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2009年6月の記事

2009年6月30日 (火)

2485人

上杉本洛中洛外図屏風には、左隻1260人、右隻1225人、

合計2485人の老若男女が描かれている。

現物を観ると、ガラスケース越しではあるが、

だいたい50㎝の距離で、それぞれの人物の大きさが、

25㎜~30㎜位にみえる。確認のために手持ち資料の図版から、

屏風の実寸法にあわせて計算したら、ほぼ同じだった。

実際、これはかなり小さく感じる。

極細の筆で極めて細密に、人物の表情、しぐさ、

髪型、被り物、衣装、持ち物が描き込まれているから、

その人物がどのような身分職種なのか、類推も可能だ。

しかも、筆致は一気呵成、何の迷いが感じれらない。

まったく、驚きの連続なのだ。

下の部分は管領斯波氏邸門前で闘鶏をみる武士たち。

その中に、一人だけいる貴人らしき少年は、

この上杉本洛中洛外図屏風の本当の注文主である、

足利義輝本人であろうという、魅力的な仮説がある。

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(写真 CX1)

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2009年6月28日 (日)

宿願の上杉本洛中洛外図屏風を観る

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本日、待ちに待った、

「天地人展-直江兼続とその時代」(サントリー美術館 7/12まで)

展示替日にて、宿願の国宝・上杉本洛中洛外図屏風を観る。

六曲一双、右隻左隻各360㎝、合計7.2mを、

スコープを手に、詳細に2回観察した。

実に発見多し。

まず、超細密に描かれながら、筆致が力強く、

一切の手抜きはおろか、何のためらいも感じさせない。

保存状態も非常に良い。

他の洛中洛外図屏風に比べれば、

断トツの作品なのは明らかである。

今まで当ブログで触れた部分はすべて確認したが、

五月の節句の行事、「菖蒲合戦」に興じる、

京の街の「印地打ち」たちの姿を紹介しておく。

(飛礫石が辻の地面に転がっている)

もちろん、撮禁なので手持ちの史料から。

まぁ、話題も盛りだくさんなので、

とりあえず、おいおいということで…

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(写真 CX1)

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2009年6月27日 (土)

限りある人生

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このところアップしているCLで撮ったモノクロは、

最寄りに出来た「カメラのキタムラ」で処理をたのんだものだ。

今日のは前に「ビック」でやったもの。

やはり、かなりの違いがある。

好みの問題ではあろうが、「キタムラ」の感じも新鮮なので、

しばらく、ここでやってもらうことにしよう。

昔は、フィルムは自分で処理して、

プリントするのが当たり前だと思っていたし、

それが愉しみでもあった。

今はどうにも、時間と空間がひねり出せない。

そりゃ、有り余る時間と空間があるのなら、

それに越したことはないだろう。

でも、著述を生業にする人なら、

書かなければ何も始まらないのと同じで、

写真表現者も、まず撮らなければ何も始まらない。

素晴らしいプリントも大事だが、

もっと大事なのが撮った写真。

それが駄目だったら、百の説法なんとやらだ。

もう限りある人生である。

撮るほうに傾注したい。

多少の試行錯誤はあっても、

プリントはその道の専門家にお願いするに如かずなのだ。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2009年6月25日 (木)

あの頃ラジオから…(2)

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昨日に引き続きコダクロームのこと。

今日はBBCにて同じニュースを視る。

こちらでは、

現役のマグナムの写真家が語るコダクロームへのオマージュと、

最近のデジタル画像めぐる「無限」の可能性についてのルポ。

でも、やはりABCと同様に、普通の人々が、

このフィルムに託した想いを伝えるのを忘れなかった。

コダクロームで撮った家族旅行の写真が、

上がって来るのを待つ、あの数日のわくわく感。

そして、いよいよみんなで、そのスライドを鑑賞する喜び。

実は、これはプロ写真家の仕事から繋がっていて、

何の切れ目がない、地続きの世界なのだと判らせてくれる。

言い換えれば、多くの人々が共有する、

「写真文化」とはこういうものなのではないか。

ひとつのフィルムの製造打ち切りのニュースを聞きながら、

彼我の落差をあらためて痛感する。

こっちでは、写真家を独立した特別の存在だと信じ過ぎている。

「写真文化」の本質とは、

誰でもがアクセス出来て、対話して、支えあうものなのにね。

間違っても、

「わかる人にはわかる。わからない人にはわからない」

なんて嘯いて、対話を拒否するのなら、

「表現者」のはしくれにも、なれるわけがない。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2009年6月24日 (水)

