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2008年9月の記事

2008年9月28日 (日)

「単一民族」と「島国」

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ずいぶんと、久しぶりに聞く、

日本は単一民族云々の説。

世に、頭がコンコチンコな人たちは絶えないわけだけど、

この言葉は、とうに死語になっていると思っていた。

「単一民族」と「島国」

しばしば、セットになっている概念だ。

島国…この言葉にも、いやな響きがあるにしても…

まぎれもない幻想である。

世界に、島嶼に住む人々は多いが、

もとは皆、海を通ってやって来た人々だ。

海は、外界を隔絶する障壁ではなくて、

自由に往来できる道であり、

先史、古代、中世、近世を通じて水運は、

人類にとって、欠かせない生存手段だった。

時に、それが命の危険をともなう行為であったとしても。

島々では何度も、住む人々が入れ替わっている例がほとんどだ。

後からやって来た人々が、力ずくで前に来た人々を、

追い払ったり、根こそぎにしたり、

あるいは、話し合いで共存したり、混血や同化したりと、

そんなことを繰り返してきたのだ。

前に来た人々の文化や痕跡を、

強引に消し去ってしまうこともあれば、

大切に守られていることもある。

神話や伝説の形をとって、

語り伝えられている場合もあるだろう。

原日本人という言葉だって成り立たない。

今流行りの縄文人も、おそらく、前にやって来た人々だ。

「玉葱の皮をむき続ける」ような、空しい議論にかまけて、

肝心な歴史を見誤ることだけは、したくない。

(写真 GX200)

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2008年9月26日 (金)

「冒険小説」

書店の話題書コーナーをのぞいていたら、

懐かしい本が並んでいた。

小説の類は、ほとんど読まないといったけど、

その昔は、少しは読んでいた。

特に、海外の「冒険小説」は気分転換に最適だった。

「鷲は舞い降りた」(1976ジャック・ヒギンズ 1997早川書房)

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

著者:ジャック ヒギンズ

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

これは、文句なしに面白い。

ストーリーの意外性や、魅力に溢れる登場人物像。

フィクションと史実を、実に巧みに組み合わせた手法だ。

  (実際、史実かフィクションか判然としない部分もある。

   ドイツの精鋭空挺部隊が、ナチスの指導者の気まぐれで、

   チャーチルの誘拐・暗殺を命じられ、実行するという、

   ストーリーなのだが、詳しくはお読み頂くか、検索して下さい。

   まぁ手抜きですが…ご容赦)

第二次大戦の秘話という形をとっているが、

作者の綿密で正確な時代考証と、歴史感覚にも舌を巻いたものだ。

「冒険小説」と銘打ってはいるが、

歴史物のジャンルにいれてもよいだろう。

映画化もされているが、そっちの方も、まぁまぁの出来だった。

ひとつ残念なのは、あまりの人気せいか、

後に続編が書かれたことか。

「鷲は飛び立った」 こっちは凡作だった。

筆者は、この方面はまったく、明るくないけど、

今の日本で、これだけの「冒険小説」を書ける人がいるのだろうか。

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(写真 GX200)

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2008年9月24日 (水)

「古書の匂い」

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初めて、訪れた街では、

時間があれば、必ず古書店を探すことにしている。

何よりも、その店の書棚を見るのが楽しい。

人の家を訪ねると、まず、

その人の書棚に目が行くのと同じで、

その人と、その街と、

何か非常に距離が近くなったような感覚が生まれるからだ。

でも、これには、

見てはいけないものを、見てしまった時のような…

あるいは、

深い関係になってしまって、引き返せない時のような…

少々危険な感覚も含まれる。

あの古書の匂いと、渾然一体となって、

この密かな愉しみが、筆者を捕らえて離さない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年9月23日 (火)

