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2009年5月の記事

2009年5月31日 (日)

「蛍前線」

Photo

「桜前線」ならぬ「蛍前線」という言葉があるらしい。

ちょうど今頃、この前線は列島を北上中なのである。

先週末、西伊豆は松崎町に撮りに行った方から、

画像を送って頂いたのでアップする。

筆者は蛍を撮ったことがないし、まともに見た記憶も殆んどない。

でも、話に聞くに、

幼児期、横浜・金沢の旧居に深更迷い込んだ一匹の蛍を、

追い掛け回していたとのことだ。

蛍が明滅しながら群翔する様を「蛍合戦」という。

死して蛍になった源平の兵どもが、

尚も合戦を続けている姿を喩えたとも。

しばしば、蛍の大群の明滅は一斉にシンクロすると聞くが、

この写真を撮った時もそうだったようだ。

未解明の現象なのだそうだけど、

何とも魅かれる光景には違いない。

(写真 撮影 bwv82 ニコンD90 AF-S DXニッコール 17~55 F2.8)

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2009年5月30日 (土)

「愛」が冷めるのが早い

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昼前に中古カメラフェア初日の会場を覘く。

ジナーシャッターの中程度品 @¥80000 を囲んで、

立ち会った「カメラ人類」たちと盛り上がる。

やはり、大判カメラへの関心が高まっているのを実感する。

皆、いろいろ遍歴を重ねて、やっとたどり着いたという感じかな。

しかし、筆者に関して言えば、こういった場に来ても、

近頃は、めっきりテンションが下がっているのが判る。

カメラを購入したとしても、「愛」が冷めるのが早いのだ。

手に入れる前はあんなに燃え上がっていたのにね。

さらに困ったことに、振り返ってみると、

こんな性癖が人間関係にも影を落としていたのが判ったりする。

こっちも冷めるのが、ますます早くなっていくような…

歳食って性格も悪くなる、か。やれやれ…

(写真 CX1) 

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2009年5月27日 (水)

「傾く」三成

大河ドラマに登場している石田三成の髪型が変だという意見が、

かなり出ているはずである。

前髪や月代は剃っているようなので、

その時代の成年男子なのは確からしいが、

髷が異常に長く後ろに垂らしている。

筆者も手持ちの史料を調べてみたが、どうもはっきりしない。

この時代の「常識」からすると、

月代、髷(髻)は成人男性、

前髪があって束ねた髪を後ろに長く垂らすのは、

童形で未成年となる。

中世世界には、服装、持ち物、髪型で、

一目で、その人がどういう人物なのかが判る、

極めて厳格な価値規範があった。

それから外れると「異類」「異形」となり、

極端な言い方をすれば、この世の常人ではなくなるのだ。

まぁ、百歩譲って、

中世末期=今の大河ドラマの時代から、

安土桃山、江戸初期にかけて「傾く」(かぶく)という、

異装が流行ったから、それを意識したのであろうか。

三成に「傾く」趣味が無かったとは言い切れないし…

筆者の史料で、強いて…それらしいものと言えば、

岩佐又兵衛(2009 2/16 投稿「浮世又兵衛」参照) 

描くところの「洛中洛外図」にある、

「客を強引に引き込もうとする遊女の図」ぐらいだろうか。

やはり「傾く」人々の前衛にあった遊女や芸能民、

(女性が男装したり、男性が女装したりすることがままあって、

 彼らも世の常人ではないとされた)の姿である。

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(写真 CX1)

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2009年5月26日 (火)

