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2009年1月25日 (日)

「愛」の意味とは?

B09012203

そろそろ、今年の「大河ドラマ」で目についてきたことを書いてみる。

番組サイトの企画意図に、

…謙信を師と仰ぎ、兜に「愛」の文字を掲げた兼続は、

 その生涯を通じて民・義・故郷への愛を貫きました。

 「利」を求める戦国時代において、「愛」を信じた兼続の生き様は、

 弱者を切り捨て、利益追求に邁進する現代人に、

 鮮烈な印象を与えます。

 ドラマは失われつつある「日本人の愛と義」を描き出します!…

とあった。

思い込みもここまでくると、滑稽というより害がある。

直江兼続の「愛」の兜は有名だが、

もとより、それは現代の「愛」の意味ではあり得ない。

今のところ、最も有力なのは、

「愛染明王」か「愛宕権現」を意味する「愛」だろう。

特に後者の場合、中世の神仏習合説によると、

「愛宕権現」の本地仏は「将軍地蔵」=「地蔵菩薩」とされる。

「愛宕権現」=「将軍地蔵」(勝軍地蔵)は、

勝利・開運・延命の「軍神」として、武士たちに広く信仰されていた。

問題の兜をよく観察すると、

「愛」の字の前立ては雲形の台座の上に載っている。

この雲形は、地蔵菩薩来迎図によく見られる、

地蔵が乗っている雲とそっくりだ。

中世後期、戦国時代は武具や軍旗に、

神仏の姿や神号、経文、梵字をあしらうことが流行した。

もちろん、戦場での勝利と加護を願うためだが、

万が一「討ち死に」した場合の往生の用意もあったかもしれない。

上記の企画意図で、一つだけあり得るかなと思うのは、

兼続の前代の主君である謙信の影響である。

謙信はこの時代でも、際立って信仰心の強い人だった。

確かに、現存する彼の着用した甲冑には、

神仏をあしらったものが異常に多いのだ。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

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