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2008年8月の記事

2008年8月30日 (土)

“After a storm”

2001

PCの古いファイルを整理していたら、

ちょっと前の写真が出てきた。

2000年の秋に上高地で撮ったものだ。

豪雨と突風の一夜、

嵐が静まると、星が瞬き始めた。

夜明けとともに、撮影にとりかかり、

足下に散らばった紅葉にカメラを向けた。

今見ると、つくづく、つまんない絵だなぁ…

題名まで、付けなきゃならないんで、

まぁ、適当に、

“After a storm”と遣っておいた。

でも、使ったレンズは、

日野にある山崎光学から、直接手に入れた、

http://www.cosmonet.org/congo/

お気に入りの「ワイドアングル・コンゴー120㎜」だ。

何分、古い画像データーなので、

色調など、多少不鮮明なのはご容赦を…

(写真上 スーパーグラフィック4x5 Wコンゴー120㎜F6.3 E100S)

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2008年8月29日 (金)

峠の記憶

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9月号の「日本カメラ」に、興味を引く写真を見つける。

「我が写真回想記57 富岡畦草の記録する日々」

1955年9月25日(昭和30年) 朝比奈切通しの廃屋。

峠道の傍に、怪しげな廃屋が写っている。

金沢六浦から鎌倉への入り口にあたる、朝比奈峠には、

(2007年11月26日投稿 中世の景観とは④ 参照)

子供のころから、何か畏怖にも似た想いをもっていた。

低い丘が続く、横浜南部・三浦半島の地形の中で、ここだけは、

「峠」と呼ばれており、深山幽谷の響きがあった。

実際は、200メートルにも満たない山で、宅地化も進んでいたが、

金沢八景から鎌倉へ向かう路線バスは、喘ぎなら、

この本格的な山道を登って行ったものだ。

ヘアピンも、薄暗い森も抜けるから、飽きない道中である。

今、思い出してみると、ここは、

境界地の名残りを、残していたのは確かなのだ。

坂の人家も絶えたあたりには、野犬の収容施設があって、

日々、「処分」が行われているという、恐ろしげな噂が、

子供たちの間で飛び交っていたし、

峠の頂上にある霊園も「異界」であった。

この写真は、筆者が生まれる、かなり前に撮られたものだけど、

既に、この「峠」のもつ「境界地」のイメージを、

強烈に伝えているのに、あらためて驚く。

このごろの「日カメ」

「朝カメ」より、ずっと面白いかも…

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(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

(写真下 GX200) 

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2008年8月26日 (火)

薬師三尊像

Amazonより、

「美術文化シリーズ118巻 覚園寺」

(井上章著 中央公論美術出版 1965初版 1974七版)

が届く。

久しぶりに、薬師三尊像の口絵写真を見る。

京都・奈良の有名な仏像に比べたら、随分地味だけど、

前にも触れたとおり、筆者の一番好きな仏像だ。

特に、左右脇侍の日光、月光両菩薩が良い。

その「憂い」と「想い」を含んだ表情が何とも言えない。

室町期、応永29年(1422)造立の墨書銘が発見されているが、

中世も爛熟期である。

鎌倉には関東公方が置かれ、最期の繁栄を享受するが、

足利一族の激しい内訌で戦乱が絶えなかった。

谷戸の奥にある、薄暗い薬師堂に差し込む、

澄んだ秋の光の中で、

この三尊像に会った記憶がある。

秋が深まると、この寺は素晴らしいたたずまいを見せる。

また会いに行きたくなったのは、言うまでもない…

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(写真 GX200)

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2008年8月25日 (月)

お祭りはね…

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この夏、世田谷のある病院の整形外科に通い始めた。

主治医が、今までの大学病院を退職したため、

彼の新しい職場の病院に誘われたのだ。

ちょうど、その日は病院の前の通りが、

お祭りの準備で、盛り上がっていたので、

モノクロを詰めたCLでスナップしてみた。

実を言えば、「お祭り」は苦手なのである。

写真を撮ろうなんて、思ったこともない。

今の「お祭り」は、必ず、お神輿が出て、

威勢よくというのが、わざとらしくて嫌なのだ。

どうも、こういった風習は、

案外新しくて、江戸期、明治期にも無かったらしい。

昔を知っている人が、苦言を呈していたのを聞いたことがある。

本来は、まぁ、中世世界でのことであるけれど、

警ひつを発して、露払いする神人たちに先導されながら、

神輿は静々と大路小路を渡されていたようだ。

行き逢った人々も、手を合わせて拝んでいる。

(上杉本 洛中洛外図屏風)

