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2008年12月の記事

2008年12月31日 (水)

大晦

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大晦。

この一年、拙ブログにお付き合い下さった皆様に感謝。

どうか良いお年を。

本日も何かと所用で、いささか疲労。

後ほど、新年最初の投稿にて…

(写真 GX200)

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女性たち

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東博で見た「一遍聖絵」に、

やたらと女性たちが集っている光景がある。

弘安7年閏4月(1284年)京は四条京極釈迦堂。

一遍は説法を行い、

「南無阿弥陀仏 決定往生六十万人」

と記した札を人々に配っている。

一遍にひと目会い、

「結縁」したいと望む人々でごった返す中に、

女性たちの姿が目立つ。

中世世界では、「業深いもの」として、

「極楽往生」が保証されていなかった女性たちに、

分け隔てなく、救いの手を差し伸べたのも一遍だった。

それが「口コミ」で多くの女性たちに伝わり、

このような熱狂的ともいえる状況を作り出したのだ。

中世世界における、女性のありよう、

加えて、老人や子供のありようには、

興味が尽きない。

現代社会でも、この三者のありように、

まだ通底するものが、あるような気がする。

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(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

(写真下 GX200)

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2008年12月30日 (火)

キーボード上の安土城

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朝から、あちこちと走り回る。

明日までは、所用で詰まっている。

夕刻、地レジの設定に立ち会って終わり。

いささか疲労。

運試しに「城郭コレクション・日本の名城」を購入。

@¥399 也

第一希望の「秋の安土城」が当たる。

全6種のうち、現存しない城をモデル化したのはこれだけ。

だから、魅かれる。

安土城も、変な「再建」だけは止めて欲しいものだ。

次は雪景色の「冬の松本城」をゲットしよう。

(写真 GX200)

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2008年12月29日 (月)

「イノヴェーターのカレンダー」をもとめる

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恒例の「イノヴェーターのカレンダー」をもとめる。

元祖スウェーデンデザインだが、最近は類似品が溢れている。

安価でも、買う気にはなれない。

壁掛け用と卓上用。

@¥1890 @¥1050 也

加えて、伝統的な日めくりカレンダーも購入。

これは父親の「遺訓」による、慣わしである。

毎年のことだけど、

かつては、来年のカレンダーを買う時は、

何か「ワクワク」するような高揚感がともなったものだ。

今は、「時の流れ」にため息が出るのみ。

ちょっと、去年の投稿を繰るに、

同じ日にカレンダーを買っているのが判明。

まったく意識せず。身体が覚えていたのか。

(写真 GX200)

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2008年12月27日 (土)

寒風

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寒風に思わず首をすくめる。

既に年末年始モードの東京の街を、

所用にて、新宿から吉祥寺へまわる。

昨晩の、小田和正の「クリスマスの約束」

70年代の曲のメドレーに様々なことを思い出す。

…時の流れはいつも悲しいもの…

夕刻、代官山にて、夕日に赤く輝く、

「元タレント」が住んだ高層ビルを望む。

彼女はイブの日に、

自室でひとり倒れているのを発見されたのだそうだ。

ごく最寄りの場所。前日その前を通ったばかりだ。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2008年12月26日 (金)

「天国」はこの世にある?

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9.11が起きてから、アメリカ人の「死」に対する捉え方が、

一変したのではないかという。

クリスマス・イブのABCナイトラインで、

「死んだらどうなる」というテーマの特集を視る。

「死」が今までより、もっと差し迫った問題になったのだ。

伝統的なキリスト教徒がよく考える、

「死は怖くない。単に隣の部屋に移るようなもの」

「死んだら天国で、永遠の命で終わり」に、

正面から異論を唱える、あるイギリス国教会の司教が紹介される。

彼は貧困地区で活動している。

「誰でも、死は本当に恐ろしい」

「死んだら天国など、一時的なことに過ぎない」

「我々はすぐに、この世に戻る存在だ」

「天国が目標なのではなく、この世が目標なのだ」

「戦争や貧困、経済が良くならないでどうするのか」

「神の国はこの世にある」

同じようなことを、日本の大阪・釜ヶ崎で活動する、

カトリック・フランシスコ会司祭、本田哲郎氏の著書、

「釜ヶ崎と福音」(2006 岩波書店)でも読んでいる。

釜ケ崎と福音―神は貧しく小さくされた者と共に
釜ケ崎と福音―神は貧しく小さくされた者と共に

確かに、問題は「この世」なのだ。

「来世」や「天国」は、

問題ではあり得ない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年12月25日 (木)

