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2009年3月15日 (日)

「勝てないことは判っていた」

B09031401

朝から春の嵐、風雨強し。

夕刻には吹き晴らした如くに。

午前中、加藤周一氏を偲ぶ番組を視る。

去年、死の直前まで語り続けた氏の風貌に、

何故か父親の面影をみてしまった。

ほぼ同世代だと思う。

明治以来、侵略と経済発展のためだけに、

真の意味での近代化=個人の人権と自由の実現を、

すっ飛ばしてしまったこの国。

これが20世紀から21世紀に積み残されてしまった、

この「閉塞感」につながったと、

しきりと憂慮する姿が印象に残る。

先の大戦が始まった時、大学にいた氏は、

「周囲の皆は、この戦争が勝てないことは判っていた」

と断言する。

実は同じようなことを、筆者は父親から聞いている。

「それを言えば、引っ張られることも」

沈黙することを余儀なくされてしまった世代。

その時の父親の話も書かねばなるまい。

(写真 GX200)

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