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2008年11月の記事

2008年11月28日 (金)

当たり年

B08112601

またまた柿のお裾分けの話が…

今度は福島の会津から。

さすがに柿であふれてしまうので、

心苦しいが、お断りする。

やはり、今年は柿の当たり年というのは事実のようだ。

台風の直撃が無かったためらしい。

例年だと、台風で実の半分が落ちてしまうのだそうだ。

最近はどこでも、渋抜きした「平核無」(ひらたねなし)が人気だが、

佐渡では「おけさ柿」として知られ、

かつて、宮本常一が栽培を奨励してまわったものだ。

「象牙の塔の学者ではなく、

 どちらかと言えばジャーナリストに近い、

 気さくな感じの人」

晩年の宮本常一に会った人の談を思い出した。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月27日 (木)

その日の写真

B08112501

アメリカの社会の「写真文化」に対する尊敬のようなものを、

深くを感じさせられたことがある。

2003年の春、イラク戦争を現地からリポートする、

ABCのナイトライン特番に惹き付けられ、

連日、時間が許せば、必ず視るようにしていた。

キャスターのテッド・コッペル氏の素晴らしさはもとよりだったが、

印象的だったのは、毎晩、番組の最期に、

今日の写真、つまりその日を象徴するような写真を、

一枚紹介するコーナーがあったことだ。

取材に初めて本格的にデジタル写真が使われたこの戦争で、

前線にいる多数のフォトグラファーから、

インターネットを通じて随時送られる写真が、

このような企画を可能にしたわけだが、

TV報道番組の中でわざわざ時間を割いて、

動画ではなく、こういったスティールの写真を、

取り上げる姿勢に感心したのだ。

また、それを当然と受け止める視聴者にも、である。

日本の社会では、まずあり得ないことだと思った。

この「写真文化」の落差は大きい。

ナイトラインは、「その日の写真」を大きく映しながら、

大抵は、戦場の兵士たちの何気ないスナップだが、

テッド・コッペル氏の抑制の効いた低い声で、

「グッナイ・アメリカ」で終る。

ますます、その写真の印象が際立っていった記憶がある。

(写真 GX200)

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2008年11月26日 (水)

可能性が出てきた

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先月の終わりに、

公募した140人の写真家のオリジナルプリントが、

\3000均一で購入出来るという、

「\3000で、写真売りましょ!買いましょ!展」を、

覘いてきた。

あくまでも、どんな感じかなという、

好奇心からではあるが、

こういった実験的な企画は積極的に評価したい。

写真のオリジナルプリントの市場と言えるものは、

残念ながら、この国では存在していないのが現状だが、

ひょんなことから、市場性が出てくるかもしれない。

筆者は、デジタルが凄まじい勢いで写真を席巻していることが、

かえって、その可能性を高めたのではないかと考えている。

伝統的な銀塩写真プリントが貴重になり、

その表現の独特な美しさが見直されつつある。

版画のリトやエッチングが人気を集めているように、

その隣あたりに、大きいとは言えなくても、

市場を形成する余地があるような気がするのだ。

問題はある。

作品の数と質だ。

どうしても所有したいと、心を揺さぶるものが、

まだ圧倒的に少ない。

個々の作品の質の差も大きい。

価格の問題は流通の過程で自ずと解決されていくだろう。

(今は作家が自分で決めるのは難しいが)

いずれにせよ、

筆者は、今すぐどうこうというわけではないけど、

悲観はしていない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月25日 (火)

山頂の行列

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書店の店頭に山積みになった「ミシュラン・レストランガイド2009」

去年、選から漏れた知り合いの店、今回も入らず。

筆者はこれでよいのだと思う。

でも、その店の気持ちとしては複雑だろう。

高級フレンチレストランを謳っていると、

外野の常連客がウルサイからだ。

いろいろと芳しくない話も多かったし、

こんな騒ぎからは距離を保ったほうがいい。

それに、もう先が見えている。

レストラン稼業には辛いことが続くけど、

同じ「ミシュラン騒ぎ」でも、こっちは高尾山だ。

この週末は大賑わいで、山頂は行列で順番待ちだった由。

紅葉狩りに行った人からお土産をもらう。

連休中は、この国の写真文化のありようとこれから、

オリジナルプリントの市場性について思いをめぐらす。

固まってきたら、おいおいと綴っていこう。

(写真 GX200)