絵巻物を写す

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東博では、禁止表示がない展示品は、

ストロボ三脚使用は不可であるが、撮影が出来る。

デジカメを巧く活用すれば、かなりの撮影が可能なのだが、

それに気がついている人は、あまり多くないようだ。

昨日から投稿している写真は、そうやって撮影したもの。

何と言っても、実物には、

書籍からの複写では到底得られない「力」がある。

GX200は、こういった撮影にかなり適していると思う。

他の鑑賞者の邪魔にならず、目立たずにさっと撮れる。

撮影の注意点としては…

ガラスケースがあること、

展示品の保護のため、室内はかなり暗く、

対象物にスポットライトが当たるような照明になっていること、

また、この「一遍聖絵」の場合、「絹本着色」

(紙ではなく、絹布に直接描かれている)であり、

経年による退色と痛みで不鮮明なところが多いこと、などから、

レンズを出来るだけ、ガラスケースに密着させる。

露出補正を-0.7位かけて、コントラストを若干上げる。

ホワイトバランスはオートのまま。

感度も200に抑える、…その程度だ。

下の写真は京の鴨川、四条河原の様子。

川面の水音や、行き交う人々の話し声まで、

聞こえてくるような気がする。

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(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

(写真下 GX200)

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2008年12月24日 (水)

一遍聖絵を見る

上野の東博で「一遍聖絵」を公開している。

(一遍上人伝絵巻 巻第七 13C 国宝 東博蔵)

http://www.tnm.jp/ (1/4まで)

じっくり観賞出来る貴重な機会なので行って来た。

この絵巻は目に見える中世世界を、細部にいたるまで、

一切手抜きせずに描き込んでいて、

何度見ても飽きることは無い。

製作者の非凡な技量もさることながら、やはり、

彼らも「言いたいこと」「伝えたいこと」「表現したいこと」に、

横溢していたのだと実感する。

だから観賞する我々も、しっかりと、

それを受け止めなきゃいけないと思うのだ。

13世紀の京の賑わいの片隅に「乞食」「非人」

「病者」(ハンセン病者や身障者 覆面姿をしている)

の集団が描かれているのを見つける。

「浄、不浄を嫌わず」「信、不信を選ばず」

(10/17投稿 一所不住、諸国遊行 参照)

一遍は誰にも差別せず、救済を説いた。

博物館を出て、上野公園の光景を見るにつけ、

現代社会は中世世界から、

どれほど「進歩」したのか疑うざるを得ず。

この世の惨状は全て、為政者の悪政のせいだと、

中世人も、既に看破しているではないか。

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(写真 GX200)

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2008年12月23日 (火)

年末の贈り物

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ボヤボヤしていると今年も、もう一週間ちょっとだ。

遅ればせながら、年末の贈り物を買いに行く。

お世話になった人には、やはり、

自分が知る限りにおいて、良い物を贈りたいと思うのだが、

万事、贈り先次第、なかなか難しいこともある。

ある人は、「T屋の羊羹」しか評価しないから、

やむを得ず、例年通りとか…

解かってくれそうな、あの人には、

今のところ、筆者が一番美味いと思っている、

「オリジーヌ・カカオ」の「ボンボン・ショコラ」にしようとか…

そんなわけで、

「T屋の羊羹」を信奉する人の精神構造は、

「やっぱりライカだ、ツァイスだ」と言っている人のそれと、

実は相似形をなしているのではないか、なんて、

余計なことを考えてしまう。

別に「T屋の羊羹」や「ライカやツァイス」に罪があろうはずもなく、

それはそれで美味しい。

でも一方で、人生にとって、

価値の世界を広げる機会を逸するのは、

もっと損なことなのではと思う気持ちも…

(写真 GX200)

