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2008年10月の記事

2008年10月31日 (金)

一族滅亡

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谷戸の奥にいくつも口を開けている、

中世の人々の墓所、「やぐら」

今となっては、主もわからない石塔の群れ。

かつて、この地で、

滅亡した人々も、この中に眠っているのだろうか。

中世を通じて、実に損な役回りを演じた一族がいた。

筆者、地元近くの三浦半島が根拠地だった三浦一族、

挑発に乗りやすい質だったのか。

(つまり、まぁ、人がいいということだが)

組んだ相手が悪かったのか。

(無能なパートナーか、裏切り者)

実力十分の一族であったのに、

本家、庶家、末流、何度も滅亡の憂き目に遭っている。

その末流に連なる人々が中世の後期、

胸の振り子さんの郷里である、岡山・美作の地に流れ、

城を築き、住み着いていたことを知る。

時は移り、江戸期、さらに後裔の人々が、

同地に小さな藩を立て、明治維新に至る。

彼らにとって、やっとたどり着いた

安住の地だったのかもしれない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 NP400)

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2008年10月30日 (木)

三鷹台にて

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昼前の僅かな時間をぬって、

三鷹台駅近くのカフェへ、

「マイホームタウン 井の頭の四十年 畑文夫写真展」

(ogawa cafe 駅北口1分 11:00~21:00 11/4休み 11/9まで)

※入店時に飲み物の注文が必要

http://homepage.mac.com/ogawacafe

を見に行く。

60年代から70年代の、

井の頭公園周辺の街並み、

穏やかな人々の生活をとらえた、

モノクロスナップに過ぎし日々を想うひと時だった。

今もそうだけど、

この街にはゆったりとした時が流れている。

(写真 GX200)

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2008年10月28日 (火)

一周年・379回目

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本日、10月28日付379回目の投稿をもって、

当ブログ開設一周年を迎える。

ほぼ毎日更新した。

よく続いたものだ。

正直言うと、もともと、

ブログを書くことには、かなり違和感があった。

それが、去年8月、

東京8x10組合連合会写真展に参加する機会を得てから、

いろいろな人々との交流が、

その考えを変えさせた。

関係各位、ご覧になっている皆様に、

この場を借りて感謝。

いつまで続くのか「神のみぞ知る」だけど、

今後ともよろしくお願いいたします。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

P.S. この1年で当ブログにアップした写真は734枚に

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2008年10月27日 (月)

守るのは結構

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鎌倉の路地裏を歩行していたら、

とある古い洋館で、

当地の自然や景観、文化財を守る活動のPRをしていた。

大変結構なことだと思ったが、

その後が無粋だった。

「世界遺産への登録を推進しよう!」という。

平泉の例を見るまでもなく、風向きは明らかに変わってきている。

本来の理想から、かけ離れて、

観光利権の思惑と地域おこしの下心が絡んだ、

売り込みばかりなのだから、

もう簡単に遺産登録を許す雰囲気は無い。

仮にホイホイと許してしまえば、

世界遺産を選定するユネスコの専門家たちが、

後で見識を疑われ、世界中のヒンシュクを買う可能性がある。

ましてや、そもそもの遺産候補の実態や内容、

ポテンシャルにも、疑問が多いのにね。

言うまでもなく、筆者はこの街に魅かれている。

それも、静かな鎌倉に…

だから、軽はずみな行動はしないで、

ここは大人になって欲しい。

問題が多い世界遺産騒ぎなんか、どうでもいいではないか。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PRESTO400)

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2008年10月26日 (日)

GX200のAFシステム

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端的に言えば、恥ずかしい話、

GX200のオートフォーカスの方式が、

変更になっていたことを失念していたのだ。

GX100のオートフォーカスは、

外部AFセンサーと内部CCD-AFセンサーの、

二つのAF測距システムを備える、

極めてユニークな「ハイブリッドAFシステム」なのであった。

それが、GX200になって、

ごく普通の、内部CCD-AFセンサーのみになったのである。

GX100のボディの向かって左上部を見ればわかる。

(GX200では無くなってスッキリしている)