あの頃ラジオから…(1)

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ABCニュースにてコダクローム製造打ち切りの話題を視る。

かつて、あの黄色い箱は、

プロアマ問わず、写真家にとって憧れの象徴であったし、

その74年に及ぶ歴史は、

アメリカ人の「思い出」そのものであると、

自身のABC入社時のコダクロームで撮られたポートレートを、

示しながらキャスターが述懐していた。

日本人にとって、そんなことを語れるフィルムはあっただろうか。

ラジオから流れてきたポールサイモンの曲を思い出してしまう。

筆者がちょうどラジオを聴き始めたころだったけど、

「よき時代」だったのかな。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2009年6月23日 (火)

飛び交う飛礫石(2)

B09062202_2

久しぶりにCLで撮ったモノクロをアップする。

(ちょっとご無沙汰だったけど、まだまだ撮りますから…)

手持ちの史料を調べたら、

「天狗礫」の画像が見つかったので、これも下にアップ。

これを見ると、天狗たちは手に手に石を持って投げつけているが、

「印地打ち」と言われた投石のプロたちは、

紐と布袋で作られた投石具も使っていたらしい。

頭上や体側でぶんぶん振り回して投擲するあれである。

これだと熟達すると、200メートルは飛ぶのだそうだ。

(場合によっては、弓矢どころか鉄砲の有効射程を超える)

昨日観た飛礫石は握りこぶし大をやや上回り、

飛翔に適した平板な形状だから、かなりの威力が期待できる。

それと、戦国期に実在していた投石部隊(傭兵的な存在か)は、

武田氏のものが知られていたようだ。

中世世界では、武士階級とは別に、

いわゆる世の埒外の、悪党的なプロの石投げ集団が、

活躍していたのではないかと思う。

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(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

(写真下 CX1)

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2009年6月22日 (月)

飛び交う飛礫石(1)

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昨年に続き、

「発掘された日本列島 2009」~重要な遺跡・遺物の最新情報!~

を観に両国の江戸東京博物館へ。

今年の中世考古関係の展示は、

福井県・白山平泉寺旧境内の僧坊跡と、

新潟県妙高市の鮫ヶ尾城跡(今年の大河、御館の乱の舞台)

同城跡から出土した戦国期の飛礫石(つぶていし)は初見だった。

投石は中世後期の合戦でよく用いられた戦法だ。

専門の投石部隊がいたことも判っている。

当時の戦傷者の記録を分析すると、

傷の殆んどが弓矢、投石、鉄砲によるもので、

刀槍傷は意外に少なかったという。

実際の戦闘でまず頼りになるのは「飛び道具」だったらしい。

人情として、そうなるのは今も同じで面白い。

中世世界では合戦だけではなく、

あちこちで飛礫石が飛び交っていたようだ。

河原や辻での「石合戦」は祭りの恒例行事だったし、

京の街の「印地打ち」という投石が得意な非行集団に、

歴代の権力者が手を焼き、禁令も出している。

それでも、しばしば起こる原因不明の投石は、

「天狗礫」(てんぐつぶて)と呼んで、

神仏の政治に対する怒りを示すものとされた。

誰かが、現代のデモの投石もその系譜にあると書いていたけど、

言い得て妙だと思う。

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(写真 CX1)

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2009年6月21日 (日)

東京8x10組合連合会総会へ

午後より、東京8x10組合連合会の総会で麻布十番へ。

主な議題はこの秋に開催される第二回展の打ち合わせ。

今回、筆者は写真展には参加せず、

もっぱら、事の次第と顛末を見届ける者として同席した。

総会のほうは「胸の振り子」さんの司会進行により無事終了。

その後、会場となるギャラリーの視察と、

DM用の写真として、

最寄りの六地蔵前で(写真展成功祈願も兼ねて?)

