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2008年10月 7日 (火)

弘安5年3月1日

B08100601

円覚寺前の道は山内路として知られ、

巨福呂坂切通しを経て、鶴岡八幡宮の裏手に出る、

北方から鎌倉に入る要路だ。

中世には木戸が設けられていたようで、

弘安5年(1282年)3月1日、

そのゲートの前で、事件が起きる。

時の執権、北条時宗は山内の別邸に向かう途中、

(この付近一帯、現在の大船あたりまでは、

 山内荘と呼ばれ、北条一門の領地だった)

折り悪く、念仏者一遍の一行と、鉢合わせしてしまった。

この日、一遍は布教のため、

念願の「鎌倉入り」を果たそうとしていたのだ。

時宗と供の武士たちは、一遍一行を厳しく咎め、

散々に鞭打って、木戸の外へ追い払ってしまう…

この事件の様子は、

一遍の業績を直弟子が記した「一遍聖絵」

(既に当ブログでも引用している第一級の中世絵画史料)

に詳細に、しかも臨場感豊かに描かれている。

(一遍の弟子たちの中には、実際に、

 この事件に立ち会った者も多かったに違いない)

北条時宗の姿を(騎馬で白い直垂を着す)

確実に描いたのは、この絵巻だけだが、

彼は、この2年後の弘安7年(1284年)4月4日、

原因不明の病で、たった一週間で急逝する。

34歳の若さ。

彼はどんな青年だったのだろうか。

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B08100603

(写真 GX200)

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