K翁のこと

K

2002年9月、山梨県道志村の道志川橋上にて。

ハッセルを構えるKさんをスナップした。

当時、所属していた、大判写真サークルの撮影旅行中の一コマだ。

それから、約一ヶ月後、Kさんは急逝された。

ある秋の日の朝、撮影会の集合場所へ急ぐKさんは、

駅の階段で倒れた。

背には機材を詰めたザック、

両手に、ハッセルのボディを入れたケースと、

三脚を抱えたままの姿だったという。

Kさんとは、撮影旅行でよくご一緒して、

大判写真ことなど、いろいろと親しく語り合ったり、

時には、筆者の作品に嬉しい講評を頂くこともあった。

ハッセルとテヒニカの使い手で鳴らし、

風景写真の腕前は、そのジャンルでは広く知られており、

所有する撮影機材も半端なものではなかった。

齢八十を超えられていたのに、8x10カメラでの撮影にも熱心で、

トヨフィールドや、ナガオカの8x10を駆使して、

まさに「三昧の境地」に至ろうとしていた、矢先のことだったのだ。

そのころ、筆者は手に入れたばかりのテヒニカと共に、

スナップ用のサブとして、小型のニコンEMを持ち歩いていたので、

何故か判らないけど、橋の上のKさんの姿に惹かれて、

ニコンにおさめたのだった。

それが遺影になり、後に、ご遺族にお贈りすることになった。

サークルの人たちの間では、

「写真好きのあらまほしき最期」として、

賞賛の的となったのは言うまでもない。

(写真上 ニコンEM・MD-E付 AiニッコールS35~70㎜ F3.5)

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2008年9月22日 (月)

ヨゼフ・スデックの写真集

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胸の振り子さんの写真展会場にて、

チェコ・プラハの隻腕の写真家、ヨゼフ・スデック

(Josef Sudek 1896~1976)

の写真集「プラハ・パノラマ」をじっくり拝見させて頂く。

素晴らしい写真集だ。

ちょっと調べるに、渋谷の某洋書店で、

\***,*** 也…

貴重な写真集とともに、雨の日曜日の午後を過ごす。

例によって、振り子さんと話題沸騰す。

ちなみに、この写真集で、スデックが使用したカメラは、

今回の写真展で振り子さんが使ったのと同じ、

1900年製「パノラム・コダック」である。

もちろん、写真展会場で実物を見ることが出来る。

最終日は23日(火・祝)、17:00まで。

(写真 GX200)

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2008年9月21日 (日)

肌が合わない

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週末、しかも、連休に入るという日に、

プリンターがおかしくなった。

印刷面が、かすれて使い物にならない。

今日中に、印刷しなければならないものがある。

ヘッドのノズル詰まりと思い、何度かクリーニングをかけるが、

インクが不足し、クリーニングがストップする。

インクカートリッジのストックが無いことに気づき、量販店へ。

あらためて、クリーニング、

すると、別のインクにアラームがつき、ストップする。

また、量販店へ。

今度こそと、クリーニング、また別のインクが…

PCの表示を見ても、どれも十分なインク量があったはずなのに…

そんなこんなで、3回、量販店に走った。

それでも、トラブルは治らない。

観念して、メーカーのサイトで修理依頼を調べる。

出張修理か、製品を送って修理してもらうか、

サービスセンターに持ち込んで修理するかの、どれかだ。

一番早くて、確実で、費用がかからないのが持込修理とわかる。

目の前で修理してくれ、1~2時間程度で済むらしい。

幸い、このプリンターは大きくないので…でも重さはあるが…

持ち込み可能と判断し、

サービスセンターの場所と営業時間を見るに、

JR日野駅より、バスで8分…

22日、月曜日は営業しているか?

