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2009年7月の記事

2009年7月31日 (金)

日々の写真 7/30

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岡山特産の「安芸クイーン」という葡萄のお裾分け。

種無しで皮柔らかく美味である。

長雨と日照不足にて、山梨・韮崎の葡萄畑は泥濘んでしまった由。

近年に無い事態で、今秋の収穫が心配になる。

昨日の群馬・安中で発見された「山本菅助文書」の件。

山梨県博より、紀要に担当の学芸員の方が、

小論を発表されていることを教えて頂く。

紀要のほうは完売につき、コピーの実費送付になるらしい。

明日、連絡して手続しようと思う。

(写真 CX1)

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2009年7月30日 (木)

新史料発見!

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よもやとは思ったが、

山本勘助実在説を補強する新史料発見のニュースを、

昨日の朝日夕刊にて知る。

群馬県安中市の旧家の蔵から、

武田信玄が勘助(菅助)に宛てた書状が二通出てきた。

一つは勘助の信州での手柄を褒め、恩賞を与えるとあり、

もう一つは重病の家臣の見舞いを命じるという内容だ。

両方とも信玄の花押があり、紙質、筆跡、書式などから、

16世紀後半・戦国期のものとほぼ認められたようだ。

(後者の書状は信玄自筆の可能性が指摘されている)

重要なのは、これらの書状で「菅助(介)」という表記が、

使われていたこと。

これは勘助実在説の端緒となった、

1969年発見の「市川文書」の表記と一致するので、

史料の信憑性を高めている。

朝日の報道は昨日が初めてだが、地元紙の山梨日日では、

5月1日付、上毛新聞は6月11日付で報じていた。

山梨県立博物館の学芸員の方が調査を担当されているようなので、

いずれ同館で公開される機会もあるかもしれない。

まずは、喜ばしいニュースである。

(2008 4/15,16,17,18 投稿 勘助のイメージ③~⑥ 参照)

(写真 CX1)

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2009年7月29日 (水)

疫病神たち

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一昨日の「道教の美術展」(三井記念美術館)の出品作品から、

ちょっと面白かったものを紹介する。

重病人の平癒を祈祷する安倍晴明。

(不動利益縁起絵巻 重文・鎌倉期14Cより)

中世世界では、全ての病は、

牛頭天王の眷属である疫病神が起こすものと考えられており、

これを祓うことは陰陽師の重要な仕事だった。

御幣を立てた祭壇の後には、いろいろな古道具が化けた、

「つくも神」のような姿をした疫病神たちか相対し、

これから対決しようと、勢ぞろいして控えている。

安倍晴明の後にも、彼が自由に召し使ったという「式神」が二人、

こっちも命令一下、やっつけにかかろうと手ぐすね引いている感じだ。

それにしても、現代の感覚からすれば、

何ともユーモラスな様子の疫病神たちだけど、

水木しげる風の妖怪とはかなり違っていて、どこか異国風だ。

流行病が異国からやって来ることが多かった時代ならではか。

本当は、疫病神は実に恐ろしい存在だったはずである。

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(写真 CX1)

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2009年7月28日 (火)

切れ端ですが…

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午前中晴れるも午後より雨。一時強く降る。

日没直前、路線バス中にて、急に日が差す。

ハタと思いついて、太陽から反対側の席へ。

虹が出ると確信したからだ。

車中からは、なかなか確認出来なかったが、

ようやく、建物の隙間から真東の方角、地平線近くに2本。

辛うじて、切れ端を捉えたような…

その間、頭は完全に撮影モードになる。

昔、野山で撮っていた頃のあの感覚だった。

虹の撮影は何度も失敗していたからな…

(2008 7/11 投稿 「虹の立つところ」 参照)

(写真 CX1)

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2009年7月27日 (月)

“TAOISM ART”

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列島、悪天なるも南関東のみ快晴。暑さも暑し。

特別展「知られざるタオの世界 道教の美術」

TAOISM ART -道教の神々と星の信仰-

(三井記念美術館 ~9/6)を観にいく。

実に盛り沢山の展示で、収穫も多かった。

中国本土の道教美術のみならず、深い影響を受けたと考えられる、

中世日本の宗教美術まで網羅しており、

仏教、神道、陰陽道、天文道、暦道、宿曜道等々、

注目すべき作品をよく集めている。

しかもここで、あの異神たち、新羅明神、赤山明神、

ことに摩多羅神、

(これはなかなか観れない神像だ。その奇怪さは噂どおりだが、

 いろいろと面白い発見も…)