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(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2

                                                NEOPAN400 PRESTO)

(写真下 GX200)

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2008年8月22日 (金)

旅情

胸の振り子さんのブログ、

“A Moveable Feast”(右ブックマークをクリック)

おわら風の盆がはねた後の、

越中八尾、夜明けの街の写真に、

何とも言えぬ、旅情のようなものを感じてしまった。

居ても立ってもいられない気持ちとは、このことか。

夜明けの時を、満喫出来るなんて、

非日常の旅ならではのことだろう。

その辺から、旅の記憶が呼び覚まされたに違いない。

夜明けの街、道路、駅、黎明の撮影…

写真撮影者なら、カメラを手に取ったその時から、

非日常のスイッチが入り、

旅が始まるという、あの感覚がわかるのでは…

夕刻、北西の方角から黒雲来る。

程なく、雷鳴と豪雨。

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(写真 GX200)

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2008年8月20日 (水)

風林火山 1969年

渋谷の古本市、会期中は時々覘いているが、

今日は、思わぬものが目に入った。

「風林火山 井上靖」

(新潮小説文庫 1969年刊 特装カバー付 定価¥280)

¥500 也 にて購入する。

そういえば、井上靖の原作小説は未読だった。

本書の出た年、1969年(昭和44年)は、

風林火山が映画化(東宝・三船プロ)され、

(勘助役は、いわずと知れた三船敏郎)

また、NET系(テレビ朝日)でも、ドラマ化されていた。

(こっちは写真をみると、東野英治郎のように見える)

その人気を当て込んだ、記念版の文庫だろう。

カバー裏には、映画、テレビドラマのスティールが、

あしらわれている。状態もまあまあだ。

筆者にも、おぼろげながら、その年の記憶が残っている。

たしか、その年の大河は「天と地と」ではなかったか。

小学校の通学路にあった封切館の前で、

懸命に背伸びをして、展示してあった映画のスティールを、

のぞき見したのだ。

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(写真 GX200)

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2008年8月19日 (火)

北条一族は温泉好き?

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兼好が世話になったのは、金沢・北条氏だが、

この北条一族に、筆者は何故か惹かれるものを感じている。

権謀術数と血で血を洗う抗争を重ねて、

鎌倉幕府のみならず、国中の富と権力を牛耳るに至ったという、

あまり芳しくないイメージがあるし、もとより名門ではない。

桓武平氏の一流で、伊豆に土着した豪族の出という説も、

最近では疑問視され、出自不明が実態なのだ。

彼らは短期間で全国に拠点を築いたが、その殆どが、

海陸の交通の拠点、気候温暖、豊穣の地である。

去年の秋、山梨・笛吹市の石和温泉に浸かりながら、

勝手に思いついたことがある。

石和も、鎌倉後期に金沢・北条氏の領地だったらしい。

この温泉は戦後発見されたものだけど、昔のことはわからない。

北条一族の本拠地、伊豆は温泉が豊富だ。

修善寺や熱海も、彼らの領地だったという説がある。

信濃国の一族の拠点、上田・塩田荘も別所温泉に近い。

九州の彼らの拠点があったという、熊本・阿蘇、

万願寺温泉には北条時宗の肖像画が伝わっている。

ひょっとして、彼らは温泉好きだったのではないか?

中世世界では、温泉は死病を癒し、

復活、再生をもたらすと信じられていた。

温泉は、有難い神仏の霊験を示すものだから、

最寄りに、有力な寺社などの宗教施設を伴うことが多い。

当然、彼らはそっちにも、大いに魅力を感じていたはずだ。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年8月18日 (月)