マスクの霊力

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行きつけのドラックストアでレジの前に並んでいたら、

列の前後の人は皆、マスクを買い求めている。

一人2個までということで、数分でその日の分は売り切れていた。

その様子を観察しながら、妙な空想が過ぎってしまった。

これは社会現象というよりも、一種の宗教的な現象ではないか。

マスクの予防能力など、たかが知れているは周知であろう。

それでも、何かに憑かれたように買い求めるのは、

病を防ぐシンボルとしてのマスクの存在に、

安心感を求めているうちに、実は無意識で、

何か「霊力」のようなものも認めてしまっているからではないのか。

だから、マスクは「護符」であり、「守り札」なのである。

そのうち、諸国の有力社寺が競って「護符マスク」なんてものを、

頒布し出したら、大人気になるやもしれない。

そんな便乗商法はあんまりだということにもなって、

「現代の一遍上人」の如き奇特な人が現れて、

渋谷や新宿の路上で、

「南無阿弥陀仏病魔退散決定往生…万人」とプリントした、

マスクを無償で人々に配り出したら面白いだろうに。

でも、「現代の一遍上人」はたちまち、

迷惑防止条例とかなんとかで職質されて、

引っ立てられてしまうかも…

これじゃ、今のどこが中世世界と違うんだか判らなくなるな。

(写真 CX1)

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2009年5月25日 (月)

♪夕方には晴れるかな…

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降ったり止んだりの日曜日。

午後、牛込にて「若林泰子写真展“BIG busy 2009”」を観る。

会場入り口で先客を知るが、

東京8x10組合連合会会頭の里坊氏であった。

久しぶりに暫し時間を忘れて歓談した。

先ごろ、氏は突然のブログの閉鎖や、

一切の撮影活動からの決別を表明されていたが、

筆者は、もしや「余命宣告」でも受けたのかと気にしていた。

しかし、そのようなことではなかったのが判明する。

何ごとも、今日の天気のように、

夕方には晴れる…のである。

予定の時間をかなり過ぎて、パーティまで参加することに。

「胸の振り子」さんも顔をみせる。

今回の組合第二回写真展の件について意見交換。

これも久しぶりだったけど、

頂いた白ワイン、ムスカデ・セーヴル・エ・メーヌ シュール・リーの、

爽やかなレモンを想わせる後味が実に心地よかった。

Yasさん、渋谷の粋なモノクロ作品群、

そして、素敵な午後のひとときを、

ありがとうございました。

(写真 CX1)

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2009年5月24日 (日)

第二回東京8x10組合連合会写真展のこと

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第一回東京8x10組合連合会写真展が開催されたのは2年前の夏。

それが当ブログを始めるきっかけにもなった。

当時、筆者は心中に期することがあったので、

無理を重ねて参加したのであった。

そして、この度「胸の振り子」さんの時宜を得た提唱により、

今秋、第二回展を開催する企てが始動することとなった。

(右ブックマーク欄 東京8x10組合連合会機関紙 KIOSK参照)

すでに組合員のみならず、内外の多くの賛同者より、

参加表明がなされている。

さて、筆者のことであるが、

まだ正式参加を決心するに至っていない。

まず、2年前と筆者の写真表現活動上の立ち位置が、

大きく異なってしまったことがある。

フィルムかデジタルかの問題、

フィルムなら、大判、中判、35㎜というフォマーットの問題。

それらは、筆者の写真表現の、

もちろん重要ではあるけれども、

さしあたっての、第一の課題ではなくなっているということである。

つまり、すくなくとも、筆者にとって写真表現上の課題は、

「その先にあるもの」として、捉えているからなのだ。

今はこれだけしか言えないけど、

この企てそのものについては大賛成なので、

協力や支援は惜しまないつもりでいる。

(写真 CX1)

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2009年5月23日 (土)

何も見ず何も学ばず

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5月下旬、大気もどこか湿気を孕む。

新型インフルに繰り返されるパニックを嗤う。

この国の人々は、

歴史から、何も見ず何も学ばずなのか。

いくら世の歴史好きが「戦国ブーム」とか騒いでも、

何かはせむである。

歴史は口当たりのよいファンタジーやミステリーであろうはずもなく、

史実はあくまでも激辛なのだ。

朝日、火曜夕刊からのシリーズ「大逆事件残照」を読む。

同事件で刑死した和歌山新宮出身の医師、

大石誠之助に関心を持つ。

(写真 CX1)