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2008年12月22日 (月)

久しぶりに劇画を読む

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Amazonより、「一休伝 上下巻」

(水上勉・佐々木守・小島剛夕著 1989初版第一刷 平凡社)

が届く。

実に久しぶりの劇画だけど、いささか疲労気味の頭には、

気分転換も必要だ。

まぁ、考えてみれば、劇画は現代の絵巻物と言えなくもない。

人の精神のどこかに、それを要求するものがあるのだろう。

絵巻物といえば、昨日投稿の、

典型的な中世墓所の様子を描いたものを探し出す(写真下)

中世世界の凄まじい実相を活写した「餓鬼草紙」

このような葬送地の光景は、

都市的な場の境界地では、いたるところで見られたはずである。

死者が出たと聞くと、

飛ぶようにやって来るという「疾行餓鬼」(しっこうがき)

彼らは死者の肉を貪り食らうのだ。

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(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

(写真下 GX200)

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2008年12月21日 (日)

「墓巡り」

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歴史探索の愉しみは「墓巡り」にあると言ってもよい。

今日の新聞に、東京都内の、

近現代、江戸期の著名人の墓を訪ね歩くことが、

流行っているとあった。

この時代なら、墓の主はかなり解かっているからいいのだが、

筆者のように、中世世界の残滓を求めて歩く者にとっては、

「墓巡り」はかなりの困難がともなう。

著名な「中世人」で墓所が特定されているケースは、

稀であり、今に確認される中世墓の多くは主不明のものだ。

それでも、無性に惹かれるものがある。

大分県の国東半島は現在、

中世荘園の景観が最もよく残っている地区とされるが、

同地には、中世以来の旧家があり、

平安後期からの先祖代々の墓所を守っているという。

在所の後背正面の山上に、中世の絵巻物そのままの、

方形の石積みと土饅頭が並んでいる光景が、

見られるのだそうだ。

発掘されたものならともかく、

後世の手がまったく入らず、

現存しているとは、かなりの驚きである。

訪ねてみたいのは言うまでもない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年12月19日 (金)

経済・宗教・女性

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冷たい雨から、暖かさが戻り一服。

何となく、早春の風情を感じる一日。

昨晩遅く、Amazonにて、

「一休伝 上・下」

(水上勉・小島剛夕・佐々木守著 平凡社)

@¥305 @¥251也

を発注。

かねてより、一休宗純の風狂の一生に惹かれて…

彼もまた、魅力の尽きない「中世人」の一人。

昨日、中世世界では、

商業や金融業に従事していた人々の多くが、

有力寺社勢力の配下にあったと書いたけど、

その中で女性の果たした役割を忘れてはいけない。

当時の記録によれば、

京の繁華な街区では、そこの商人が、

全員女性ということが珍しくなかったようだ。

彼女たちも「座」を結び、「神人」(じにん)「寄人」(よりうど)

(寺社に属して、様々な業務で神仏や僧侶神官に奉仕する人々)

の資格を持って、世俗の権力である幕府や朝廷に対し、

数々の特権を行使していたのだ。

経済と宗教の切っても切れない関係は、

女性の深い関与抜きには考えられないだろう。

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(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

(写真下 GX200)

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2008年12月18日 (木)

神仏の領域

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今でも、人のままならぬものは景気である。

世に「経済学者」は溢れていても、

事後的、所与的な分析を専らにして、

実際に有効な対策を打つことは難しい。

経営者の間に「神頼み」が廃れないのも不思議ではないだろう。

中世世界では、

経済活動と景気は、自然災害と同様に、

人知を超えた「神仏の領域」にあると考えられていた。

金融業や商業に従事する人々の多くは、

有力寺社勢力の配下にある宗教関係者で、

しばしば、権力の規制を受けずに自由に活動し、

非課税の特権も有していたという。

経済と宗教の相性の良さは根が深いのだ。

大地震の予想のように、景気も「神のみぞ知る」では、

中世世界と大差がないように見えてしまう。

「近代経済学」は「恐慌の歴史」の反省から始まったのだから、

真価が問われるはずだ。

(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年12月17日 (水)