参加者各自持参の8x10大型カメラを撮影する。

(なにやら所用の具足を検分して武者ぶりを観る気分か)

梅雨の晴れ間の日差しと蒸し暑さにて、いささか疲労。

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(写真 CX1)

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2009年6月19日 (金)

妄想なのか

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称名寺の墓地を歩きながら、ふと浮んできたこと。

この世のあらゆる宗教や、宗教的な出来事なんて、

結局、妄想そのものか、それに近いものじゃないのか。

中世世界でもそうだったけど、

神仏と人々の間、あるいは生と死の間(境界)に立って、

代々長きにわたって、そのことを生業にしてきた人たちは、

彼らの仲間内だけになると、

しばしば、神仏や霊魂を少しも畏れない、

あたかも「無神論者」のような行動をとることがあったと云う。

ある意味、そんな逆説的な現象のほうに、

「真理」を感じてしまうこのごろなのだ。

(写真 CX1)

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2009年6月18日 (木)

中世を歩く時に…

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中世の遺跡や社寺を訪ね歩く時に、

参考にすることが多い本がある。

「中世の村を歩く」(石井進著 朝日選書 2000)

名著だと思う。

近刊では、「日本の中世を歩く -遺跡を訪ね史料を読む」

(五味文彦著 岩波新書 2009)もよい。

称名寺の墓地で、今年最初のやぶ蚊攻撃を受ける。

刺されたのは、CX1を保持していた右手の小指。

腫れてまだ痛痒い。

(写真 CX1)

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2009年6月17日 (水)

六浦津から中世の琉球をイメージする

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六浦津に来航した琉球船に便乗して、

中世の琉球に渡ることにする。

時は14世紀中ごろ、日本は鎌倉末期から南北朝時代、

琉球は、まだ歴史時代ではなく神話時代だ。

このころ琉球各地では、「グスク」と呼ばれる、

大規模な石積みの城壁を廻らした城郭が造られている。

こういった「石の城」は中世日本の城郭にはまったく見られない。

極めて特異な「石の文化」である。

しかも、この時代の琉球に突如として現れるのだ。

 (右ブックマーク欄 

  胸の振り子さんのブログ、“A Moveable Feast”

  4/20,21 '09 「今帰仁グスク」「浦添ようどれ」の写真 参照)

「グスク」は、今まで謎の存在だったが、

近年、発掘調査が進展し、いろいろなことが解かってきた。

従来、神話と解されてきた琉球正史「中山世鑑」(17C成立)

の記述の信憑性も強まっているようだ。

高度な石積み技術は中国、朝鮮、日本との活発な交流の中で、

発生したものであろうという。

博多沿岸の「元寇石塁」は、

同時代の日本では、数少ない大規模石積み施設だが、

その技術との関連性も注目されているそうだ。

(写真 CX1)

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2009年6月16日 (火)

琉球船の謎

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この日曜日は、

横浜開港150周年記念企画展「中世の港湾都市六浦」

を観に金沢文庫へ。

中世六浦津の実相を当時の文献や遺物で辿る特別展示である。

専門の学芸員の方にいくつかお話を聞く。

まず、六浦津への琉球船入港の記録について、

出典を忘却していたので、それを確認する。

(答えは「鎌倉大日記」で南北朝期のこと)

もう一つは、いわゆる「唐船」(からぶね)

(外洋を航行できる大型構造船。主に中国南部で建造)

でもあった琉球船が、定期的に来航していたのかということ。

どうも、「大日記」に云うのは悪天か何かによる、

緊急避難的な入港だったらしい。

本来は鎌倉の和賀江津、あるいは遥か西方の博多津を、

目指していた可能性が高い。

琉球は、中国南部から日本を目指す宋船が必ず寄港する、

重要な中継点だったから、

琉球船も宋船とほぼ同じ航路をとっていたと考えられている。

博多や鎌倉では、宋船に入り混じって、

琉球船が来航していたのが実態だろうということだった。

(写真 CX1)