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2008年11月24日 (月)

セーターが欲しい季節

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セーターが欲しい季節になった。

いくつか持っている、お気に入りの、

イギリス・ケンプトン社製 

“Kempton Woolly Pully Sweater”

「ウーリー・プーリー セーター」

今回はナチュラルなライトブラウンを購入する。

これで5色揃う。@\6800

未脱脂のピュアウール100%だから、

少しチクチクするけど、撥水性があって暖かい。

肩と肘のパッチは荷物や機材を提げたりする時に、

緩衝材になるし、編みも堅牢だ。

飽きのこないクラシックなデザインで着回し自由、

少々ぞんざいに扱っても気にならないのがいい。

(写真 GX200)

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2008年11月23日 (日)

月刊「写真工業」誌

B08112201

「胸の振り子」さんのブログで知ったのだけど、

月刊「写真工業」誌がこの12月号で休刊となった。

書店に走り、最終号をゲットする。

既に入荷していない書店も多く、

三軒目で見つけた最期の一冊。

予感はあったが、やはり残念だ。

地味で真面目な専門誌には冬の時代なのだろう。

でも、もう少しなんとかならなかったのかという気も…

筆者は、ちょっとレベルの高い、

技術系のカメラ専門誌(写真専門誌ではない)

なのかと思っていたが、

実際の編集はあちこちとして、

つまり、業界に向いたり、プロに向いたり、ハイアマに向いたりと、

とり止めがなく、コンセプトがはっきりしないところがあった。

もっと腹を据えて、視点を定め、

本当のプロしか相手にしない業界誌に徹すれば、

(一般書店に並べない年間購読制で)

生き残る道もあったかもしれない。

まぁ、後つけの勝手な理屈で、関係者の方々にはご容赦を…

柳沢保正氏の連載「平成写真師心得帖」最終回の、

大判で撮った人々の群像は心温まる余韻がある。

数少ない大判写真をめぐる好エッセイが、

これで終るのは勿体ない。

(写真 GX200)

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2008年11月22日 (土)

二眼レフが似合わない

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35㎜フィルムを使う、

二眼レフのトイカメラを売っていた。

売れているのであろうか。

10年以上前に、二眼レフのローライを使っていたが、

2年くらいで使うのを止めてしまった。

もちろん、写りが気に食わなかったからではない。

むしろ、とても気に入っていた。

では、どうしてかと言うと、

撮影していると、「珍しいカメラですね」と、

やたら声をかけられて、煩わしくなったこと。

目立つのは嫌であった。

あの頃は、実際の撮影でライカを持ち歩く人は多くても、

二眼レフの人はそう多くはなかった。

それと、渋谷の街で、

ヨーロッパ系のクラシック音楽関係の初老男性が、

プライベートタイムで、ローライの2.8を肩から掛け、

実に粋な風情で、板についていたのを見かけたこと。

その時、この手のカメラは、

日本人男性にはまったく似合わず、

ただ、やたら古いカメラを提げた、

単なる目立ちたがり屋の物好きにしか、

見えないことに思い至る。

一種の自己嫌悪に陥ったわけだ。

今でも、この確信は変わらない。

もし、再び持ち歩くことがあるなら、

今風のまったく違ったスタイルを工夫しなければならないだろう。

目立たず、さり気なく、しかも粋な…

かなり難しいことである。

あのチョコレートカラーの皮ケースは、

是非揃えたいアクセサリーだけど、

(恥ずかしながら、筆者も揃えていた)

とりわけ日本人男性に似合わない。

(写真 GX200)

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2008年11月21日 (金)