再び京橋にて

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昼前に京橋、ツァイト・フォト・サロンへ。

「石内都作品展 ひろしま is 」(日・月・祝休 12/25まで)

http://www.zeit-foto.com/

目黒区立美術館に続いて、一連の写真展を観終わる。

今年の締めくくりは、パワーに溢れる作品群だった。

どうもこの頃、どのジャンルでも、

次世代を担う若い表現者たちの、

(技術ではなく…)パワーが不足しているように感じられる。

そもそも、表現者のもつパワーとは、

鑑賞者を惹きつけて止まないはずのものなのだ。

時代を映しているのなら、気になる兆候だろう。

上の世代の人々の背中は、まだ見えていないようだな。

年末で賑わう通りを、

そのまま銀座へ歩行しながら、ちょっと撮影。

寒さのせいか、

CLのシャッター音が冴え渡るように聞こえる。

すこぶる心地よし。

(写真 GX200)

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2008年12月16日 (火)

今年の「大河」(2)

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今年の「大河ドラマ」は近年になく、人気だったという。

ドラマとしては、より現在に馴染んだからであろう。

最終回は、じっくりと視た。

だけど、「大河」は「大河」であるから、

世の中にはこれを「史実」と考える人もいるので、

歴史的な視点は、しっかりと押さえて欲しいと思う。

今年の「大河」の評価出来るところ。

まず、女性が主人公だったこと。

「大河」で女性が「本当の」主人公であった例は少ない。

(最近の「利家と松」や、「一豊の妻」は厳密な意味では疑問符)

筆者が覚えているのは、1994年の日野富子の「花の乱」

人気はイマイチ(大河歴代最低の視聴率とも)だったけど、

舞台の室町中期と応仁文明の乱は、

まさに「ミッド」な中世世界であって、

(中世史オタクの筆者の見解ではあるが)

扱った時代と登場人物は、非常に面白かった。

古代、中世、近世、近代を通して、残念なことに、

この国では、歴史上の女性の記録は、

ごっそりと抜け落ちていることが多い。

生没年はもとより、名前もだ。

だから、地道に掘り起こし、脚光をあてる作業が欠かせない。

少しずつだが、成果はあがっている。

中世世界での女性の立場は、場合によっては、

近代より、自由で強かったことも解かってきた。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2008年12月15日 (月)

京橋にて

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冷たい雨の日曜日、夕刻には上がり、明るい月を見る。

一年ぶりに、京橋のプンクトゥムへ。

「吉田伊寿写真展 “before the confession”」を観に行く。

8x10大型カメラで撮った各地のランドスケープ。

それにしても、

大型カメラ機材を携えての撮影行には、

「若さ」と「健康」がキーポイントになる。

やはり、身体が言うことを聞かない分にはね…

撮影者は、

去年8月の「東京8x10組合連合会写真展」のメンバーだ。

思いついでに、Amazonにて、

「樋口一葉の “いやだ!”と云ふ」

(田中優子著 集英社新書 @\90)

「江戸を歩く」

(田中優子著 集英社ヴィジュアル新書 @\356)

を発注する。

今宵は少し、じっくり「大河」の最終回を視ることに。

この話題は次回。

(写真 GX200)

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2008年12月14日 (日)

目黒にて

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目黒区立美術館に、

http://www.mmat.jp/

「石内都展 ひろしま/ヨコスカ」(09.01.11まで)

を観に行く。

久しぶりにストレートなパワーを受ける。

多くのビンテージプリント、特に77年から79年ものに、

惹きつけられた。

金沢八景の隣町、横須賀から見れば外周にあたる、

「追浜本町」(おっぱまと読む)の映画館のショットは、

あの頃の空気感をありありと蘇えらせる。

荒々しく、あの砂を投げつけたようなタッチのプリント。

今見ても、まったく色褪せず、新鮮で魅力的だ。

高校時代の暗室の匂いを思い出してしまう。

この頃では、珍しく後味のいい写真展だった。

当たり前なことだけど、

表現者は常に心に、

人目を憚らない沸き立つような、

「言いたいこと」「叫びたいこと」を、

横溢させてないと駄目なのだ。

(写真 GX200)