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2009年6月15日 (月)

世界報道写真展を観る

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このごろ、写真の話題に刺激らしい刺激を感じない。

これじゃいけないと、

恵比寿の都写美でやっている「2009世界報道写真展」を観にいく。

何か拾うものでもと…

写しとめられた悲惨な紛争地や被災地の人々の表情は、

キャプションがなければ、

50年前、60年前の写真と何ら変わるところがないなと、

あらためて考える。

写真という表現方法は、時空を超えて誰でもがアクセス出来る、

極めて具体的な「共通言語」であることは確かなのだ。

いくつかの写真に、

「抽象性」に逃げ道を見つけようとする傾向がみられたけど、

ちょっと違うぞと思う。

それでは、せっかく写真本来が持っている魅力を、

かなぐり捨てることにもなるからだ。

(写真 CX1)

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2009年6月14日 (日)

写真がどんどん上手くなる?

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雑誌の最新号を手にとるのは、へサロンぐらいだろう。

ずいぶんと久しぶりに「ブルータス」を見たら、

「写真がどんどん上手くなる」という特集だった。

このごろはフィルムもデジタルも、

ネタ詰まり観があるなと、つくづく思う。

19人の代表的な写真家に、

それぞれの作品作りの「ルール」を明かしてもらうというのだが、

いったい誰の参考になるんだか。

それでも、紹介されている写真家の中で二人が、

8x10大型カメラを駆使しているのが何とも光ってみえる。

その他に、目につくことがないわけでもあるから、

やはり、これは多少の影響力があるか。

まともに読んだのは、同誌連載中の「人間関係」の写真を、

8x10ディアドルフ、ニッコールSW120で撮影する、

篠山紀信氏のルポぐらい。

梅雨の晴れ間、街に「大判オジサン」現る。

心の中でエールを送る。

(写真 CX1)

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2009年6月13日 (土)

70年では…

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これも朝日月曜夕刊からのシリーズ。

「ノモンハンの記憶 『事件』から70年」を読む。

現代史上の極めて重要な「事件」にもかかわらず、

70年が経ち、記録や検証もまったく不十分なままだ。

調査団との同行取材と、

生存者へのインタヴューからなるレポートだけど、

すでに関係者の多くが物故しているから、

難しいこともあったに違いない。

せめて、60年でもっと徹底した検証があってもよかったと…

これで思い出すのが、ドイツの放送局が製作した、

「スターリングラード60周年」のドキュメンタリーである。

60年の段階で生存者がいなくなるのを考慮して、

出来うる限りのインタヴューと証言、検証がなされていた。

そこには、世代を超えた、

辛い史実から目をそらさず、正面から向かい合おうとする、

真摯な想いが十分に伝わってきたものだ。

歴史と対峙する姿勢の違いが際立つ。

歴史に心地のよい「ファンタジー」や「ミステリー」しか、

見ようとしない人々は惨めな失敗を繰り返すしかない。

(写真 CX1)

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2009年6月12日 (金)

僧形

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行きつけのヘアサロンへ。

これから季節も熱くなることだし、この際、

「頭を剃りこぼって僧形となす」とまではいかないけど、

思い切って短くして、すっきりと。

そういえば、中世世界でも「何某坊」「何某入道」というような、

僧形の人々がやたらと多かった。

形だけでも大きな寺社の構成員になり、

この世の埒外に身を置いて、

(寺社の領内は世俗権力が及ばない一種のアジールである)

免税をはじめ、

(今までの領主の税よりも安い上納金を寺社に納める。

 端的に言えば、節税か脱税)

数々の特権を手に入れるのが流行ったのだ。

(いろいろな事業の専売権や許認可権)