外部AFセンサーはスイッチオンの状態で常時、

測距しているので、シャッターボタンを押した時に、

その測距情報を内部CCD-AFセンサーに伝えて、

測距を補正し、スピードアップするのだ。

内部CCD-AFのみだと、レンズを移動させながら、

(行ったり来たりさせながら)測距するから時間がかかるわけだ。

後者のAF方式だけになって、

GX200はオートフォーカスがのろくなり、

とっさの撮影に向かなくなった。

筆者はスピーディに撮影することが多いから、

ピントが合わないうちにシャッターが落ちることになる。

対策としては、フォーカス固定の設定を入れることだが、

これも天啓、この際、撮影スタイルを変えるのもいい。

ちょっと飽きてきたから、潮時だろう。

教訓。

デジカメ新製品の進歩ばかりに目を向けること莫れ。

退歩のほうに肝心なことがある。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月25日 (土)

小径の奥

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「谷戸歩き」をしていると、

路地のような小径を見つけることがある。

すっと、引き込まれるような、

怪しげな空気が漂っていることも…

そんな感じの小径の一つ。

この奥には、やはり、

異界への入り口がありそうだ。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月24日 (金)

アウトフォーカス?

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GX200になってから、どういうわけだか、

ピントが外れるショットが増えたような気がする。

GX100の時は、こんなことは稀だったのだが…

とっさの撮影で、上の様な写真に。

オートフォーカスに何か問題があるのか、

調べてみる必要があるかもしれぬ。

でも、ちょっと不思議な雰囲気(ここは異界か?)

に撮れたのでアップしてみた。

頬をくすぐる海風。

背後にかすかな潮騒。

他に何も聞こえない。

気流に乗った鳶が何羽も輪を描く。

どこかで見た懐かしい風景。

思い出そうとするが、どうも現実の世界ではない。

いつか夢で見た風景か。

やはり、異界だな。

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(写真上 GX200)

(写真下 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月22日 (水)

苔の楽園

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常にジメジメとしている谷戸は、苔の楽園である。

でも、自然のままにしていて、

こうなったのではないと思う。

人の手が長く入っていない谷戸は、やぶになってしまう。

やぶや木々が切り払われて、地面が露出し、

定期的な雑草取りなどで、管理されてきた結果、

苔に適した環境になり、楽園と化したのではないか。

これも、人と自然の共生によって出来上がった景観だろう。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月21日 (火)

父親との旅

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新宿駅の地下道にて、正倉院展のポスターに目がとまる。

「やっぱり、日本人って凄いじゃん」風の、

この手のコピーは、いつ見ても胸が悪くなる。

でも、今年で60回を迎えるという秋恒例の同展、

忘れられない思い出もある。

悩み多き受験生の頃、

神戸の女子大で学会に出席していた父親と、

落ち合って、正倉院展を見に行った。

汗ばむような陽気で、休日の奈良公園の人出が眩しかった。

後にも先にも、父親と二人っきりの旅はこの時だけだ。

何を語り合ったのか覚えていないけど、

短いこの旅を心から楽しんだのは間違いない。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2008年10月20日 (月)

極楽寺坂下にて

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本日の撮影行。

心地よい秋の海風に吹かれながら、

極楽寺坂から、長谷に至り、

いくつかの社寺を探索。

極楽寺坂下、元禄三年創業「力餅家」にて、

「力餅」をもとめる。

この「坂の下」という地名に中世的な響きあり。

かつて、ここも境界地で、

京都の清水坂下と同様の意味合いがある場だった。

今は、その痕跡はまったく失われているが…

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(写真 GX200)

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2008年10月19日 (日)

渋谷で会った「粋な男」の話

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今朝、新聞を開いたら、

でかいジョージ・クルーニーの顔が飛び込んできた。

車の全面広告だ。

それで、思い出したのだけれど、

筆者の知り合いが、一年ほど前に、

渋谷で、彼に会ったと主張していること。

何でも、とあるホテルの近くで、

スーツケースを引っ張ている彼と、正面から出くわした。

ハッとして、彼の顔をマジマジと見たら、

「お、わかったね。どうも」という感じで、

微笑み返したというのだ。

その風情が何とも良くて、

彼女は痺れて、しばし茫然自失に陥ったと…

俄かには信じられなかったが、

ちょうどその頃、新作映画のプロモーションで、

来日していたのは確からしい。

渋谷のあのホテルは、都内でもちょっとした穴場だしね。

それはそうと、

筆者は、あまりTVドラマの類は視ないのだが、

ジョージ・クルーニーがレギュラーで出ていた、

「ER救急救命室」はよく視ていた。

彼の演じた、色男だけど、

熱情のある小児科医の役がとても印象に残っている。

実際の彼は、とても粋な男なのだそうだ…

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月18日 (土)