金沢の兼好

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午前中の短い時間を利用して、

雨中、横浜・金沢文庫へ。

県立金沢文庫企画展

「徒然草をいろどる人々」を見に行く。

今回は、JR根岸線→新杉田→シーサイドライン→

海の公園南口下車というコースで、はじめて行ってみたが、

京急より、時間がかかってしまった。

やはり、慣れた行き方のほうがよい。

この企画展は、未だ謎の多い「徒然草」の作者、兼好の実像を、

金沢文庫所蔵の中世の史料から迫ろうとするものだ。

武蔵国六浦荘金沢の地は、兼好と縁が深い。

兼好は少なくとも2回、東国に下向し、

1~2年、この地に住んだ。

(徒然草にも、その頃の思い出が書かれている)

その時のスポンサーが、北条一門の金沢一族だった。

兼好との関係を示す書状の実物が展示されている。

中世の優れたエッセイスト、ノンフィクションライターである、

彼のネタモトが、金沢氏をはじめとする鎌倉幕府の要人たちで、

あったことが窺えて、興味深い。

どうも、ここ金沢文庫・称名寺のごく近くに、

「住まい」も、提供されていたようだ。

単なるスポンサー以上(雇用主か?)

の関係が、最近の研究では疑われている。

(写真 GX200)

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2008年8月16日 (土)

古本市にて

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今日は「渋谷大古本市」の初日だ。

昼前に覘いてみる。

外も暑いが、会場も熱気が凄い。

古本の臭い、汗の臭い、息が詰まりそうになる。

やはり、手ぶらで会場を後にすることは出来ず。

「中世都市鎌倉 遺跡が語る武士の都」

(河野眞知郎著 講談社選書メチエ 1995)

思いがけず、この「学術文庫版」を探していたのだ。

そうしたら、最初の「選書版」が出ていたわけで…

「求めよ、さらば与えられん」 ということである。

購入するに、¥500- 

少しばかり、得した気分だけど、

一方では、読むべき書が大分積みあがってきている。

古本市も、一週間の会期があるし、最寄りではある。

毎日、覘くことになるだろうな。

(写真 GX200)

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2008年8月14日 (木)

「古代ドラム」の音

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北京五輪開会式の演出に、

違和感を感じた人は少なくないと思う。

「やっぱり、中国って凄いじゃん」風の、

古代帝国への憧憬ぶりが異様であった。

秦の始皇帝の兵馬俑兵士が雲霞の如く現れ、

「古代ドラム」の音に合わせて一斉に動く。

その音が耳にこびり付いてしまった。

古代や中世の軍勢は、太鼓や鐘の音を合図に行動した。

雷鳴を想わせる音は、

味方の士気を鼓舞し、

敵を威嚇するにも十分であったろう。

今でも、効果はあるかも知れぬ。

でも、自らのナショナリズムやアイデンティティを、

このあたりから、アピールするしかないとするなら、

こういった感性を豊かだとは言えないな。

その歴史上の「音」の問題について、関心が湧いてきたので、

「中世の音・近世の音 鐘の音の結ぶ世界」

(笹本正治著 講談社学術文庫)

を購入。この週末にむけての読書とする。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年8月13日 (水)

夕刻、六本木にて

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夕刻、久しぶりに六本木にて外食。

その前に、富士フィルム・フォトサロンの、

「栗林慧 写真展 躍動する小さな生命たち」を見る。

子供の頃、里山で遊んだことのある人なら、

誰でも知っている、ありふれた昆虫たちの世界だ。

しかも、こういった昆虫たちを、

何気なくパッと、被写体に選び出したように見せてるけど、

実は、気の遠くなるような作業であり、凄いことなのだ。

これは、里山で遊んだ経験の無い人には理解出来ない、

共通言語のようなもの、と言うしかない。

展示された作品の中で、筆者が遊んだことのない昆虫は、

「クマゼミ」(これは東日本に生息していなかった)

「オオクワガタ」(筆者少年期でも、既に幻のクワガタだった)

の2種のみだった。

美術館は休館日だが、付属の和風カフェは営業中だったので、

「湯葉丼セット」と「和栗モンブランと加賀棒茶セット」を賞味する。

都心部は休暇に突入したのか、ミッドタウンは人出もまばら。

9月に、個展「方々」を開催される、

http://blog.goo.ne.jp/tokyo8x10/

胸の振り子さんが、8x10で撮影された、

宇田川町の「どじょう屋」と、

美味い「讃岐うどん屋」が入っていたビル。

ちょっと見ない間に、取り壊されて跡形も無くなっていた。

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(写真 GX200)