彼らは見た目、下級の僧侶なのだが、

富裕で肉食妻帯自由、俗人と全く変わらぬ生活を謳歌出来た。

だから、ついには信長に目を付けられてしまった訳だが。

現代でも、宗教法人が非課税なのは、

中世世界の残滓のような気がしないでもない。

(写真 CX1)

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2009年6月11日 (木)

写真家たちの「物語」に

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朝日夕刊、月曜からの新シリーズ「この一枚の物語」を読む。

現代写真史を代表する一枚の写真とそれをめぐる人々の物語。

第一回は東松照明氏。

第二回は日本人初のピュリツァー賞受賞の長尾靖氏と、

いずれも、しみじみと、

写真家の一生というものを考えさせてくれる記事だったけど、

今夕の某有名演出家の娘のサクセスストーリーは、

出来過ぎていて、反って興ざめだった。

今時、こういった「くさい話」を頭から信じる人はいるのかな。

まぁ、演劇のプロの一家ではあるし、

彼女の作品は、とりあえず別にしても、

(そもそも「この一枚」に入っているの?)

「饒舌」は逆効果だろう。

でも記者の意図が、また違うところに、

(つまりアイロニーということ)

あるのなら、それはそれだ。

(写真 CX1)

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2009年6月 7日 (日)

「陣僧」

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NHKで、この春「タイムスクープハンター」なる番組を、

やっていたのを再放送で知る。

未来のジャーナリストが過去にタイムスリップして、

その時代をレポートするという設定の歴史探訪番組だ。

「戦国救急救命士」はちょっと面白かった。

中世世界の、

戦場へ軍勢と同行する「陣僧」と呼ばれる僧たちに、

初めてスポットを当てたからだ。

「黒衣の僧」とも言われる彼らは、多くは時宗や禅宗の僧で、

官僧(官僧は白衣)ではなく、「聖」や「念仏衆」に近い存在だ。

戦場では、戦死者の供養や葬送、

臨終の際に念仏を勧めたりするのが主な仕事だが、

戦傷者の治療看護も行ったので、

「戦国救急救命士」という切り口になったのだろう。

(十字軍の、オスピタル騎士団の仕事によく似ている)

実際、彼らはこの世の常人ではない「無縁」の衆とされたから、

敵味方の区別なく自由に戦場を往来出来た。

しばしば、情報収集や文書作成、外交交渉もやっている。

今でも古戦場を訪ねると、小さな寺や供養塔が残っていたりするが、

彼らの活動の痕跡である場合が多いと思う。

(写真 CX1)

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2009年6月 6日 (土)

「組合員」

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第二回東京8x10組合連合会写真展開催の動きが具体化してきた。

会期や会場の選定も順調に進んでいるようだ。

すでに触れたように、今回、筆者は後方支援にまわるが、

今、あらためて2年前に参加した第一回展のことを思い出している。

この前も、組合の設立提唱者であって会頭職にある、

里坊氏と、しみじみ語り合ったのだけど、

最初のコンセプトが実に魅力的だったことだ。

このデジタル全盛の時代に敢えて、

古い古い銀塩フィルムを用いる大型8x10カメラを持ち出し、

東京という都市と対峙する企てが、

新鮮で、無謀で、酔狂で、痛快であった。

しかも、その集団は、

「~協会」や「~連盟」「~クラブ」なんて名乗らない。

あくまで「組合」であり、「組合員」なのである。

これは「偉そうに余暇に大型カメラを撫で回す上から目線」を、

完全否定して、腕まくり、ねじり鉢巻で8x10カメラを引っさげ、

東京の地べたを這いずり回って、

真面目な写真表現を欣求する、

水平志向の集団であることを表明しているに他ならない。

この「粋度」は特筆出来るのではないか。

奇しくも、第一回展の直後であったか、

(このブログを始めた頃でもあるが)

本郷路地裏で写真家・田中長徳氏と邂逅した際に、

氏が講師を務めていた、

渋谷のカルチャーのライカ教室参加者の集合写真を見て、

全員が判で押したように「なりが良すぎる」のが、

気に食わないと、筆者が洩らしたことがある。

長徳氏も深く頷いていたと記憶している。

あの時、組合の立ち位置は確かにその辺にあったのだ。

(写真 CX1)

