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2009年6月16日 (火)

琉球船の謎

B09061501

この日曜日は、

横浜開港150周年記念企画展「中世の港湾都市六浦」

を観に金沢文庫へ。

中世六浦津の実相を当時の文献や遺物で辿る特別展示である。

専門の学芸員の方にいくつかお話を聞く。

まず、六浦津への琉球船入港の記録について、

出典を忘却していたので、それを確認する。

(答えは「鎌倉大日記」で南北朝期のこと)

もう一つは、いわゆる「唐船」(からぶね)

(外洋を航行できる大型構造船。主に中国南部で建造)

でもあった琉球船が、定期的に来航していたのかということ。

どうも、「大日記」に云うのは悪天か何かによる、

緊急避難的な入港だったらしい。

本来は鎌倉の和賀江津、あるいは遥か西方の博多津を、

目指していた可能性が高い。

琉球は、中国南部から日本を目指す宋船が必ず寄港する、

重要な中継点だったから、

琉球船も宋船とほぼ同じ航路をとっていたと考えられている。

博多や鎌倉では、宋船に入り混じって、

琉球船が来航していたのが実態だろうということだった。

(写真 CX1)

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コメント

追浜、六浦、金沢文庫たりは、馴染み深い所だったのですが、当時は中世世界の広がっている土地柄だとは夢にも知りませんでした。
開港150年もあって、関心が高まっているんでしょうね。
拙ブログでも、横浜関連の記事を検索して見に来ている人が最近増えたようです。

投稿: 振り子 | 2009年6月16日 (火) 19時59分

日頃、何とも思っていない地域社会でも、1枚引っぺがすととんでもない世界が、
現れてくるものですね。
中世世界もそのようにして発見していくしかないと感じています。
東村山でもそうでした。

投稿: kansuke | 2009年6月17日 (水) 00時31分

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