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2008年8月12日 (火)

カノッサの屈辱

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北京五輪の騒ぎの中で、唯一笑えた話題あり。

対中関係の一連のゴタゴタの末に、開会式に出席した、

フランスのサルコジ大統領、

国内での、あまりの不人気ぶりで、

「中国に屈服して、人権問題を棚上げ」したと、

ルモンド紙より、「カノッサの屈辱」ならぬ、

「カノッサのサルコジ」と揶揄されたそうな。

最近のフランスのエリートに、

最初は威勢よく、人権だ、文化だ、伝統だ、と騒ぎながら、

舌の根が乾かぬうちに、ビジネス優先に転じ、

(平たく言えば、拝金主義者なのだが)

何食わぬ顔をするという、手合いが多いのは知っていた。

サルコジ氏はその典型であろうな。

(ミッテラン氏のような一筋縄ではいかぬ、

 歴戦の闘士タイプが懐かしい)

この前の大統領選の時、筆者知人のフランス人に、

サルコジ氏を絶賛する人がいたけど、

今では、会うと、さすがに恥ずかしくて、

いつも、下を向いている。

まぁ、こういう他愛のないフランス人なら、いいんだけれど…

(写真 GX200)

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2008年8月11日 (月)

GX200導入

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本日、GX200を導入した。

よく働いてくれたGX100は、下取りに出す。

今回の投稿で301回目になるが、

ショット数も、軽く一万は超えているはずだ。

幸いなことに、故障らしい故障はなかったが、

ボディがテラテラになってしまったのはご愛嬌か。

店のスタッフの方によると、オプションパーツの、

「自動開閉式レンズキャップ、LC-1」が、異常人気で、

生産が間に合わず、都内の主だった量販店では入手不可とのこと。

この店では在庫を確保していたので、この際、購入することにした。

今まで見たことのない動作をする、カメラアクセサリーではある。

リコーさんも、面白い発想をするが、

カメラ好きの心をくすぐるのもうまい。

筆者は当面、GX100と同じいでたちで使うことにするので、

時々遊ぶ程度にしよう。

一通りのカスタマイズをして、早速試写してみる。

GX100と、ほとんど違和感なく使える。

操作音は、かなり静粛化されていて、快適だ。

今回は、前にもふれたとおり、液晶ビューファインダーは購入せず。

取り回しも良くなった。

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(写真上 Caplio R4)

(写真下 RICOH GX200)

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2008年8月 8日 (金)

東博本館

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小学生のころ、

上野の東京国立博物館(東博)へ行くと言えば、

父親は無条件に遠出を許してくれたと記憶している。

横浜から、一人電車に乗ってよく出かけた。

いま思えば、変にジジイ臭いガキだった。

東博の本館は、大きく暗く、

そこには、独特の臭いが漂っていた。

昼下がりは、訪れる人も疎らで、

時折、階段を上り下りする足音だけが響き渡った。

めっきり少なくなってしまった昭和初期の建築だけど、

その和洋折衷の異様な外観に、

親しみを抱いたことはない。

でも、今は不思議な親近感を覚えてしまう。

東京という都市の現代史の生き証人が、

「父親」のように、そこにいて、

愛おしく思えてならないからだ。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年8月 7日 (木)