わき道の先に…

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「谷戸」の山中に、

誘うように、突然現れたわき道。

谷側は「切り岸」で、かなりの急斜面だ。

安全とは言えない。

敢て足を踏み入れると、その先で、

「ひよどり越え」もかくやと思われる崖に行き当たった。

「下降せよ」とばかりに、綱が張ってある。

念のため、綱を強く引っ張って確認してから、

何のこれしきと、

10メートルほど、垂直に下った。

それで翌日が、

例の足首の激痛という次第。

なんだか誰かの人生みたいだな…

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月20日 (木)

トートバック

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このごろは、シンプルなトートバックを使っている。

凝ったバックはもう面倒である。

これは代官山のトートバック専門店で購入したもの。

@¥1890 http://rootote.com/

何故か、北アフリカの砂漠を、

想わせるカラーだったので、

衝動買いしていた。

もとより、北アフリカの砂漠は見たことないが…

早速、防水スプレーを施して使用開始。

こういったトートバックをいくつか持っていて、

その日の気分で選んで、

カメラや本、一切合切を放り込んで歩いている。

トートバックには、

自由で、飾らなくて、開放的で、

平和的なイメージがある。

有名アウトドアブランドの、

ディバックやウエストポーチのような、

無粋で「戦闘的」なイメージはない。

そこが気に入っている一番の理由だ。

(写真 GX200)

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2008年11月19日 (水)

黒川の庄内柿を頂く

B08111806

山形の庄内柿を頂いた。

それも、あの「黒川能」の里からのものという。

今年は「柿の当たり年」なのか、

この前は、茨城は筑波山麓の柿、

その前は、山梨は韮崎の柿と…

頂きものが続いている。

いろいろと柿の産地めぐりが楽しめて、

頂いた方に、

そして、実りの秋に感謝。

どれも美味ではあるが、

どうも「黒川の庄内柿」に軍配が上がりそうな感じだ。

(写真 GX200)

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2008年11月18日 (火)

一昨日、駿河台下で…

一昨日、駿河台下ですれ違った人の面差しが、

ここ数日、記憶を呼び覚ましている。

学生時代、数十人いたクラスで、

女性は二人だけだった。

一人は東京山手の出、

もう一人は地方出で、入学と同時に民青の活動家になった。

共に女子高出身、最初は友達のようだったが、

(なにしろ、まわりがむさい男ばかりなので)

しばらしくして、山手のほうが、

心を病むようになり、2年次を過ぎると退学した。

その活動家のほうと、すれ違ったようなのだ。

ウン十年ぶりなのに、

面差しは殆んど変わっていない。

色白で、清楚で、やはり今でも凛としていた。

こちらは、めっきりなので判るまいが…

彼女とは少しある。

学内の集会で、正門のピケで…

筆者はノンポリだったけど、観察者のような態度で、

よく首を突っ込んでいた。

多分、「今の若者」と違うのは、

たとえ、立場や生き方が正反対であったとしても、

この世の中の「本当の悪」が、

どこにあるのか、ということについては、

議論の余地が無いくらいに、

「了解事項」あるいは「共有事項」だったことだろう。

少なくとも、ネット世論のような、

トンチンカンなことには、なっていなかったと思うのだ。

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(写真 GX200)

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2008年11月16日 (日)

法華堂跡にて

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二階堂谷山中の中腹に現れる平場。

今はやぶになっているけど、

ここは、吾妻鏡の記述による、

北条義時の墓所、法華堂跡とされる。

2005年の発掘調査で、いわゆる「方三間四方」(一辺8.4m)の、

正方形の小堂跡が検出された。

中世の墳墓堂である可能性が高い。

墳墓堂は、かなりの貴人の埋葬方法だ。

小堂を建て、床下の地中に遺体、遺骨を葬る。

近くにある頼朝墓所も、かつては同じ形式だった。

非常に少ない現存例として、

奥州藤原氏4代が葬られている、

平泉の中尊寺・金色堂がある。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月15日 (土)