「泥をかぶること」

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今週のはじめか、

テレビをつけたら、生前の作家・城山三郎氏が、

インタビューに答えている場面が映った。

「リーダーたるにふさわしい人とは誰なのか」

について語っている。

一言で言えば、

自らすすんで「泥をかぶること」が出来る人だという。

良いことも、悪いことも、

すべての責任を引き受ける意志がある人のこと。

三人続いた、いや四人か、

この国の首相のことを思わずにはいられない。

「泥をかぶること」を厭い、さっさと逃げおうせた、

人気者のリーダーもいたな。

かつて、この世の悪しきことすべてを、

すすんで、その身に引き受けた人々。

なぜか、そこには、ある種、

宗教者のようなイメージしか思い浮かばない。

よく耳にする、強力なリーダーシップなんていう、

安っぽい幻想なんか、そこにあろうはずが無い。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月17日 (金)

一所不住、諸国遊行

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外すことの出来ない、中世の絵画史料、

一遍聖絵を見ていて、

一遍という人をもっと知りたくなった。

とりあえず、Amazonにて、

「一遍聖絵」 (聖戒著 大橋俊雄校注 岩波文庫@¥525)

一遍聖絵 (岩波文庫)
一遍聖絵 (岩波文庫)

「一遍聖」(大橋俊雄著 講談社学術文庫@¥960)

を発注する。

一遍聖絵は一遍の死後(正応2年 1289年)10年を経て、

弟子の聖戒(一説に異母弟)らによって完成した。

聖戒は詞書(文章の部分)を執筆。

描いた絵師も、聖戒と共に一遍の遊行に同行した人物らしい。

「信不信を選ばず、浄不浄を嫌わず」

「一所不住、諸国遊行」を貫いた一遍。

入寂に際して、自らの著作を燃やし、

教団の結成を望まなかったという。

実に魅力的な中世人の一人だと思う。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月16日 (木)

「ふくろの中」の都市

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中世都市鎌倉の実際の様子は、あまりよく判っていない。

すべては地下1.5mに眠っており、発掘調査も始まったばかりだ。

僅かな文献から知るに、

有名な「問わず語り」の鎌倉の街並みにふれたくだりがある。

……鎌倉の街は、

   東山に立って、京の都を見下ろすのとは大違いで、

   階段のように重なり合い、まるでふくろの中に、

   物をつめこんだように、人々が住み合っている……

鎌倉の狭い谷戸のほとんどが、

家々で埋め尽くされていた様子がうかがえる。

かなりの人口密度のようだが、

中世鎌倉の人口についても、まったく判っていない。

最盛期で、5万から10万の人口であろうかという程度だ。

絵画史料のほうで、唯一信頼出来そうなのは、

例の「一遍聖絵」の「弘安5年3月1日一遍鎌倉入り」

(10月7日投稿 弘安5年3月1日 参照)の場面だけである。

中世の鎌倉の街並みが背景に描かれているが、

その中の、山並みの間の谷戸と思われるところに、

家々の屋根が見える。

いずれにせよ、現在では想像もつないような景観が、

谷戸に広がっていたのは確かなのだ。

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(写真 GX200)

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2008年10月15日 (水)

「もののふ」

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一昨日の歩行経路。

北鎌倉より山間に入り、亀谷坂(かめがやつ)を超え、

扇谷(おうぎがやつ)へ。

途中、いくつかの寺と谷戸を探索、撮影。

JR鎌倉駅裏に至る。

谷戸の最深部に多くのやぐらを見る。

この日の土産は豊島屋の「もののふ」

鎌倉市内出土の「中世古瓦」をかたどった瓦煎餅だ。

「質実素朴な味」がするそうな…

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月14日 (火)