風景写真家

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JCIIフォトサロンで開催されている、

「日々の風景 前田真三作品展」を見る。

今年は没後10年になるそうである。

10年前といえば、以前に所属していた大判写真サークルで、

盛んに、全国あちこちに出張って撮影していたころだ。

撮影仲間は、殆どが筆者より大分年配の方々であり、

前田真三ファンが多かったから、

撮影地も前田真三氏名作の地が選ばれる傾向があった。

北海道・美瑛の「拓真館」へ巡礼で、

ご所用の「テヒニカ」を拝観したのも懐かしい。

筆者は、特にファンというわけではなかったが、

サークルがそっちの方向だったので、従ったまでである。

敢えて、拒否するような作品だとは思わなかったし、

むしろ、当時、話に聞いていた、

実際の前田真三氏の撮影手法、

「風景」に引きずられるのではなく、積極的に「風景」を、

撮影者の手中に引っ張り込み、主導権を取るという手法に、

共感を覚えたこともある。

今、ひとりの風景写真家が世を去って、

あらためて、その作品を前にすると、

いわゆる、かつて一世を風靡した、

「前田真三調」の「風景写真の世界」などは、

もう、どうでもよいものに見えてくる。

50年代から80年代にかけての、

一連のプライベートなモノクローム作品は、

撮影者の丹精で、粋で、心優しい内面が、

ストレートに鑑賞者の心に入ってくるので、

見終わった後でも、実に心地が良いのだ。

今回も「風景写真家ご所用」の機材群が拝観出来るが、

「トヨフィールド8X10」を駆使して撮影していたころの、

(前田真三氏のバイテン撮影術は、

 筆者のいた大判写真サークルでも、話題になっていた)

撮影データーメモが興味深い。

(写真 Caplio GX100)

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2008年8月 6日 (水)

騒がしい8月はね…

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あと3日もすると、「五輪」という騒ぎが隣国で始まる。

正直、気が重い。

あの醜悪なナショナリズムだけは願い下げだ。

異常な警備というが、あれは、

事実上の戒厳令である。

一部の権力者はさておき、

影で泣いている人々も多かろうに。

その他、諸々、良いことは少ない。

歴史的にも、すでに「五輪」は、

末期の臭いが漂いはじめた気がしてならない。

そろそろ、人類はこのようなイベントから、

卒業すべき時が来ているのではないか。

みんなで、真剣に話し合ったほうがいい。

筆者、個人としては、

「静かな8月」であってほしいと願うのみ。

まぁ、無理か…

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2

                        NEOPAN400 PRESTO) 

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2008年8月 5日 (火)

永徳を見に…

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上野の東博に行ったのは、

何も、人気の特別展「対決-巨匠たちの日本美術」

に関心があったからではない。

この特別展自体は、かなりミーハーなもので、

お子様ランチ的というか、学校教科書的に、

各時代の有名美術品を、広く薄く並べたものだ。

真面目な人なら、いちいち、ちゃんと見るだろうが、

そうすると、かなり疲れるのは請け合いである。

あちこちのベンチで、くたびれて座り込んでいる人も多かった。

筆者が見たかったのは、永徳の作品のみ。

それも、近年発見され、永徳の真筆と確認された、

「洛外名所遊楽図屏風」である。

去年の秋、京博で公開された、

同じ永徳の「上杉本 洛中洛外図屏風」を、

(そっちは国宝、こっちは発見されたばかりなので未指定だが)

見逃した、ささやかなリベンジでもある。

丹念に描かれた群衆描写を見たり、

「上杉本」との共通点などを確認したりして、

会場の方は、そそくさと退散した。

あまり、居心地良い雰囲気では無かったしね。

あとは、常設展示の中世絵画をちょっと覘いて上がり。

教訓。近接(最低でも50㎝から1m)に焦点が合わせられる、

美術観賞用のテレスコープが、是非とも必要だ。

人も多いし、作品との間にかなり距離をとっているから、

細部を観察するのに結構骨が折れるのだ。

ヨドバシに行けば、見つかるかな。

早速探してみよう。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年8月 3日 (日)

静かな8月

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静かな8月が好きだ。

目を閉じると、

海辺を見下ろす、薄暗い木立の中の古い墓地へ。

昼下がり、捕虫網を持って、独り迷い込んだ。

少女と若い母親が墓前に菓子を手向けている。

彼女たちは、立ち尽くす筆者に、

微笑みながら菓子を持たそうとする。

「あなたとちょうど同い年くらいの男の子だったの」

言い知れぬ恐怖に、後ずさりしながら、

一目散にあの丘を駆け下った。

蝉の声しか聞こえない、あの静かな8月よ。

(写真 Caplio GX100)

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2008年8月 2日 (土)

父親の自画像

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先日、上野の芸大美術館を訪ねたが、

(7月15日 投稿 上野にて 参照)

前後して、もしやと思い、

美術館の収蔵品データベースを検索してみた。

やはり、父親の自画像が収蔵されているのが判明。

油絵科の卒業制作で描かれたものだろう。

今は、ネット上で、かなりのことが出来るようになったとはいえ、

ちょっとした驚きと、感慨を味わう。

現物を是非、見てみたいのは、言うまでもない。

やるべきことが一つ増えた。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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