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2008年12月13日 (土)

今年の「大河」(1)

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今年の「大河ドラマ」も終盤のようだ。

今回は、殆んど横目で視る程度だったけど、

世間の評判は上々だったとのこと。

昨夕、このブロクを書いていたら、

ニュースで、ちょっと面白い話題を伝えていた。

岡山県矢掛町の旧本陣の宿帳から、

「篤姫」が将軍家定に嫁ぐために、薩摩から江戸に向かった際の、

一行が宿泊した記録が見つかったという。

従来、海路で大坂に入ったと思われていたが、

陸路であったことが確認されたのだ。

古代、中世、近世を通じて、旅は海路が一番効率的だった。

何故あえて、費用がかかり、難儀の多い陸路をとったのか、

その背景分析が興味深かった。

街道の繁華な宿場や、各藩の領地を通りながら、

まだ未確定だった将軍家への輿入れを、

わざわざ、吹聴しながらの旅だったらしいのだ。

一種の世論操作なら、相当な政治感覚といえる。

幕末の薩摩藩は、やはり、かなりの…

それはそうと、

中世に比べれば、溢れる程の文書が残る江戸期。

今でも、蔵が壊された時などに、

大量に出て、捨てられることがあると聞くが、

これも、ごくありふれた宿帳からだ。

発見した人の丹念な調査と「いい狙い」の賜物だろう。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年12月12日 (金)

祖父からの言づて

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12月7日投稿「銀座四丁目交差点にて」でも、

触れたけど、父方の祖父は、

日本画の修行を積んだ挿絵画家だった。

主な活動の場は、昭和初期に流行った、

フルカラー印刷の高級な子供向けの絵本である。

その中の「乗り物」の特集号に、

A4横位置見開きワイドで、銀座四丁目交差点を描いていたのだ。

その絵を見たのは、ずいぶん前のことで、

行き交う人々の装いを、ひとりひとり描き分けるような、

手を抜かない、実に緻密な描写であったと思う。

筆者の幼少時に、祖父は亡くなっているので、

もとより、祖父の記憶は無い。

このことも、殆んど忘れかけていた。

ところが3年前、父親の闘病末期に、

突然、出版社から、ある昭和の絵本史の本に、

転載許可を求める電話があって蘇えった。

その時、それが祖父からの言づてのように感じられ、

不思議な気持ちになったものだ。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2008年12月11日 (木)

銀座でスナップ

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銀座でスナップを試みたのは、

5年前、田中長徳氏のワークショップ、

「デジタルで東京の夜を撮る」に参加した時が、

最初だった思う。

爾来、この街を撮るのが楽しい。

この街との関係は、渋谷よりはるかに良好だ。

祖父母、父親、伯母の故地でもあるし、

2年ほどここで勤務した経験もある。

和光の鐘の音が流れ出すと、

カメラを持つ手がふと止まる。

時の流れが歪みだして、

過去に引き戻されるような不思議な感覚に襲われるのだ。

あの路地から、

昭和初期の男女が、

昼飯を食べに街をウロチョロするあの頃の筆者が、

不意に現れてもおかしくないような…

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(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2008年12月10日 (水)

神仏習合の中世

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中世の神仏習合の世界に魅かれる。

もちろん、本来の仏教ではないけれど、

「神かつ仏」の世界は、

おおらかで、明け透けで、微笑ましい。

だけど、明治維新の「神仏分離」で、

多くの神社が寺と切り離されてしまった。

古い歴史を誇る神社も、それ以降とそれ以前では別物である。

同時に、中世以来の「日本仏教」のほうも、

「廃仏毀釈」で徹底的に破壊された。

それからの、この国の信仰世界は、

面白味を失ってしまったように思う。

今でも、多くの人々が、

「神」と「仏」を厳しく峻別して、手を合わせているとは思えない。

自覚はしていないが、実は心の奥底に、

中世の心がまだ息づいているのではないか。

中世の人々は神仏習合の理論をさらに、

高度に発展させ、独特な精神世界を創り上げていったという。

能の世界はそれを現代に垣間見せる。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年12月 9日 (火)

