「K翁」のこと
2002年9月、山梨県道志村の道志川橋上にて。
ハッセルを構えるKさんをスナップした。
当時、所属していた「大判写真サークル」の撮影旅行中の一コマだ。
それから、約一ヶ月後、Kさんは急逝された。
ある秋の日の朝、撮影会の集合場所に急ぐKさんは、
駅の階段で倒れた。
背には機材を詰めたザック、
両手に、ハッセルのボディを入れたケースと、
三脚を抱えたままの姿だったという。
Kさんとは、撮影旅行でよくご一緒して、
大判写真ことなど、いろいろと親しく語り合ったり、
時には、筆者の「作品」に嬉しい「講評」を頂くこともあった。
ハッセルとテヒニカの使い手で鳴らし、
風景写真の腕前は、そのジャンルでは広く知られており、
所有する撮影機材も半端なものではなかった。
齢八十を超えられていたのに、8x10カメラでの撮影にも熱心で、
トヨフィールドや、ナガオカの8x10を駆使して、
まさに「三昧の境地」に至ろうとしていた、矢先のことだったのだ。
そのころ、筆者は手に入れたばかりのテヒニカと共に、
スナップ用のサブとして、小型のニコンEMを持ち歩いていたので、
何故か判らないけど、「橋の上」のKさんの姿に惹かれて、
「ニコン」におさめたのだった。
それが「遺影」になり、後に、ご遺族にお贈りすることになった。
サークルの人たちの間では、
「写真好きのあらまほしき最期」として、
「賞賛の的」となったのは言うまでもない。
(写真上 ニコンEM・MD-E付 AiニッコールS35~70㎜ F3.5)
(写真下 GX200)
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