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2009年6月 4日 (木)

ドクダミの匂い(2)

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例の行きつけの漢方薬局に行ったら、

ドクダミの利用法を教えてくれた。

この前の投稿では和漢薬と言ったけど、

正確には、ドクダミは民間の和薬である。

生薬ではあるが、単独で用いられることが多いからだ。

(漢方薬は複数の生薬を調合して用いるのが基本)

主な薬効は利尿、解毒で、下剤や吹き出物などにも用いる。

俗に十の効能があるから「十薬」とも。

開花している、ちょうど今頃が収穫期だ。

根と一緒に葉、花穂を引き抜き、よく乾燥させて使う。

(生の葉や根には抗菌作用がある)

お茶(あの匂いがマイルドになる)にするのもいいが、

煎じる(こっちだと匂いが少々強くなる)のほうが効く。

注意点は、体を冷やしてしまう副作用があること。

原則として夏期に用いたいが、煎じる時に、

副作用を抑える生薬、生姜、ナツメを加えるとよい。

ドクダミは非常に旺盛な植物で、抜いても抜いても、

根が残っている限り、また生えてくる。

この際、こういった利用法も見直してみるべきか。

(写真 CX1)

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2009年6月 2日 (火)

ドクダミの匂い(1)

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日陰に、ドクダミのあの匂い(臭いか)をイメージする季節になる。

ドクダミと言えば、和漢薬に用いられる薬草だけど、

この頃、行きつけの漢方薬局でもっぱら話題になるのは、

本日施行の「改正薬事法」のこと。

小規模だが、地方でこつこつと真面目に、

和漢薬をつくり続けている薬局が困り果てている。

 (このような和漢薬の中には優れた製品が少なくない。

  筆者も一方ならぬ世話になっている。これは否定出来ない。

  しかも、今回、副作用の軽重で分類された薬品の中では、

  殆んどが軽くて問題にならないカテゴリーに入っている)

昔から、顧客が全国にいて、

電話や葉書で注文を取るやり方を続けてきが、

これがネット販売と一緒にされて、対面販売が必須となり、

「違法」となってしまったのだ。

 (それも監視方法と罰則がはっきりしない変な法律なのだが)

こういった薬局の経営者と顧客は多くが高齢者である。

ネットでやっている人は皆無に近いという。

 (彼らはネットを全く信用せず、本当に判ってくれる店や顧客しか、

  相手にしたくないからだと話している)

2年間の「猶予期間」とやらが設けられたらしいが、

お先真っ暗な状態のままだ。

そもそも、この「改正」には悪い話が絶えない。

副作用の強い薬品が通販で無制限に流れるのを防ぐという、

「正当な理由」の影に大手流通業者の、

薬品販売参入の利権がチラつき、

そこに与党大物政治家もうろつきだしている始末…

その一方で、深刻な副作用が懸念される神経系の薬が、

「合法的」に大量に出回っている事実には、

誰も触れることが出来ないでいるのだ。

(写真 CX1)

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2009年6月 1日 (月)

あの「上杉本洛中洛外図」が来る

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特別展「天地人 直江兼続とその時代」を観て来た。

(サントリー美術館 5/30~7/12)

目的は、もちろん「大河」ではない。

洛中洛外図である。

会期前半(5/30~6/15)は、

「歴博乙本洛中洛外図屏風」(重文指定)が観られる。

数ある洛中洛外図の中ではトップクラスの優品であり、

製作年代が最も古いものの一つだ。

(これは持参のビクセンのスコープを駆使して詳細に観察)

しかし、真打ちは後半(6/27~7/12)に展示される、

あの「上杉本洛中洛外図屏風」(永徳筆 国宝指定)である。

当ブログでは何度も紹介したし、

何より、2007年11月16日投稿の「本郷三丁目」以来の因縁もある。

「待てば海路の日和」

「求めよさらば与えられん」

今度は見逃さないぞ。

(写真 CX1)

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