牡蠣とほうれん草のパスタ

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量販店の刺身コーナーで、

「広島産・蒸し牡蠣」を見つける。

もちろん、そのままで紅葉おろしとポン酢で食べれるが、

パスタの素材としても、使えそうなので、

ちょうど季節もよし、一品を考えることに…

 …缶入りのベシャメルソース(ホワイトソース)一缶に、

  200㏄の牛乳を加え、ゆっくり弱火で温める。

  生ハムがあれば、2枚ほどみじん切りにして入れ、

  味出しにする。

 …パスタを茹でる鍋でほうれん草を下茹でしておく。

  ベシャメルソースの味をチェック。

  下茹でしたほうれん草と「蒸し牡蠣」を加え、

  火を通し過ぎないように、ソースを温める。

 …茹でたてのパスタをあえて出来上がり。

(写真 GX200)

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2008年11月13日 (木)

中世のオブジェ?

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「谷戸歩き」では、かならず遭遇する「五輪塔」

墓塔や供養塔として使われている石塔だが、

多くは中世、鎌倉時代から室町時代にかけて造られたようだ。

全国各地への伝播には、

留学僧と渡来人の石工集団の活動があるというけど、

諸説紛々で、判らないことも多い。

よく言われているように、

下から各部が、

地、水、火、風、空を表し、古代インドの宇宙観を象徴する。

それはそうとして、「五輪塔」は

平安時代後期から現代に至るまで、

綿々と造り続けられている。

各部の形状の変化で、おおよその造立年代が判るが、

考えてみれば、中世以来の、

廃れることがないユニークなデザインなのだ。

今からみると、中世世界を象徴する、

一種の「オブジェ」とも、とれなくもない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月12日 (水)

時計を変えて

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時計に、ちょっとこだわっていた頃もあった。

でも、病院で父親の付き添いをしていた時、

いくつも壊した。

今は、身に付けているのを忘れるくらいのがいいと思う。

シンプルで丈夫なのが欲しくなり、つい、購入。

G-SHOCK GW-M5600 BC1JF @¥17,600-

ニューモデルだから、

昔のモデルより、やや薄くて小ぶりだ。

使い勝手も向上している。

しかも、電波時計でソーラーバッテリー、手間いらずで、

多分、ずっと動き続ける。

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(写真 GX200)

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2008年11月11日 (火)

「黄檗」が効いた

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先日の「谷戸歩き」で痛めた足首。

一時はかなり酷かったけど、

「生薬・黄檗(オウバク)配合」の貼り薬が劇的に効いたのだ。

一日一枚、既に二日目でかなりよくなり、

三日目でほぼ痛みが治まった。

今まで、貼り薬はいろいろ使ってみたが、

肌がかぶれたりで、効きは今ひとつだった。

今回のように、顕著に効いたのは初めてだ。

例年の如く、

秋も深まると、突然の「腰痛」のリスクが増大するから、

常備を検討しよう。

ちょっと調べるに、

和漢薬で用いられる「黄檗」とは、

北東アジア、日本全土の山地に自生する、

ミカン科の「キハダ」という落葉樹の樹皮を乾燥したもの。

炎症、解熱、腹痛、黄疸、下痢に薬効とある。

デパ地下を歩いていたら、

同じ名前の京都の菓子を発見し、

思わず購入。

こっちは、黄な粉で食べる粟羊羹だった。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月10日 (月)

すき焼きをつくる

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どんよりとした天気。

初冬の風情となる。

おまけに冷たい小雨も。

今日の撮影行は中止して、

何か温まるものでもということで、

久しぶりに「すき焼き」をつくる。

手頃で、まぁまぁの「すき焼きつゆ」を見つけたので、

簡単に出来上がり。

鍋もパスタ用で代用。

もとより、「安い肉」だから、

裏技というほどのことではないけど、

日本酒で「霜降り」をした程度で…

(写真 GX200)

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2008年11月 9日 (日)

美しき1930年代

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二つの世界大戦にはさまれた、

いわゆる戦間期、1930年代の、

東京の空気を感じさせる展覧会を見る。

「1930年代・東京」(東京都立庭園美術館)