に会えるとは思わなかった。

神仏混交の世界や、中世芸能における「翁」の問題も、

道教的と言えば、そのように見えてくるから不思議である。

やはり、「影響」なんかでは片付けられないものがありそうだ。

先週の「伊勢神宮と神々の美術展」より遥かに深遠にて、

思索にふけるに好適な内容なのは論を待たず。

でも、あまりにフィールドが広大かつ複雑で、

頭を整理するのに、少々時間が必要なのではあるが…

ついでながら、陰陽師に関心のある人なら、

有名な現存最古の、

「安倍晴明像」 (室町期・大坂阿倍王子神社)が観られる。

(写真 CX1)

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2009年7月26日 (日)

日々の写真 7/25

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風あるも、久しぶりの青空。

街を歩いていて、同じカメラを持った人と顔を合わす。

CX1は初めて。GX200はたまにある。

こういう場合、筆者はあまり共感は覚えず。

どちらかと言えば、バツが悪い感じか。

夕刻、遥かに夏の山(高尾山あたりか?)を望む。

やはり、山は遠くから観るものだな。

Amazonにて発注の、

「王の身体 王の肖像」(黒田日出男著 2009 ちくま文芸文庫)

香川県丸亀市より届く。

本書に曰く、11~12世紀頃に宮中では日月食を忌み、

天子がその妖光に当たらないように御所を筵で裏む(つつむ)

作法が始まったらしい。

中世世界の穢れの概念との密接な関連性を示唆する。

(写真 CX1)

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2009年7月23日 (木)

中世の日食予報

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戻り梅雨というのか、またうっとうしい天気に。

世上の日食騒ぎに、ちょっと史料を調べる。

中世世界の日食の記録。

「吾妻鑑」に22件。うち鎌倉にて目視出来たのは僅かに4件。

残りは悪天候や予報外れによって不見という。

予報というのは、当時使われていた陰暦では、

(唐時代につくられ、平安初期に導入された宣明暦法。

 江戸初期まで使われる)

日食と月食を概ね算出予測することが出来たからである。

(朝廷の陰陽寮が毎年、作成報告する翌年の「具注暦」により、

 日食予定日が予め各方面に知らされていた)

中国流の考えでは、日食は為政者の不徳の致すところ。

また、天変地異の前触れとも考えれていたから、

京や鎌倉では、名のある密教僧に祈祷をさせている。

たとえ、予報外れや悪天であっても、

日食が見えなければ効験があったということで、

褒美が出たし、為政者の徳もとりあえず証明されたらしい。

でも、さすがにある公家は日記に、

「予報はいいかげんで、怪しいものだ」と漏らしている。

やはり、一種の政治ショーになってしまったのだろう。

(写真 CX1)

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2009年7月21日 (火)

ライバルだったはず…

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昨日は休日の山手線を半周して上野へ。

東博の「伊勢神宮と神々の美術 9/6まで」を観る。

第62回式年遷宮記念特別展ということで、

「神々の美術」とは謳うけれど、

神宮信仰の性格上、神像や絵画など、

美術的な所蔵品の出品はあまり多くない。

どうしても、神宮以外の神社からの出品が目立つ展示になる。

その中では、熊野速玉社の国宝二体の神像が見ものであろう。

でも考えてみれば、中世世界で熊野(熊野御師)は、

神宮(伊勢御師)の強力なライバルだったはず…

これは希望なのだが、展示に、

中世の伊勢御師による全国津々浦々に及ぶ布教活動や、

江戸期の「お伊勢参り」などの民衆史的な視点があれば、

もっとメリハリのある内容になったのではと思う。

最近は、神宮を経済面で支えた各地の荘園(御厨)や、

職人集団の研究も進んでいるから、

そちらもフォロー出来たら、尚よかった。

(写真 CX1)

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2009年7月20日 (月)

無意味の意味

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マーク・ロスコ(アメリカ 1903~1970)をめぐる、

日曜美術館の姜尚中氏と高村薫氏の対論は刺激的だった。

現代抽象芸術の極限に臨んだロスコの作品群を前にして、

一切の意味性を捨て去ったその世界に、

強く魅せられると語り合う両氏。

これは現代の全ての表現活動に突きつけられた、

避けて通れない課題のようなものという。

つまり、作家とその表現する世界との関係が、

現代以前の「幸福な調和」

(外界の目に見える形あるすべてものに帰着するという)

を前提にしたものとしては、成立し得なくなっている。

 (20世紀に始まった現代世界は、

 それほど不安と絶望と鬱屈に満ちたものだったから)

そこに存在するのは、

形や色をなさない、ただ「手触り感」だけがあるもので、

ロスコはそれと格闘していたのだと。

高村氏はロスコの作品にインスパイアされて、

意味を持った言葉から、意味性から自由になる表現を紡ごうと、

文学上の挑戦(小説)に取り組み始めたとのこと。

ロスコは晩年、真っ黒に塗り込められた絵を残して自死する。

姜尚中氏はその絵を観て、

自我から解き放たれた自由と不思議な安らぎを感じたと語る。

言葉の巧者である両氏のトークから受けた示唆は大きい。

昼前に上野の東博。「伊勢神宮と神々の美術展」を観る。

暑さでちょっと脱水気味にて疲労。その話題は次回に。

(写真 CX1)

