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2008年8月29日 (金)

峠の記憶

Fh000029

9月号の「日本カメラ」に、興味を引く写真を見つける。

「我が写真回想記57 富岡畦草の記録する日々」

1955年9月25日(昭和30年) 朝比奈切通しの廃屋。

峠道の傍に、怪しげな廃屋が写っている。

金沢六浦から鎌倉への入り口にあたる、朝比奈峠には、

(2007年11月26日投稿 中世の景観とは④ 参照)

子供のころから、何か畏怖にも似た想いをもっていた。

低い丘が続く、横浜南部・三浦半島の地形の中で、ここだけは、

「峠」と呼ばれており、深山幽谷の響きがあった。

実際は、200メートルにも満たない山で、宅地化も進んでいたが、

金沢八景から鎌倉へ向かう路線バスは、喘ぎなら、

この本格的な山道を登って行ったものだ。

ヘアピンも、薄暗い森も抜けるから、飽きない道中である。

今、思い出してみると、ここは、

境界地の名残りを、残していたのは確かなのだ。

坂の人家も絶えたあたりには、野犬の収容施設があって、

日々、「処分」が行われているという、恐ろしげな噂が、

子供たちの間で飛び交っていたし、

峠の頂上にある霊園も「異界」であった。

この写真は、筆者が生まれる、かなり前に撮られたものだけど、

既に、この「峠」のもつ「境界地」のイメージを、

強烈に伝えているのに、あらためて驚く。

このごろの「日カメ」

「朝カメ」より、ずっと面白いかも…

Rimg16957

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

(写真下 GX200) 

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