月曜日の朝一で、確認して行くしかないな…と。

関係方面に連絡して、プリンター故障の事情を了承してもらい、

プリンターの電源を切った。

気が重い昼食をとり、何気なく電源を入れ、

駄目もとで、サービスセンターの地図を印刷してみると、

何事も無かったように、正常に印刷しているではないか。

どっと、疲れが出た。

だから、やっぱり、「デジタル機器とは肌が合わない」

と言う人の気持ちを、噛みしめる。

筆者も、所詮、同じ世代なのか…

酷い疲労感のため、

今日書くはずだったネタが、全部すっ飛んだので、

後日、また戻って来たらということで、ご容赦。

この気分を晴らしに、

振り子さんの写真展にもう一度行こうか。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PREST400)

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2008年9月20日 (土)

寄り添うこと

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4年前が、父親の最期の入院であった。

家族で話し合った結果、

毎日、時間を決めて、交替で朝7時から、

夜の消灯後の11時まで、病室の父親に付き添うことになった。

病院の看護や治療に信頼が持てず、

どうしても、この目で確かめたかったし、

この時、出来ることと言えば、

一緒にいてあげることだけだったから、

皆、異論はなかったのだ。

1月に入院し、9月に一度退院したが、すぐに再入院で、

結局、12月の末までの毎日になった。

四季が、あっという間に通り過ぎた。

仕事を何とか、やりくりしながら、

田中長徳氏のデシタル写真のワークショップにも、

病院から通った。

後で、長徳氏としみじみ語り合ったけど、

氏も、ご尊父を送られた時、もっと傍にいられたらと思ったという。

だから、筆者はよかったのだと…

先ごろ、やはり、ご尊父を送られた胸の振り子さんと、

写真展会場で、語り合った時も、

思うところは同じだった。

人は、つらい時には、

何をさておいても、出来るのなら…

寄り添ってあげることが、一番なのだ。

それは、もちろん家族だけではなく…

孤独を好む人もいるだろう。

でも、時には孤独が、途切れることも必要なのだ。

つらい日々だったが、

それが出来た幸せを感謝している。

(写真 GX200)

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2008年9月18日 (木)

鎌倉、再び

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連休明けの週は、疲れが残る。

ましてや9月は、ひと夏の疲れも…

お気づきだと思うが、

このところ、鎌倉の写真をアップしている。

8月の終わりから、暇を見つけて、

ごく短い時間だけど、ふらっと訪ねているのだ。

幼少期から高校のころまで、この街をよく歩いた。

カメラにフィルムを詰めていくのは、

高校の写真部以来だろう。

今、この街で、

自分は何に、まなざしを向けるのだろうか。

そんなことを、漠然と考えながら、

再び、カメラを持って、鎌倉を歩いている。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年9月17日 (水)

「おわら」と「風流」(ふりゅう)

昨日の写真展会場にて、胸の振り子さんと、

信州上田より、いらっしゃったガイさんに、

越中八尾「おわら風の盆」の魅力について伺う。

お二人とも、何年も八尾に通う大ファンだ。

「おわら」は、笠をつけて夜通し踊る、町流しや、

三味線や胡弓の哀調を帯びた独特な節回しで知られる。

お二人のブログも拝見して、興味が膨らみ、

「おわら」と中世芸能の「風流」(ふりゅう)との関連にと、

勝手に、いろいろと想いが広がってしまった。

「風流」とは、中世後期に流行した念仏踊りの一種だ。

胡蝶や鳳凰の被り物、花を差した笠をつけ、

鼓、太鼓、編木(びんざさら)の囃子にあわせ、

念仏を誦しながら、大路小路を踊り流していく。

(下写真 上杉本・洛中洛外図屏風より)

彼らは、巫女のような宗教的な指導者に率いられた、

諸国の都市的な場を活動の舞台とする、芸能集団である。

踊り流すのは、ちょうど盂蘭盆会のころで、

もともとは、疫病悪神の退散を願うものだったが、

次第に、都市民の季節的な娯楽になっていった。

意外なことだが、信長はこの「風流」の大ファンで、

自分の城下に、積極的に誘致して見物するのを好んだようだ。

若い頃は、自ら踊り手の中に入って踊るほどであったと云う。

「風流」は、近世になって、盆踊りなどのルーツになったらしいが、

残念ながら廃れ、現存はしていない。

「おわら」には、その面影が残っているような気がするのだが…

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(写真 GX200)

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2008年9月16日 (火)

