる。

この週末で、じっくり考え、

週明け、修理業者に発注しようと思う。

フィルムによるスナップ撮影再開への道は、

少し遠くなったが、こんなこともあろう。

まぁ、仕方ないな。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月 6日 (金)

情報感覚

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一連のシリーズの一区切りとして、

光秀と秀吉のことに触れたい。

本能寺をめぐって、

両者の共通点のようなものを、筆者は感じてきた。

以下は、筆者のまったくの推論であるので、ご容赦を。

キーワードは情報感覚である。

本能寺での、信長の大油断を、

光秀だけが、どうやって、的確に掴んだのか。

「フロイス日本史」の光秀評に、

 「彼は誰にも増して、絶えず信長に贈与を怠らず、

  その親愛の情を得る為には、彼を喜ばせることは、

  万事につけて調べているほどであり…」とある。

光秀は信長の身辺に絶えず、言動や動静を監視し、

通報させる者を置いていたのではないだろうか。

それと同じことは秀吉にも言える。

彼も、同様の者を信長の身辺近くに置いていたのではないか。

事件の第一段階では、

光秀が、その信長監視網を駆使して、

信長を奇襲し、速やかな成功を収める。

第二段階では、

今度は秀吉の信長監視網が威力を発揮し、

事件を迅速的確に秀吉に伝え、光秀の動向を探り出す。

結局、それが、秀吉の鮮やかな反撃につながる。

光秀は秀吉に対する監視網を準備出来なかった。

とまぁ、こんな感じだが、光秀、秀吉両人は、

当時としては、ずば抜けた情報感覚を、

もっていたのでは、とういことだ。

信長の家臣の中で、こんなことをやってのけるのは、

この両人だけであったろう。

これは皮肉かもしれないが、

主君信長も、若き頃は、同様の感覚に優れていたようだ。

彼が桶狭間の戦いで一番の手柄としたのは、

勝利につながる情報をもたらした者であったという。

「人間五十年」 

信長、両人のような大変な家臣を抱えてしまった油断か…

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月 4日 (水)

戦列復帰へ

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梅雨らしい一日。

ライツ・ミノルタCLのクリーニングを一通り終え、

バッテリー、アダプター、レンズリアキャップ、ボディキャップなど、

こまごましたパーツを揃えに、新宿ヨドバシへ。

メーターは無事作動した。

付属の純正ラバーフードは経年劣化していたので、

汎用品の金属フードに交換する。

新たに、クラシックな茶のレザーストラップを取り付ける。

もう一度、各部の作動状況を確認。

カラーネガとモノクロフィルムを用意して、

いよいよ、数十年ぶりの戦列復帰へ、準備完了ということに。

梅雨の晴れ間を待って、試写に出るとしよう。

まさに、「晴れたら、らいか」

思いもかけず、楽しい梅雨時となった。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月 3日 (火)

N氏の愛機 “Leitz Minolta CL”

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関東甲信越、本日梅雨入り。

昨日「宴にて、備前焼の愛好家でもある、

N氏と中世古陶の話題などで盛り上がる。

写真好きの筆者にと、

30年前に入手されたライツ・ミノルタCLと、

Mロッコール40㎜、90㎜を譲られるという。

恐縮なので、とりあえず、お預かりするということにした。

電池メーターテストはこれからだが、

外観、レンズ、シャッター、大丈夫そうにみえる。

早速、クリーニングにかかる。

筆者のカメラたちとの出会いの中で、

こういったケースは初めてであろう。

この際、これを、

デジタルにうつつをぬかす筆者にたいする、

「天啓」と受け止め、

フィルムによるスナップを再開するべきである、

という、結論に達した。

N氏の愛機を立派に再生出来たらと思う。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月 2日 (月)

山形の地酒をききに…

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山形・鶴岡大山の稀少な地酒を頂いた。

「羽前 白梅 しぼりたて 俵雪 無濾過 純米吟醸生原酒」

(日本酒度 +4  酸度 1.5 度数16~17)

(山田錦 30% 雪化粧 70% 精米歩合 50%)

緑深い多摩丘陵にある、日本酒好きのN氏宅にて、

氏の手料理とともに、きき酒会をかねて、

ささやかな宴をもった。

上の写真は本日、筆者が持参した品々だ。

肴も「山形もの」を探して、

お酒と同じ鶴岡大山の漬物を見つける。

「民田茄子のからし漬」と「かす漬」(地元の酒粕を使用)

それに、吉祥寺・ハモニカ横丁のぬか漬各種と、

富山のほたるいか沖漬。

さて、肝心なお酒の感想を…

控えめな吟醸香と、適度な酸、バランスもよい。

素直さ、無濾過ならではの自然な味わいを感じる。

後味も悪くなく、飲みあきしない。

かといって、決して凡庸ではなく、魅力的である。

自然と、杯を重ねてしまう。

久しぶりに良い酔い心地であった。

感謝。

(写真 Caplio GX100)

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2008年6月 1日 (日)

動機

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本能寺の変が陰謀ではなく、黒幕もいないとするなら、

では、筆者はどう考えているのだ、と聞かれるかもしれない。

そこで、あくまでも、筆者の現段階での推測ということで…

光秀には動機があった。

信長は常に、部下に過酷であったが、

その処遇、処分において、公平とは云い難く、

しばしば気まぐれで、えこひいきをした。

どうも、他の戦国大名のような、

場合によっては、主君をもしばる、

合意事項やルール(法度や分国法)に則った形跡がない。

たとえ、有能で、気に入られていたとしても、

主君として、仕え続けるには問題が多すぎる。

実際、謀反が頻発している。

この時代、家臣が仕えるに足る主君を選ぶ。

問題のある主君であれば、主家を去るか、

あるいは、家臣が団結して主君を追い出したり、

謀反を起して、取って代わるというのが、

中世末期の社会では、ごく普通のやり方だった。

典型的な中世人で、「職業的なつわもの」であった光秀が、

「いつかチャンスがあれば」と思うのは、決して不自然ではない。

そこへ、願っても無いチャンスがやって来た。

しかも、光秀だけに…

このようなチャンスは二度とないであろう。

あの信長の、まったくの油断である。

光秀が動かないはずがないではないか。

(写真 Caplio GX100)

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