日本橋にて

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連休最終日。

「パリ・ドアノー ロベール・ドアノー写真展」を見に、

日本橋の百貨店へ。

写真展会場も、最終日とあって盛況。

1934年から1991年、60年におよぶ、ドアノーの見たパリを見る。

都市におけるスナップ・フォトの全盛期を偲ぶ。

もう、このような「幸福な時代」は終ろうとしているのか。

夕闇のコンコルド広場で、華奢な三脚を広げ撮影に興じる、

老若のパリジャンたちの姿が印象に残る。

展示法に工夫があり、

作品を吊ったバックに一部、透明アクリルを使って、

ミラーを置いたような錯覚をもたせる、

(壁が透けて、向こう側から作品を見ている人の様子がそう見える)

効果を出したのは面白いが、少々うるさい。

作品をコラージュ様に切りぬき、凹凸を付けて展示するのも、

余計なお世話。

良い写真なら、プリントをそのまま見せればよい。

それで十分だ。

(写真 GX200)

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2008年10月13日 (月)

「鎌倉ハムサンドウヰッチ」

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湘南スカイライナー車内にて、

「大船軒」の「鎌倉ハムサンドウヰッチ」を食す。

http://www.ofunaken.co.jp

今では見かけることが少なくなった、

昔ながらのポークハムと、

マーガリン、マヨネーズ、マスタードだけをはさんだサンドウイッチだ。

シンプルで、飽きが来ないのがいい。

しばし、「過ぎし日々」を偲び、

旅情に浸る。

今日も、鎌倉へ撮影。

(写真 GX200)

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2008年10月12日 (日)

雑司が谷にて

午前中、小雨。

雑司が谷へ。

雑司が谷といえば、「谷」(や)=「谷戸」ではあるが、

それはまぁ、ひとまず置いといて…

「銭湯で古本浴 第2回 月の湯古本まつり」

主催:わめぞ(早稲田・目白・雑司が谷の古書店主のグループ)

http://d.hatena.ne.jp/wamezo/20080914

を覘いて来た。

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ここは、週三日、本来の銭湯として営業しているそうだが、

休業日の今日一日は、古本市が開かれている。

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脱衣場や女湯は古書の売り場に。

男湯はカフェだ。

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カフェにて、コーヒー牛乳で一息入れながら、

本日の戦果を確認する。

たまには、こういう非日常もいい。

(写真 GX200)

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2008年10月11日 (土)

「夜刀の神」

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谷戸に関する文献は少ないが、

その中でも、以前から欲しいと思っていた名著、

「関東地名物語 谷(ヤ)谷戸(ヤト)谷津(ヤツ)谷地(ヤチ)

 の研究」(山田秀三著 1998年再版・草風社 @¥2000)

をAmazonにて購入。

副題にあるように、

谷戸を意味する言葉は、地域によって様々なのだが、

基本的に東言葉であるというのが、著者の見解だ。

しかも、奈良時代の「常陸国風土記」が初出だとする、

谷戸の語源説が面白い。それによると、

……継体天皇の世に箭括麻多智(やはずのまたち)という人が、

   行方郡の西の谷の葦原を開墾して、水田を作ったが、

   夜になると「夜刀の神」(ヤトノカミ)が群集して邪魔をした。

   「夜刀の神」とは蛇のことである……

そこから、「夜刀」(ヤト)とは、もともと、

葦の生える、蛇のいるような、

低湿地を呼ぶ言葉だったのではというのだ。

確かに、水源地である谷戸はジメジメとしている。

筆者少年期の体験を、そのままなぞれば…

春先の谷戸は、あらゆる水溜りが蛙の卵でいっぱいだ。

それが、おびただしい数のオタマジャクシになって、

夏前には、いっせいに蛙になる。

その頃になると、谷戸にやぶ蚊が大発生し、

(谷戸は、人にとっては、

 けっして住みやすい環境でないことがわかるだろう)

蛙は餌に困らない。

その蛙の天国を狙って、今度は蛇が集るのだ。

アオダイショウ、ヤマカガシ、マムシ…

やたらと蛇が多かった。

低湿地→夜刀の神→蛇→谷戸を密接に関連づける、

この語源説に惹きつけられるわけである。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月10日 (金)