「胸の振り子」さんの写真展へ

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連休最終日。

午後、大江戸線・牛込柳町で下車して、

「胸の振り子」さんの写真展 「方々」(ほうぼう)

「8x10フィールドカメラとパノラムコダックが写した東京」へ。

去年8月の「東京8x10組合連合会写真展」以来、

一年ぶりの再会にて、

いろいろ話に花が咲いて、ついつい長居してしまう。

今回の作品群は、8x10大型カメラはもとより、

100年前の「パノラムコダック」という「パノラマカメラ」でも、

撮影されている。

それぞれ適切な方法で、作品はプリントされ、

見ごたえあり。

銀塩フィルムの良さを、再認識させてくれるに十分だ。

しかも、「胸の振り子」さんの写真には、

見る人の「心」を鎮めてくれる「何か」がある…

会場には、撮影機材も展示され、

親切に説明してもらえるので、興味のある方は必見。

この写真展は、今週末9/19,20,21,23まで。22は休廊。

詳しくは、右ブックマーク欄 “A Moveable Feast”をクリック。

「胸の振り子」さん、今日はありがとうございました。

(写真 GX200)

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2008年9月15日 (月)

「平治物語絵巻」を見る

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上野「東博」のサイトで、ちょうど、

http://www.tnm.jp/jp/

「国宝 平治物語絵巻・六波羅行幸巻 鎌倉13C」が、

展示中(9/15迄)なのを知って、

急遽、午前中早めの時間に見に行くことに。

例外を除き、フラッシュ三脚を使用しなければ撮影可なので、

試しに、GX200で撮影(実物からの複写ですぞ)

ちょっと前では、出来なかったことだけど、デジタルの恩恵で、

暗い館内でも、比較的簡単に、まぁまぁに撮れる。

傍らで、デジ一眼ストロボ、バシバシの外国人団体客がいたけど、

GXで、フラッシュオフで十分に撮れるのにね…

もちろん、ビクセンのマルチモノキュラーも活躍した。

もう一枚は、近代絵画部門より、

前田青邨画伯の「維盛高野の巻」

平維盛の高野山、熊野三山、入水自殺にいたる、

「戦線離脱・彷徨劇」を描く。

言い忘れていたけど、前田青邨氏は、

「七人の侍」の衣装考証とイメージスケッチを依頼されている。

「菊千代や「勘兵衛」の扮装は、

氏の正確な考証に基づいているのである。

道理で、出来が全然違うのだ。

(写真  GX200)

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2008年9月14日 (日)

戦国好き

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新聞に、若い女性に戦国好が増えているとあった。

そんなことが起きているとは、知らなかった。

TVゲームと大河ドラマの影響で、

今風に脚色されたストーリーとヒロイズムが受けているらしい。

戦国バーやグッズショップもあるそうだ。

筆者にとって戦国とは、あくまでも、

中世末期という、捉え方ではあるが、

動機が何であれ、

これが歴史というものに向き合う、きっかけになれば、

よき事である。

まぁ、歴史小説の読み過ぎにならないことを祈るのみ。

胸の振り子さんの写真展が始まっている。

(右 ブックマーク欄 “A Moveable Feast” をクリック)

この連休中に見に行こう。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年9月12日 (金)

表現者の旬

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久しぶりに「七人の侍」を見て、

あらためて、強い印象を受けたのだが、

筆者は、特に黒澤映画のファンというわけではない。

むしろ、苦手なほうだ。

「七人の侍」をはじめ、黒澤映画の名作といわれるのは、

1950年代から、60年代前半に作られた作品が多いようにみえる。

表現者の一生に、旬というものがあるのなら、

ちょうど、そういった時期にあたるのであろう。

「巨匠」と呼ばれた晩年の作品。

「影武者」と「乱」は見るに耐えなかった。

「七人の侍」で、あれほどこだわった時代考証は、

ここでは、イメージ先行が過ぎて、滅茶苦茶に近かったし、

せっかく、掴みかけた、

民衆の生活を、しっかりと見据えたユニークな視点も、

発展させることもなく、消え失せてしまった。

前々回、「七人の侍」を超える時代ドラマが、

未だに現れていないと言ったけど、

それは、実写の映画やTVドラマの分野。

アニメの「もののけ姫」を忘れていた。

ストーリーやコンセプトは、かなり違うようにみえるが、

同じように中世世界の様々な民衆像を、

新しい研究成果に基づいて、積極的に描こうとしている点で、

ある意味、今のところ、この作品だけが、

「七人の侍」を継いだものと、言えるのではないか。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年9月11日 (木)