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2009年7月19日 (日)

夏に凍える

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すっかり夏休みモードに入った「海の日」週末。

街に漂うウキウキ感と対照的な海山の惨事も例年の如くに。

トムラウシの大量遭難の異常さ。

だけど、この時期の夏山凍死は意外ではない。

筆者にもそれに近い経験がある。

十数年前、梅雨明け早々の山で撮影中に豪雨と突風に遭った。

その頃は装備も十分ではなく、肌までずぶ濡れになり、

雨後の気化熱や低温で凍えてしまったのだ。

しかも、標高が1500を超えていたから、

朝夕は0度になることもあり得た。

何とか明るいうちに下山出来たのだが、

2,3日は寝込む有様だったと思う。

以後は新素材の速乾肌着や雨具、防寒のフリースなどを、

念入りに揃えるようになった。

それに、何よりも天候が覚束なかったら、

撮影行は止めることにした。

あの辛さはもう御免だったし…

速乾肌着は快適で、今も普段に愛用している。

でも、さすがに山の撮影行のほうは誘われてもね…

(写真 CX1)

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2009年7月18日 (土)

日々の写真 7/17

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新宿へ所用ついでに、

コニカミノルタプラザ、

「here and there ソウル/東京 溝部秀二写真展」と、

HCLフォトギャラリー新宿御苑、

「写友スウィング写真展 №3 水のある風景」に寄る。

後者は筆者の大判写真サークル時代にお付き合いがあった人たち。

70代、80代の方が多いが、皆さん、ますます元気という感じなのだ。

思うに、写真の延命効果…失礼!健康効果?は真実かもしれぬ。

大判写真と銀塩フィルムの現状について一時間ほど歓談。

各地の有名撮影地は相変わらず三脚が林立してるらしいけど、

このごろは、デジ一眼一色で女性の姿が目立っているという話も。

これも半世紀近く、こういった光景を見続けている人たちの慨嘆だ。

(写真 CX1)

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2009年7月16日 (木)

ちょっとした見もの

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南からの熱風が身にこたえる一日。

ビール洋酒業界のK社とS社の合併話。

少しは業界の事情を知っている人なら、

かなり難しい話なのは判っていると思う。

第一、社風があまりに違いすぎる(S社の場合は家風であるが)

K社は由緒正しき上場企業で、経営や資産状況が公開されており、

生え抜き社員がトップになれるが、

S社は今時珍しい非上場で徹底的な同族世襲企業(商店)だ。

経営や資産状況も突き詰めれば不明なところが多い。

(派手な広告宣伝のイメージに隠れてはいるが)

企業規模はともかく、この差は大きすぎると言うしかない。

両社とも、よほど困った経営状況なのかと勘ぐってしまうくらいだ。

S社の場合、創業家が経営から手を引くこともあり得るのだろう。

(これも、ちょっと前なら考えられなかった。

 つまり、実質的には代々の事業(家業)を売り飛ばすということだ。

 それを決断したとなれば、話は違ってくる)

それにしても、この話がうまくいくかどうかは、

(筆者は現段階では懐疑的なのだが、それより、

 このアイデアの出所のほうに関心がある。やはり外資か?)

ちょっとした見ものなのだ。

(写真 GX200)

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2009年7月15日 (水)

日々の写真 7/14

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本日、関東甲信梅雨明けの由。

数日来、その気配はあった。

去年は何日だったか思い出せないが。

祇園祭宵山のニュースを横目で視ながらこの稿を書く。

(写真 CX1)

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2009年7月14日 (火)

日々の写真 7/13

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南西より熱風吹き込み、いよいよ酷暑来る。

いささか疲労気味の月曜日。

都議選の結果に懸念あり。

野党第一党勝利するも、単独過半数には届くはずもなく、

与党側の負け方も中途半端。

リベラル左派政党の票を食ったのみ。

来る総選挙後の「大連立の悪夢」がよぎる。

(写真 CX1)

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2009年7月13日 (月)

吼える真っ黒な子犬

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日曜美術館の「与謝蕪村 響きあう絵と詩」を視る。

晩年佳境に入った蕪村の画家としての活動。

「鳶鴉図」

(舞い散る雪、極寒の中で対峙する鴉と鳶、

 考えてみれば、鴉や鳶は都市的な鳥だ)

や「夜色楼台図」

(雪の京都東山と、深閑とした薄暮の中の町屋群、

 家々からの明かりが洩れ来る)