「クリスマスの約束」2008

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「クリスマスの約束」2008

今年もまた、その季節になってしまった。

初回からずっと視ているけど、

歳のせいか、いつもTVの前で目がかすむ…

読むべき書が大分積み上がってきている。

とりあえず、先へ進まないと。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40F2 PR400) 

                                                   

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2008年12月 8日 (月)

名残り紅葉

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探せば都内でもこんな場所はある。

こういう写真はあまり得意ではないが、

まぁ、名残り紅葉ということで、ご容赦を…

書店で目にとまった、

「寺社勢力の中世 ~無縁・有縁・移民~」

(伊藤正敏著 ちくま新書 2008.8 @\798)を購入。

寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)
寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)

今まで、あまり光をあてられなかった中世の寺社勢力。

実は先端技術、学術、軍事、経済のあらゆる分野において、

朝廷や幕府を凌駕する強大な力を持っていた。

しかも、全国に散ばる広大な領地は、

世俗の権力の介入を拒否出来る特権を保持していたのだ。

義経が鎌倉の厳しい追跡をかわして逃げ回れたのは、

各地のこのような治外法権の場をうまく利用したからだともいう。

本書には、これらも「無縁所」あるいは「アジール」のひとつと認めて、

網野善彦氏が展開した「無縁・公界・楽」論を、

さらに発展させながら論考していくとあった。

これは読まないわけにはいかない。

早速、先を読み進めることにする。

(写真 GX200)

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2008年12月 7日 (日)

銀座四丁目交差点にて

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銀座四丁目交差点の「三愛」のビルにオープンした、

「リコーギャラリー “RING CUBE”」に行ってきた。

階上から交差点を見下ろすに、

どこかで見たアングルだと思ったら、

父方の祖父が、ある出版社のために描いた挿絵であった。

あの1930年代、昭和初期の「大東京」華やかなりし頃、

「市電」や「フォード」が行き交い、

「モボ」「モガ」が闊歩するこの交差点を、

同じアングルで俯瞰して緻密に描いていたのだ。

今でも、どこか心ときめかせる光景のような…

さて、“RING CUBE”のほう。

まず、父親の愛機「リコーフレックス」や、

筆者が5年前に田中長徳氏のデジタルカメラワークショップで、

使用した“Caplio G4 Wide”など、

リコー往年の銘機を拝観して感慨にひたる。

次いで、階下のギャラリーにて、

「森山大道写真展 “S'”」を見る。

実は氏の写真展をじっくり見るのは初めてだ。

高校の写真部時代、

荒れ荒れのプリントをつくるのが流行ったっけ。

あの頃は、わけもわからずカッコつけていたな。

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(写真 GX200)

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2008年12月 6日 (土)

“Soup line”

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時ならぬ突風。

欅落葉、激しく舞い散る。夕刻に雨。

「スープライン」とはスープの配給を待つ人々の列。

アメリカの不況は、

かつての大恐慌の時代を彷彿とさせているらしい。

外食が激減し、

「キャンベルスープ」の売り上げが20%も増えているという。

スープは困った時の心身を温める食事だ。

139年の歴史をもつ「キャンベルスープ」は、

今に至るまで28回もの不況を経験し、

その度に人々が頼る食品になった。

「チキンヌードルスープ」は変わらぬ定番で、

52セントで買える「1ドルメニュー」だそうだ。

ウォホールのモチーフのイメージも強烈だけど、

日本では、これにあたる食品は何だろう。

……………

今からでも遅くないから、

「定額給付金」の使い道を変更して、

「派遣切り」の対策にまわせないのか。

見殺しにするようなら、

「おバカ」程度じゃ済むまいに。

この件は世界中が注目しているぞ。

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(写真 GX200)

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2008年12月 5日 (金)