美術館めぐりの友

新宿へ所用ついでに、ヨドバシに寄り、

懸案の、美術館で使う「モノキュラー」を購入した。

「ビクセン マルチモノキュラー 6X16」 @\8820

結局、これが一番、筆者にとっては使いやすそうだった。

近接は25cmから使えて、小型軽量、見えも良い。

絵画や工芸品の、細部を観察するのはもとより、

混雑時に後方から展示物を見るのにも、使用出来る。

6倍のほかに、4倍、8倍があるが、

美術館で使い勝手がよいのは、この6倍だろう。

ビクセンという会社、所沢にあることを知らなかった。

http://www.vixen.co.jp

この秋、美術館めぐりに欠かせない友となる。

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(写真 GX200)

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2008年9月10日 (水)

琵琶法師と土饅頭

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「七人の侍」では、印象的な背景シーンがいくつもあった。

百姓たちが雇うべき侍を探しに出た街で、逗留する安宿だ。

(都市的な場のセットも良い。かなり凝っている)

この時代の宿屋の様子は、ほとんど判っていないが、

文献や絵画史料などから、存在したことは確かである。

そういった中世の宿屋を再現してみせたのも、初めてだろう。

寝床のような棚と、寝藁があるだけという設定は、

実像に近いのではないかと思う。

ここは百姓たちと勘兵衛たちが出会い、

助力を決意し、謀議を練ったりする重要な舞台だ。

何も台詞が無いけど、片隅に座る琵琶法師の存在感が凄い。

まるで絵巻物から出てきたようで…

一方、野武士との死闘の中で、次々と倒れてゆく侍たちを、

葬るシーンと、ラストシーンで登場するのが、

村はずれの、小高い場所にあるらしい墓地である。

これも、各地で発掘されている中世民衆の葬送地の、

イメージと、かなり近いのに驚かされる。

土饅頭と積み石が累々と並ぶ光景。

ここで、勘兵衛が最期に呟く、あの台詞、

「今度も、負けいくさだったな」

「勝ったのは、あの百姓たちだ」

「わしたちではない…」

背景に、実に良くマッチしていて、

カッコイイ!

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2

                           NEOPN400 PRESTO)

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2008年9月 9日 (火)

「菊千代」

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「七人の侍」のテーマソングが、耳にこびり付いて、

頭の中を、エンドレスに回っている状態?なので、

今日も、この話題に続けることに…

三船敏郎が演じる「菊千代」という男が、劇中で際立っている。

大太刀を背負い、裸体に甲冑姿。

「下散しころの兜」(細かく割れたしころの兜)

「半首」(はっむり)

(目と鼻口を除いて頬から顔半分を覆う)という面具。

女性の小袖をかぶるシーンもあったような…

こういった扮装は一見、映画の演出のようにみえるが、

中世世界では、まさに異類・異形のいでたちである。

中世後期の絵画史料に、実に忠実で、

ここまで調べて、映画に使うとは、かなりのオタクぶりなのだ。

とても、1954年(昭和29年)の公開とは信じられない。

「菊千代」という名前も、劇中では、どこかの系図を奪って、

その中の名前を、勝手に名乗っているだけなのだが、

成人しても、幼名で呼ばれるという異形ぶりは、

中世世界でも、実際にあったことだ。

こんな風に、細かいところを見てゆくと、

いくらでも、面白いことが見つかる「七人の侍」だけど、

筆者は、特に黒澤映画ファンというわけではない。

後にも先にも、この作品だけが画期的なのであって、

未だに、これを超える時代ドラマが、

現れていないことからも、それが判ると思う。

(写真 GX200)

