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2009年3月 5日 (木)

米沢にて

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「御館の乱」の後日談あり。

これはずいぶん前に山形・米沢で地元の人たちから聞いた。

筆者の父方の祖母が山梨の出という話になったら、

当地は米沢・上杉藩の昔から、甲斐・武田氏と縁があり、

今でも大事にしているという。

藩祖・上杉景勝の正室、「菊姫」は武田信玄の娘で、

「御館の乱」の、あの買収劇の際、

武田氏との同盟が結ばれて嫁いできた。

武田氏滅亡の時は生き残った人々を受け入れている。

同じく信玄の末子で「菊姫」の異母弟も匿い、

高禄を与えて、武田家を再興させた。

同家は明治維新まで続いている。

こういうわけで、武田氏の縁者も多いというのだ。

上杉と武田といえば、川中島のライバルとみられがちだけど、

実は深い絆が出来ていた。

「困った時は謙信を頼れ」と信玄は遺言したといわれるが、

ありそうなことにも思えてくる。

謙信以来の、この幾世代を超えた義理堅さ、

ちょっと前では、筆者も想像するに難しかったけど、

歳がいくと、何か納得するものがある。

「大河」にも「菊姫」は登場するようだ。

(写真 GX200)

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