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2008年6月22日 (日)

宋銭の謎

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12世紀から13世紀にかけて、

中国から、宋銭が大量に流入したことと、

日本の中世では、古代以来の正式銭貨が、

まったく発行されなくなったことについて、

今まで、有力な仮説が無かった。

今日の新聞は、面白い仮説の登場を報じている。

別府大学の研究グループによると、

古代12種の銅貨は国内銅が使われたが、

中世に入ると、国産銅が枯渇し、銅貨発行が出来なくなった。

様々な銅製品の需要増もあり、中国から原料として、

銅貨を大量に輸入せざるを得なくなったのだという。

各地から出土した銅製品の組成を分析した結果、

12世紀後半から、原料が宋銭と同じ、中国華南産に、

一斉に切り替わっていることも実証された。

では、本来の通貨としては、どうなのかというと、

12世紀後半、はじめは原料として輸入されるが、

その需要が一巡して、13世紀にはいると、余った分が出回り、

通貨として使われるようになったと推定している。

たとえば、鎌倉大仏は宋銭100%製の可能性が高いが、

これは、13世紀後半になると宋銭が、

誰でも簡単に入手出来るようになったので、

一般民衆の勧進(寄付)で大仏を、

造るのが容易になったからだと考えられる。

13世紀後半から14世紀にかけて、貨幣経済が急速に発達する。

いわゆる「銭バブル」状態になって、

武士階層の貧富の差が大きくなり、

鎌倉幕府がおかしくなったことも理解できる。

話は変わるが、

今でも、各地で一度に大量の宋銭が出土することがある。

「埋納銭」と呼ばれ、意図的に埋められたことも判っている。

隠匿ではなく、呪術的な意味があったようだ。

地下は異界であり、神仏や様々な精霊の、

領域であると、中世世界では信じられていたから、

銭の霊力による鎮めが必要な時があったのだと…

どうも、銭の呪術的な霊力のほうが、

重視されていたふしがある。

現代でも、その片鱗は残っているかもしれない。

誰でも、お金には、

何か特別のものを感じないわけにはいかないからだ。

(写真 Caplio GX100)

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