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2009年5月22日 (金)

「千体地蔵」

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「正福寺・地蔵堂」は「千体地蔵堂」とも呼ばれる。

祈願のある人々は小地蔵尊像を1体借り受けて持ち帰り、

成就の際にもう1体添えて奉納したという。

堂内には江戸・享保年間に奉納されたものを中心に、

多くの尊像が残るが、今でも近くの和菓子舗にて、

小地蔵尊像の有料頒布が受けられるそうだ。

「地蔵信仰」が息づいているわけだが、

これはかつて、この辺りが都市的な場であったことも窺わせる。

街道、辻、市、境界地には地蔵が祀られることが多いからだ。

ここの「地蔵信仰」が中世に遡るのは確かだろう。

中世世界では、地蔵は道祖神、賽の神、宿神と習合する。

因みに、この中の宿神は市の守り神、

芸能民の神、後ろ戸の神、魔多羅神であり、

猿楽能者が崇敬した「翁」へも繋がっていく。

(写真 GX200)

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2009年5月21日 (木)

やはりあの一族

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「国宝・地蔵堂」がある正福寺は立派な禅寺である。

本堂の屋根をみるに「三つ鱗紋」

つまり、あの北条一族の縁深い寺であった。

この寺の縁起によると、若き執権、北条時宗は、

(あの一遍聖絵にでてくる、鎌倉に入ろうとした一遍一行と、

 円覚寺門前の木戸で行き逢い、追い払った一件は、

 2008 10/7 投稿 「弘安5年3月1日」で紹介)

この地で鷹狩りをした際に急病になったが、

夢中に地蔵菩薩から授かった丸薬で事なきを得たため、

この地蔵堂を建立したという。

もとより史実とは言えないけど、若くして病で急死した時宗だから、

さもありそうな話ではある。

ここ武蔵国は北条一族の「庭」といってよい。

1210年から滅亡する1333年まで、この一族から切れ目無く、

14人が武蔵守を務め、軍事警察権を握る守護職も独占した。

時宗も1266年から1272年まで守護職にあったとする説が有力だ。

彼がこのあたりによく出没していたとしても、不思議ではない。

(考えてみれば、金沢・六浦荘も武蔵国の南端にある。

 武蔵国は「大国」なのだ。ちなみに北条一族から出た、

 最後の武蔵守は金沢北条氏最期の当主、金沢貞将だった)

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(写真 CX1)

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2009年5月20日 (水)

中世の職人の仕事

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「番匠」と呼ばれた中世の木工たちの仕事。

製材は、まず「ちょうな」で荒削りして、

(写真下 鎌倉後期の建築現場 下の男が使っている工具)

「槍鉋」で(同写真 上の男)で仕上げるという方法をとった。

仕上がった木材の表面は平滑にはならず、

微妙に、波打ったような削り痕が残るから、

これが中世、あるいは古代建築の証になるのである。

ところが、16世紀以降の近世になると、

現代も使われている「台鉋」が現れる。

木材の表面は鏡のように平滑に仕上がり、

しかも規格品の量産が可能になった。

中世の職人の仕事の証でもある「槍鉋」痕を、

見つけるたびに、筆者は確実に「中世世界の息吹」を感じ、

魅かれてやまないわけなのだ。

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(写真 GX200,CX1)

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2009年5月19日 (火)

中世建築の証

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都内唯一の国宝指定建築、正福寺・地蔵堂を観る。

この寺は臨済宗・建長寺派に属する禅宗寺院であり、

創建は鎌倉中期という。

地蔵堂は残された墨書銘から、応永14年(1407年・室町前期)

の建立と判っている。

同じく禅宗様式で、建立時期もほぼ同じとされる、

鎌倉円覚寺・舎利殿のほうは(こっちは教科書に載っていたな)