関東大震災、世界恐慌、ファシズム、戦争と…

いかにも陰鬱な時代ではなかったのかと、

かつて、父親に聞いてみたことがある。

それは、後付けのイメージであり、

少なくとも「帝都東京」では、まったく当てはまらない。

むしろ、「自由」と「明るさ」が溢れていた。

そんな空気の中で、学び、遊び、

十代の学生時代を満喫していたのだ。

というのが、父親の答えであった。

僅か70年前にして、

この時代、幼児だった人はまだしも、

ティーンエイジャーだった人の記憶は、

今、考えられているイメージとかなり違っている。

父親は旧制中学で丸山真男と同級で、

一緒に通学するほどの友だったという話も続く。

当時の二人の会話の話題も、推して知るべしであろう。

今回の展示は、美術、建築、デザイン、写真などの、

表現活動を通じて、同時代の雰囲気を伝えようとする。

ざっと見て感じることは、およそ現代で試みられている、

表現方法の殆んどは、

既にこの時代で実験済みなのではないか、

ということだ。

この後の時代が、あまりに悲惨であったことを知っているから、

とかく、恣意的に捉えがちな1930年代だけど、

そろそろ、落ち着いて、

その実相に迫れる時が来ていると思う。

(写真 GX200)

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2008年11月 8日 (土)

この10年…

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午後遅く、PCに向かいながら、横目でNHKBSの、

「HV特集 心の東京画の十年 528人の軌跡」を見る。

10年前に「東京画」を描いた人々が、

あらためて、今の東京風景を描きつつ、

変化して止まない東京と、各々のこの10年を語る番組だ。

その中に、写真家・田中長徳氏が出演している。

カメラたちに囲まれ、

一瞬、はにかむような風情をみせながら、

佃に住むこの10年を述懐する長徳氏。

佃界隈から六本木へ「出勤」する姿も、

いかにも…らしくて、思わず、そうそうと頷く。

翻って、筆者にとっての、この10年。

未だ熱をもって、微動し続けている感じなので、

しみじみ、落ち着いて振り返る余裕は無し。

それはもう少し先のこと。

でも、前世紀末からのこの10年、ある意味、

この世界で、大きな価値体系の変換があったらしいことは、

理解出来る。

「歴史」として記せるは、もっと先になるにしても…

夕刻、雑踏の中で、

筑紫哲也氏の死去を囁き合う声を聞く。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月 7日 (金)

歴史的なこと

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米大統領選の総括を伝えるABCニュースにて、

「歴史的」「歴史をつくる」という言葉を、

何度も聞くにつけ、羨望の気分。

それに引き換え、この国では、

自分の好き勝手に「歴史」を読み替えて、

開き直る人が絶えず。

この精神の幼稚さ加減にうんざりする。

姜尚中氏の「悩む力」を読み始める。

話題本は久しく手にしていないけど、今回は少し気になった。

読了したいので、今宵はこれにて失礼…

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月 6日 (木)

苦悩する表現者

B08110402

日曜の晩、週間ブックレビューという番組で、

政治学者・姜尚中氏のトークが印象に残る。

近著の「悩む力」をめぐってのもの。

「ウェーバーも、漱石も、悩みぬいた」

「今の時代、悩みぬくことを肯定して、生きる力に変えたい」

言うまでもないけど、どんな表現者だってそうだ。

写真撮影者も、内面に深い苦悩を抱えているほうがいい。

たとえ、ささやかであっても、

「幸福」で「お気楽」な日常に安住した途端、

見ている者には、すぐにわかることだが、

撮る写真が恐ろしくつまらなくなる。

どうでもよい「寝言」や「ボヤキ」のようなものになり、

わざわざ、人生の貴重な時間を費やして、

観賞するべきものではなくなる。

筆者のまわりにも、

そういった例は枚挙の暇無し。

気をつけないといけない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月 5日 (水)

