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2008年6月 6日 (金)

情報感覚

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一連のシリーズの一区切りとして、

光秀と秀吉のことに触れたい。

本能寺をめぐって、

両者の共通点のようなものを、筆者は感じてきた。

以下は、筆者のまったくの推論であるので、ご容赦を。

キーワードは情報感覚である。

本能寺での、信長の大油断を、

光秀だけが、どうやって、的確に掴んだのか。

「フロイス日本史」の光秀評に、

 「彼は誰にも増して、絶えず信長に贈与を怠らず、

  その親愛の情を得る為には、彼を喜ばせることは、

  万事につけて調べているほどであり…」とある。

光秀は信長の身辺に絶えず、言動や動静を監視し、

通報させる者を置いていたのではないだろうか。

それと同じことは秀吉にも言える。

彼も、同様の者を信長の身辺近くに置いていたのではないか。

事件の第一段階では、

光秀が、その信長監視網を駆使して、

信長を奇襲し、速やかな成功を収める。

第二段階では、

今度は秀吉の信長監視網が威力を発揮し、

事件を迅速的確に秀吉に伝え、光秀の動向を探り出す。

結局、それが、秀吉の鮮やかな反撃につながる。

光秀は秀吉に対する監視網を準備出来なかった。

とまぁ、こんな感じだが、光秀、秀吉両人は、

当時としては、ずば抜けた情報感覚を、

もっていたのでは、とういことだ。

信長の家臣の中で、こんなことをやってのけるのは、

この両人だけであったろう。

これは皮肉かもしれないが、

主君信長も、若き頃は、同様の感覚に優れていたようだ。

彼が桶狭間の戦いで一番の手柄としたのは、

勝利につながる情報をもたらした者であったという。

「人間五十年」 

信長、両人のような大変な家臣を抱えてしまった油断か…

(写真 Caplio GX100)

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