間近に拝観することがまったく出来ないが、こちらは自由だ。

しかも、毎年11月3日の「地蔵祭り」には内部公開がある。

要チェックなのは言うまでもない。

600年の風雨に耐えた外板を仔細に観察にするに、

微かにではあるが、

中世建築の証である「槍鉋」痕を見つけることが出来た。

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(写真 CX1)

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2009年5月18日 (月)

地蔵堂へ

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正福寺・地蔵堂へ歩を進める。

この道はやはり古い道だった。

地図を確認するに、道沿いに社寺が多いし、

真っ直ぐではなく、緩やかにうねりながら立川方向へ続いている。

今でも、昔ながらの町屋や屋敷林が目にとまる。

近世はもとより、この辺りは、

中世世界へ遡り得る「都市的な場」ではなかったのか。

東村山駅の東側には「府中道」

(中世以前は、上越へ抜ける幹線だった東山道)が南北に走り、

この道と交わるようになっているから、交通の要地である。

武蔵国の国府にも近い。

道を往還する人馬が多く、賑わっていたはずだ。

護岸に覆われてしまっているが、雰囲気は残る小河川を渡る。

往時は、水量や川幅がもっとあったかもしれないから、

水運も考慮にはいるだろう。

そんなことを考えながら歩いていたら、山門が見えてきた。

その奥に顔を覗かしているのが、目指す「国宝・地蔵堂」だ。

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(写真 CX1)

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2009年5月17日 (日)

懐かし醤油団子

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この週末は天候悪化が予想されるので、

午前中、駆け足ではあるが、14日にも触れた、

都内唯一の国宝指定の中世建築、

「正福寺・地蔵堂」(東村山市)をチェックしてきた。

駅を降りて西方へ徒歩15分程度である。

正福寺に向かうの道は立川行きのバス通りになっているが、

歩き出すと、すぐに「古道」の雰囲気が漂いはじめる。

そして、このあたりで「古道」沿いにつきものなのが…

あの「醤油団子」を焼く香ばしい匂い。

筆者、母親の実家は隣町、所沢であり、そこでも、

遊びに行けば必ずおやつに出たのがこれであった。

甘くない素朴な醤油味の団子はこの地域ならではの味わいなのだ。

早速、もとめるに、@\50 5本入り \250也 

何だか悪いような値段だけど、

ついでに「この道は古いんでしょう」と、

団子を焼いていたオバちゃんに聞いたら、

やはり「昔からある道」だそうだ。

屋敷林に囲まれた大きな民家が点在する風景を愉しみながら、

いよいよ正福寺へ…

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(写真 CX1)

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2009年5月14日 (木)

モノクロはGX200で

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CX1のモノクロモードは、とりあえず付いているというだけで、

細かな画像設定は出来ない。

この点についてはGX200に全くかなわないから、

モノクロはGX200で撮るようにしたい。

(しかも、建築物の撮影に適したディストーション補正が使える。

 上の写真もオンの状態で撮影)

高幡不動の仁王門。

都内では稀有な、れっきとした室町期の中世建築である。

ともすれば、都内の古建築は、

江戸を中心とした近世ものが殆んどであると考えがちだが、

気をつけて探すと、意外な中世遺物を見つけることがある。

東村山駅近くの「正福寺・地蔵堂」

鎌倉円覚寺の舎利殿に酷似した禅宗様室町建築で、

なんと国宝指定だ。要チェックなのは言うまでもない。

(写真 GX200)

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2009年5月12日 (火)

東博へ(2)

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昨日の東博にて拾ったもの。

「歴史を伝えるシリーズ 特集陳列・日本を歩く-甲信越-6/7まで」

地味な展示だけど、結構楽しめた。

古街道沿いにみていく地誌のような視点。

民俗、宗教、交易、特産品等々、甲信越地方のそれは、

どれをとっても興味深い。

諏訪、善光寺などの門前町や宿場の古地図、

「甲陽軍鑑」「北越雪譜」の版本も。

新指定の国宝重文特集陳列のほうでは、

例のオークションで話題になった某宗教団体所有の、

「運慶の大日如来坐像」も拝観する。

今回、重文に指定されたわけだが、

何だかんだ言っても、この中でモノがいいのは歴然だった。

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(写真 CX1)