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2008年9月 5日 (金)

雷鳴と太鼓の音

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この夏、雷鳴を聞くことが多かった。

夕方から宵の口にかけて、よく鳴った。

耳を澄まして、その音を聞いていると、

祭りや伝統芸能に使われる、

和太鼓の音や節回しと、そっくりに聞こえてくる。

雷神は太鼓を背負い、撥を持った姿に描かれるし、

太鼓の音が雷鳴に擬せられていたのがよく判る。

中世世界では、太鼓は神聖な楽器であり、

軽々しく打ち鳴らすことは憚れ、

その音は、悪霊や物の怪を脅し払うのに使われた。

雷鳴は「神鳴り」ともいう。

神鳴りも、神や精霊が住むもう一つの世界から、

神が打ち鳴らす太鼓であると考えられていたから、

この世で打ち鳴らす太鼓の音も、

あちらの世界に届くとされた。

いわば、あの世とこの世の通信手段である。

祭りや神事には欠かせないものであり、

特に、雨乞いでは威力を発揮した。

…と、そんなことを考えながら、

今夜も大丈夫かなと、遠くの雷鳴に耳を澄ます。

(写真 GX200)

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2008年9月 4日 (木)

「デカダンス」

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首相の突然の辞任に、

あちこちからの、批判、呆れ、嘆きの声が、

出尽くしているようなので、

もう、ここで言うことはあまり無い。

でも、この一年で唯一つ、評価というか、

まぁ、大過無かったことといえば、

近隣のアジア諸国と無用な喧嘩を起さなかったことだ。

その点だけにおいては、彼は「大人」であった。

今、一番大事なのは、国内の深刻な諸問題だろう。

これに対するには、人並み優れた誠実さと言葉、

そして、忍耐力が必要なのだが、

彼に、もともと、

そういうものを、期待してはいけなかったのだ。

後釜を狙っている何人かの政治家がいる。

歴史的に見るなら、

こういった状況の中で出てくる「人気者」に期待は禁物である。

しばしば、人々をどん底に突き落とすような、

軽はずみな人物がチャンスを掴む可能性がある。

ここは、今、手にしている議会制民主主義を、

正常に機能させることが最優先だ。

総選挙と政権の交代は自明であろう。

それが出来ない国民なら、

かつて、丸山真男が何処かで話していたのを聞いたけど、

「この国の政治的デカダンスも極まった」ということだ。

同じような、末期的な状況の中で、

政権を放り出した徳川慶喜を想い出す。

彼が土壇場になって気にしたのは、「朝敵」にされる、

自分のメンツだけだったと云う。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2

                                                       NEOPAN400 PRESTO)

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2008年9月 3日 (水)

高尾ぶどう

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高尾というぶどうと、稲城という梨を頂いた。

ともに多摩地区特産の果実で、

市場には殆ど出回らず、地元の果樹園直売だけだそうだ。

特に「高尾ぶどう」に関心を持つ。

外見は巨峰によく似ているが、

粒はやや小さく、心持ち細長い。

種無しで、果皮も柔らかく、食べやすい。

味は巨峰より甘味が強く、酸味は適度、香りも上品で繊細だ。

調べてみると、1956年(昭和31年)に、

東京都農業試験場(立川市、現農林総合研究センター)の、

芦川孝三郎氏が開発した品種と判る。

親は巨峰、

いわゆる系統選抜=クローンセレクションで生まれた。

上記のように、品質はとても良いのだけど、

栽培管理が非常に難しいため、普及しなかったと云う。

現在、このぶどうに惚れ込んだ少数の生産者によって、

日野、調布、府中、稲城市など、多摩川沿いを中心に、

1970年(昭和45年)頃から栽培されているが、

年々、量は稀少になっている。

従って、高値で取引されているようだ。

品種名は高尾山にちなんで命名された。

なかなかいい名前だと思う。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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