闇、光に勝る頃

年末のイルミネーションが夕闇に映える季節になった。

晩秋、11月の「万霊節」を過ぎると、

闇、光に勝る頃となり。

それが「降誕節」に極まる。

そして再び、光勝る時へ。

「万霊節」はこの闇に乗じて、

亡者がこの世に訪れる日というけれど、

何故か思い出すのは、

ハムレットの父王の亡霊が現れるシーンだ。

闇夜霧中、北海に臨むエルシノア城防壁の上。

「寒さ」もというから、季節もこの頃だったのだろうか。

亡霊が自らの最期を語る設定は、

日本の中世説話や能にも共通するものがあり、

惹かれるところだ。

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(写真 GX200)

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2008年12月 4日 (木)

「転生」を信じるのか

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ABCのナイトラインで、

「転生」を信じるのか、というテーマで特集をやっていた。

アメリカ人の4人に1人は信じているのだという。

この報道番組は宗教とか死とかいった問題を、

ターブ視せず、正面から取り上げている。

肯定する側、否定する側に予断なく、

公平冷静に取材しているのがいい。

「霊能者」がレポーターを催眠にかけ、

前世を思い出させる実験では、

心理学者は、無意識のうちに自分の既知の情報を、

「前世」ということで辻つまを合わせ、再構成いるだけだと解く。

自分の「前世」を実際に証明して、

「前世の家族」を探して出して再会したと、

主張する女性も出てくるが、これも、

自分が熱心に調査した情報を後付けで、

彼女が「そうであって欲しい」と思うあまりに、

都合よく合理化してしまった可能性を指摘する。

輪廻・転生を教義に入れるヒンドゥー教や仏教の、

現代アメリカ人に及ぼした影響にも触れるが、

もっとも、釈迦は悟りに至って、

「我後有を受けず」(死後の存在はない)と断言しているから、

本来の仏教は無霊魂論で転生否定である。

それはそうとして、

筆者はどうなのか訊かれれば、

論証も反証も出来ないし、

「信じる」という範疇にはないということ。

まぁ、端的に言えば「わからない.」

今、自分がここで生きていることでさえ、

「信じる」にあやふやなのであるから。

でも、釈迦の言ったことには、

うまくは言えないけど、

どうやら真理の一端を感じるような…

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年12月 3日 (水)

「ウィンナーコーヒー」の味

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かつて、御茶ノ水駅前にあった「名曲喫茶ウィーン」

建物は現存するが、内部は飲食店の雑居ビルと化しているようだ。

久しぶりにその前を通る。

講義を抜け出し、昼前にこの店へ。

「ウィンナーコーヒー」をたのみ、

(この頃、街では見かけなくなったメニューだ)

ランチはサラダボールに山盛りになった、

(メニュー名は失念したが)

「マカロニサラダ」のようなスパゲティを食べ、

誰かと長い午後を夕刻まで過ごす。

そんな日々があった。

外光が殆んど入らない薄暗い店内。

何層にもなっていて、螺旋状の階段で上がっていく。

柱の影に陣取ってしまえば、何時間でも粘れた。

クラシックのBGMに紛れ、

善からぬ交遊にふける級友を見かけ、

見て見ぬふりをしたことも…

あの「ウィンナーコーヒー」の味とともに、

今でも、ありありと思い出すことが出来る。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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2008年12月 1日 (月)

雑司が谷・鬼子母神通りにて

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昼前、雑司が谷の鬼子母神通り。

フリマ方式の古本市「みちくさ市」を覘く。

先日の「銭湯で古本市」と同じく、

(10月12日 雑司が谷にて 参照)

「わめぞ」(早稲田・目白・雑司が谷の古書店主のグループ)

と地元商店会の企画。

ついでに鬼子母神境内で開かれていた「手創り市」へ。

戦果は斯くの如し(下の写真)

「河出新書写真篇 “茶碗” 林屋晴三監修」

(昭和31年 河出書房¥100)

@¥10也で。

古切れを使った袋、ちょうどカメラが入る大きさ。

@¥500也で。

帰りに牛込台に回り、

With Zakka+にて「BIG busy 若林泰子写真展」を見る。

若林さんと渋谷でのスナップフォト、ライツCLについて歓談。

金曜の晩、楽天のコインショップで見つけ、つい出来心で発注した、

14世紀、明時代初期の渡来銭「洪武通寶」

本日届く。こっちは@¥300也

(写真 GX200)

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