生薬配合の貼り薬を…

B08110401

一昨日の「谷戸歩き」で痛めた、

足首が夜中になって、かなり…

今日は足を引きずる羽目に…

行きつけの漢方薬局でもらっておいた、

「生薬黄檗配合」の貼り薬を試してみる。

鎌倉の谷戸のまわりの急斜面は、

今は樹木が生い茂ってわかり難いけど、

「切り岸」といって、ほぼ垂直に、

人工的に削り落とされていることが多い。

中世の防御施設と考えられているが、

これも文献に無いから、未解明の遺構だ。

その「切り岸」に七百年後にやられたわけか。

Amazonにて発注中の、

「中世のことばと絵 ~絵巻は訴える~」

(五味文彦著 中公新書 1990) 

今夕届く。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月 4日 (火)

無慮五千の死都

Fh000006

今朝起きたら、利き足の足首と膝が痛む。

昨日の「谷戸歩き」の際に、

久しぶりに急斜面を綱を頼りに下降したのが響いたらしい。

膝は治まってきたが、足首のほうはしばらくかかりそうだ。

そんな斜面に「やぐら」が口を開けている。

鎌倉の谷戸には、正確にはわからないけど、

無慮五千を超える「やぐら」が存在するといわれる。

鎌倉後期から、室町中期ぐらいにかけて造られた、

この地方独特の中世の岩窟墓と考えられているが、

文献にはまったく出てこないから、発掘調査に頼るしかなく、

未解明なことも多い。

大抵の場合、内部には五輪塔などの石塔が置かれ、

奥に小穴を穿って、瀬戸や常滑の蔵骨器と、

火葬骨が納められている。

今は風化して、苔むした洞穴になっているが、

往時は立派な出入り扉があり、内部も彩色されて、

華やかに荘厳されていたようだ。

石塔の銘などから、被葬者はこの時代に火葬が出来た、

ある程度財力のある僧侶か上級の武士階級が想定されている。

こういった墓を造り守った人々は、

その後、死者だけを残して、

まったく、いなくなってしまったわけだから、

やはり、ここを「死都」と呼ぶのは相応しいのかもしれない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年11月 2日 (日)

神田神保町にて

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快晴なるも北風強し。

午前中、神田神保町の古本まつりへ。

あちこち覘きながら、ぶらぶらと…

ちょっと遅れて行ったので、これといった収穫は無し。

久しぶりに「人生劇場」と「いもや」の路地に寄る。

学生時代の思い出がころがる、この界隈。

「いもや」が天丼屋に変わっていたのにがっかりする。

店の前でたたずんでいたら、中から「どうぞ」といわれたけど、

入らずに立ち去る。

あのボリューム満点のとんかつ定食が食べたかっただけ。

帰ってから、欲求不満により、

Amazonにて、二冊発注。

「中世のことばと絵 ~絵巻は訴える~」

(五味文彦著 1990 中公新書)

「北条高時のすべて」(佐藤和彦編 1997 新人物往来社)

(写真 GX200)

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2008年11月 1日 (土)

人々は移動する

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NHKのニュースを横目で聞いていたら、

江戸中期の京都町奉行所の文献から、

町内の若者が1ヶ月に30人以上も家出し、

江戸や大坂に流れていったことがわかったという話。

江戸時代は厳しい身分制度や移動の制限があったはずだが、

実際は案外自由で、奉行所も咎めた形跡がないという。

やはりと思う。

三浦半島から、はるばる岡山・美作に移った三浦一族のように、

中世世界でも、西へ東へと根拠地を大きく移動する、

武士団は珍しくなかったし、

広く各地を遍歴しながら世を渡る、

様々な生業の人々も多かった。

定住して田畑を耕し続ける人々が主流だと考えがちだけど、

これは例外に近かったのではないか。

むしろ、田畑を捨ていなくなる人々が絶えなかった。

領主も他所から来るし、よく入れ替わる。

住民もいなくなる可能性がある。

そんな世界の中で、人々が集っては散っていくのが、

「都市的な場」であったのだろう。

その都市も、やがては消えていく。

現代社会も、

本質的には、大きな違いはないようにみえてくる。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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