今年の「大河」(1)
今年の「大河ドラマ」も終盤のようだ。
今回は、殆んど横目で視る程度だったけど、
世間の評判は上々だったとのこと。
昨夕、このブロクを書いていたら、
ニュースで、ちょっと面白い話題を伝えていた。
岡山県矢掛町の旧本陣の「宿帳」から、
「篤姫」が将軍家定に嫁ぐために、薩摩から江戸に向かった際の、
一行が宿泊した記録が見つかったという。
従来、海路で大坂に入ったと思われていたが、
陸路であったことが確認されたのだ。
古代、中世、近世を通じて、旅は海路が一番効率的だった。
何故あえて、費用がかかり、難儀の多い陸路をとったのか、
その背景分析が興味深かった。
街道の繁華な宿場や、各藩の領地を通りながら、
まだ未確定だった将軍家への輿入れを、
わざわざ、吹聴しながらの旅だったらしいのだ。
一種の「世論操作」なら、相当な政治感覚といえる。
幕末の薩摩藩は、やはり、かなりの…
それはそうと、
中世に比べれば、溢れる程の文書が残る江戸期。
今でも、蔵が壊された時などに、
大量に出て、捨てられることがあると聞くが、
これも、ごくありふれた「宿帳」からだ。
発見した人の丹念な調査と「いい狙い」の賜物だろう。
(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)
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コメント
矢掛町は倉敷の隣町です。kansukeさんのご先祖の故地とも近いですよ。
本陣の宿帳は結構残っているようですし、他の所でも調べれば分かるんじゃないでしょうか。
天障院のお輿入れは、和宮降嫁に比べれば、それほどショックじゃないので、今まで注目されなかったということかもしれませんね。
投稿: 胸の振り子 | 2008年12月13日 (土) 22時40分
歴史好きにとって、
岡山は何故か出番の多い、
場所だと思いますね。
事実、かく言う私も、
縁者なのですから…
山ほどある江戸期の文書から、
狙ったものを見つけるのは、
結構、鼻が利かないと大変ですよ。
宿帳、帳簿、証文、過去帳、離縁状…
いくらでも出てきますから。
投稿: kansuke | 2008年12月13日 (土) 23時54分