かくれ里

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谷戸は、入り組んでいることが多いから、

入り口に立っても、中はどうなっているか判らない。

筆者の少年期、ここは格好の遊び場だったけど、

深く迷いこんだ時など、

いきなり、見たこともない美田に行き当たったり、

深々と水をたたえる水源地に遭遇したりしたものだ。

外界からは、まったく隔絶されたような世界だったから、

よく日本昔話で、語るところのかくれ里とは、

こんなところなのでは、と想ってみたりした。

実際、数ある谷戸には、かくれ里伝説があるようだ。

鎌倉・佐介が谷の水源に祀られる佐介稲荷は、

「かくれ里の稲荷」と名乗って、翁の姿で、

伊豆に配流中の頼朝の夢に現れ、挙兵を勧めたという。

谷戸の奥深くは、

かくれ里と呼ぶに相応しい空気が満ちている。

やはり異界であり、神仏の領域なのだろう。

(写真 GX200)

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2008年10月 9日 (木)

谷戸に差し込む光

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谷戸は、谷あいであるから、

光が差し込むのは、日の出よりかなり遅く、

今ごろの季節なら、午前8時から10時ごろになる。

ちょうど、その頃合が写真に良い光線を得られる。

その時間帯を外すと、あまりパッとしない。

まぁ、それを予測して、狙って行ったんだけど、

同じように、渓谷である上高地なんかで撮っていた、

風景写真の経験が、少しは役に立っているわけだ。

この日も、谷戸に光が差し込んできた瞬間を、

とらえることが出来た。

(写真 GX200)

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2008年10月 8日 (水)

谷戸のくらし

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谷戸とは、南関東に多い地形で、

低い丘陵地に切れ込むように発達した、谷状の狭い平地のことだ。

一般的には「谷戸」と表記され、「やと」と読むが、

「谷」「谷津」と書いて、「やつ」とも言う。

筆者の地元では、後者のほうが主流だった。

(2007年11月22日投稿 中世の景観とは① 参照)

谷戸の奥には、必ず水源があるから、

中世以来、人の手が入り、水田などに利用されてきた。

都市的な場である鎌倉では、大きな寺や、

有力な武士の館用地に活用されている。

周囲の崖には「やぐら」と呼ばれる中世の墓所が、

いくつも、ぽっかりと口を開けていることもある。

ここは、自然と人との共生によって、

形作られてきた景観なのだと、つくづく思う。

円覚寺も、そういった谷戸の一つに造られた。

塔頭の奥に広がる谷戸の風景。

やはり、今も人のくらしを感じさせる、この風情がいい。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月 7日 (火)

弘安5年3月1日

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円覚寺前の道は山内路として知られ、

巨福呂坂切通しを経て、鶴岡八幡宮の裏手に出る、

北方から鎌倉に入る要路だ。

中世には木戸が設けられていたようで、

弘安5年(1282年)3月1日、

そのゲートの前で、事件が起きる。

時の執権、北条時宗は山内の別邸に向かう途中、

(この付近一帯、現在の大船あたりまでは、

 山内荘と呼ばれ、北条一門の領地だった)

折り悪く、念仏者一遍の一行と、鉢合わせしてしまった。

この日、一遍は布教のため、

念願の「鎌倉入り」を果たそうとしていたのだ。

時宗と供の武士たちは、一遍一行を厳しく咎め、

散々に鞭打って、木戸の外へ追い払ってしまう…

この事件の様子は、

一遍の業績を直弟子が記した「一遍聖絵」

(既に当ブログでも引用している第一級の中世絵画史料)

に詳細に、しかも臨場感豊かに描かれている。

(一遍の弟子たちの中には、実際に、

 この事件に立ち会った者も多かったに違いない)

北条時宗の姿を(騎馬で白い直垂を着す)

確実に描いたのは、この絵巻だけだが、

彼は、この2年後の弘安7年(1284年)4月4日、

原因不明の病で、たった一週間で急逝する。

34歳の若さ。

彼はどんな青年だったのだろうか。

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(写真 GX200)

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2008年10月 6日 (月)

「北條みつうろこ」

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早朝の空気と光をもとめて、

北鎌倉から鎌倉まで歩行、撮影する。

携行するのは、GX200とライツ・ミノルタCLのみ。

高校写真部以来の円覚寺、

あの頃は目に入らなかったもの、再発見多し。

林間に修行する雲水たちの声を聞く。

鎌倉の銘菓といえば、「鳩サブレー」の豊島屋であるが、

http://www.hato.co.jp/index.html

本店に立ち寄り、かねて所望の、

「北條みつうろこ」(本店限定)をもとめる。

11時10発、湘南スカイライナーにて帰京。

筆者の「密かな愉しみ」とは、

何を隠そう、お薄と落雁なのである。

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(写真 GX200)