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2009年5月11日 (月)

東博へ(1)

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新指定国宝重文特集陳列の会期が今日までだったので、

昼前に時間をつくって東博へ行ってきた。

暑さとこの人波。

やはり「阿修羅展」は観る気にならず。

目当ての金春宗家伝来の能面を拝観。

いくつか聞きたいことがあったので、係りに問い合わせたら、

本日、日曜につき担当学芸員休みにて対応出来ず。

後日、平日に電話で答えるとのこと。

土日が商売のはずの博物館がこれでは困る。

地方自治体や民間の施設ではこんなことは無かったな。

この業界も例外なく、厳しくなる一方なのにね。

ショップに立ち寄り、戯れに、

「源氏物語トートバック」を購入。@\1365也

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(写真 CX1)

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2009年5月10日 (日)

カメラを買うという非日常

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カメラを買ったり、買おうかと考えたりするだけで、

いつのまにか非日常(異界か)の扉が開かれているようだ。

何ともいえないあのウキウキ感、あるいは、

どうにも御し難い「あくがるる心」のようなものが、

何処からともなく、やって来るみたいで…

昨夜は、そうでなくてもハイビジョンで、

久しぶりに「魔法の黄色い靴」なんて聞いてしまったからか、

明け方に妙な夢をみてしまった。

…北陸のとある村で、筆者は「胸の振り子」さんと二人、

 民俗学のフィールドワークのようなことをやっている。

 買ったばかりのCX1を首から下げ、

 肩にはEOSデジ一眼という装備。

 家々を探索するのだが、どれもそれらしい古民家ではなく、

 昭和初期風の下町の町屋で、しかも人気のない廃屋ばかり。

 やっと見つけた一軒に「老翁」たちが待っていた。

 「振り子」さんが「農具を見せてもらえませんか」と頼むと、

 こころよく見せてくれるのだが、筆者がCX1で撮影を始めると、

 「お前は何故デジカメを使うのか。フィルムカメラはどうした」

 と咎められる。「いえ、フィルムカメラは宿のほうに」と、

 言い訳をしているところで…目が覚めた。

新しいカメラが増え、今までの「カメラバランス」が崩れたので、

カメラの「つくも神」たちが怒って、

「老翁」の姿を借りて夢枕に立ったのだとしたら、

こんな感じになるというわけか。

P.S. 「胸の振り子」さん、勝手にというか、

夢のほうまでご足労させてしまって、すいません。

(写真 CX1)

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2009年5月 5日 (火)

草いきれ

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CX1の試写もかねて、金沢文庫で開催中の、

「称名寺の庭園と伽藍」(6/7まで)を観てきた。

(史跡称名寺境内庭園・両橋復元完成記念 特別展)

ここは中世の浄土庭園の稀有な現存例だけど、

筆者の少年期にはかなり荒れ果てていた。

(2007 11/22.24.25 投稿 中世の景観とは 参照)

その後、大規模な発掘調査が行われ、

往時に近い状態に復元されている。

何時ものように、

展示されている出土した鎌倉期の橋脚(柱と貫)に、

中世特有の建築工具「ちょうな」と「槍鉋」の削痕を捜す。

この独特な荒々しい削痕を見つけるたびに心魅かれ、

中世という時代を身近に覚えるのだ。

境内を逍遥するに、もう草いきれか…

(写真 CX1)

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2009年5月 3日 (日)

CX1導入

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本日、CX1を導入。

もう一台のコンデジはR4のままだったので、これで懸案解決となる。

カスタマイズを完了したら、早速試写に入る。

さしあたって、GX200には暫し休息を与えることにしよう。

これからはこの二台体制でやっていく。

(写真 GX200)

P.S. 夕刻、試写。やはり7倍ズーム(200㎜側)は便利だ。

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(写真 CX1)

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