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2008年10月 5日 (日)

二つの写真展

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今週は、時間を見つけて二つの写真展へ。

「富山治夫作品展 現代語感 OUR DAY」

(JCII PHOTO SALON 10/26まで)

「見つめる人 三俣元写真展」

(GALLERY mestalla 10/4まで)

ともに日本カメラ10月号の口絵に掲載。

前者、60年代、東京の人々のギラギラと一点を見つめる眼差しに…

後者、現代、渋谷の若者の虚空を見やる眼差しに…

想いを廻らす。

両者とも、印象はストレートだ。

でも、ちょっとトレンドぽくなってきた、

銀塩フィルム、8x10カメラの意味性について、

再考してみたくなった。

今日、気分が乗れば撮影にあの街へ…

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2

                                                         NEOPAN400 PRESTO)

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2008年10月 3日 (金)

足もと1.5m下の鎌倉

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「古都・鎌倉」といえば、鎌倉時代のイメージを、

残しているのだろう、と思う人もいるに違いない。

京都や奈良なら、それは、ある程度当たっている。

その時代の建築物が現存しているし、

都が開かれて以来、その都市的な場としての機能が存続して、

人々が住み続けているからだ。

鎌倉の場合はそうではない。

多くの社寺があるとはいえ、その時代の建築物はすべて失われ、

都市的な場としての機能も、まったく途絶えているのだ。

今の町並みは、明治以降、特に昭和初期から戦後にかけての、

別荘地や高級住宅地からのもの。

戦災を受けなかった路地は、小津の映画に出てくる、

あのイメージをよく残している。

こういった、戦前からの味わいのある建物が、1980年代になると、

建て替えの時期を迎え、再開発の波がやって来る。

この時代に、初めて、まとまった発掘調査が行われ、

かつての鎌倉の、本当の姿が現れてきたのだ。

この街の市街地、1.5~2mの地下には、ほぼ例外なく、

鎌倉時代の150年、続く室町時代100年の、

遺構・遺物が眠っている。

多くが私有地であるため、中々、発掘が進まないのが現状だが、

これからも、歴史を書き換える発見が、

地下からもたらされる可能性が十分にある。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年10月 2日 (木)

文鎮をもとめる

書籍から複写をする時に、

ページ抑えに文鎮があると便利だな、と思っていたら、

鎌倉で、ちょうど手頃なものを見つけ、もとめることに。

「鶴岡八幡宮 参拝記念 文鎮」 @¥1000也

社務所で、各種お守り、縁起物などと一緒に販売している。

鶴をモチーフにしたシンプルなデザインで、使いやすい。

気の利いた鎌倉土産にもなる。

文鎮といえば、机上の友であるが、

筆者の少年期、家にごろごろしていた記憶がある。

どうして、あんなにあったのか判らないが、

多分、父親の貰い物かなんかで、

素描やデザインを起こす時に使っていたのかも知れない。

よく、書棚のあちこちから落下してきて、

あらゆる物を破壊したから、

実は、あまりいい思い出がないのだ。

B08100102

(写真 GX200)

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2008年10月 1日 (水)

「鎌倉本」を集める

Fh000007

Amazonにて、

「鎌倉の神社小事典」「鎌倉の寺小事典」

(共に、かまくら春秋社 @\1000)を購入。

鎌倉の神社小事典

著者:吉田 茂穂

鎌倉の神社小事典

鎌倉の寺小事典

地元の出版社による、

鎌倉の社寺の情報を網羅するユニークな二冊だ。

地図や必要情報、縁起由緒が読みやすく、

コンパクトにまとめられ、持ち歩くのに便利である。

市外周辺の社寺情報や、

円覚寺のような大寺の項目では、

通常は公開されていない塔頭なども、

多く紹介されているのが嬉しい。

さて、このごろ、古書市やAmazonで鎌倉本を集めている。

再びカメラを持って、鎌倉を歩くための準備でもあるが、

以前に購入読了済みのものを、二冊も購入していたことがわかる。

イヤハヤ、めっきりというか…

少しばかり凹んでいる。

しっかりせねば…

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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