のような、

コントラストとグラデーションの妙を見せる墨絵の世界から、

吼える真っ黒な子犬の絵に俳諧を添えた「狗子自画賛」まで、

どこか現代写真家の表現活動に通底するものを感じさせる。

やはり、モチーフもその時代なりに「都市的」なのだ。

「自画賛」の句は、

「己が身を闇より吼えて夜半の月」

彼もまた、孤独で鬱屈した表現者だった。

でも、作品に溢れる圧倒的なパワーは、

軽々と時空を超えて迫って来る。

午後遅く、都議選の投票へ。

帰りに新疆ウイグル騒乱に抗議するデモとすれ違う。

参加者、皆なりがよく、浴衣姿の女性も混じっていた。

筆者の学生時代とは土台、世界が違うことを実感。

(写真 CX1)

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2009年7月12日 (日)

忘却したい歴史

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朝日朝刊の社会面に、

機密文書を密かに大量廃棄していた外務省の記事。

それほど忘却したい(隠したい)歴史があった。

近現代史において、この国の外交は、

致命的な、あるいは歴史的なといってもよい、

大失敗を繰り返してきたからな。

その理由があらためて、よ~く納得出来た。

歴史と真剣に対峙する気持ちなどさらさらないのだ。

無数の失敗を忘却し、また新たな失敗の種をまく。

外交の失敗は人々の生命財産を直接害するから、

そのつもりで、皆、自己防衛するしかないだろう。

歴史を愚弄すると、そのしっぺ返しは必ずやって来る。

(写真 CX1)

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2009年7月11日 (土)

蝉の声を聞く

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朝からの湿気をはらんだ風にいささか参る。

夕刻、晴れた空に今年初めて蝉の声を聞く。

梅雨明けの空とニイニイゼミの声は少年期の記憶。

麦藁帽子と捕虫網を取って飛び出したものだ。

冷やし中華を食す。

こちらも今年初めて。

今宵は積み上がった書を読み進めるつもり。

(写真 CX1)

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2009年7月10日 (金)

翁丸!

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行きつけの漢方薬局で面白い薬を勧められる。

その名を「翁丸」(おきながん)

和歌山にて300年間、つくり売られ続けた和漢薬で、

胃腸の諸症状、

(下痢、腹痛、吐き下し、膨満感、胃弱、食あたり、二日酔い等々)

に副作用無く、効能ありとのこと。

特に最近は、ストレスによる自律神経失調と消化器不調に対する、

効能が顕著と注目されているらしい。

これは筆者にとっても朗報なので購入することにした。

しかし、それよりも魅かれたのは名前である。

「翁丸」という、何とも中世的な響きが素晴らしい。

もとより中世世界では、製薬業は「道々の輩」であり、

渡来系のルーツをもち、寺社とも深い関係を結び、

諸国を遍歴して世を渡る人々だった。

彼らの崇敬する神仏の中に、

「翁系」があったとしても不思議ではない。

しかも、あの熊野や高野山がある紀州で300有余年。

いや、実はもっと古くて、

軽く中世世界に遡るんじゃないかという説も…

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(写真上 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PBNC400)

(写真下 CX1)

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2009年7月 9日 (木)

キーボード上の「唐船」

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先日の金沢文庫の特別展「中世の港湾都市六浦」を観て以来、

(6/16 投稿 琉球船の謎 参照)

何か「唐船」のイメージを彷彿させるグッズでもと捜していたら、

手頃なミニモデルを見つけたので購入。

@本体¥150 送料¥700 也

実は17世紀初頭の「朱印船」ということなのだけれど、

中世の「唐船」とほぼ変わらない構造と考えられるので、

まぁ、代用することに。

デスクトップの背景を東シナ海に変え、

手前に当時の渡来銭(北宋銭と明銭)を置いてみた。

思ったよりいい感じかな…

(写真 CX1)

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2009年7月 8日 (水)

「ペン」が気になる

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量販店でオリンパスペンE-P1を手に取る。

果たして「マイクロフォーサーズ」のシステムは、

定着し発展するのだろうか。

それとも中途半端な存在として終るのか。

少なくとも筆者には、リコーのコンデジが頑張ってくれているので、

今すぐ必要な場面は想像出来ないが、

すべては今後の商品展開の如何による。

暫く注視していよう。

隣街の商店街に残るカメラ店を初めて覘く。

国産の中古が思いのほか充実している。

「昔のペン」にどうしても目移りしてしまう。

ハイビジョンのヘンリー8世を視る。

考えてみれば、やりたい放題の彼も信長とほぼ同時代人。

(写真 CX1)

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2009年7月 6日 (月)

美のパターン化と踏襲

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姜尚中氏が司会をつとめるようになった「日曜美術館」

毎回、参考になるコメントが多い。

良くなったと思う。

今日、小耳に挟んだ「美のパターン化と踏襲」という言葉。

それこそ「花鳥風月」のことではないか。

その時代の理想とされた美意識を様式化、パターン化して、

これを繰り返し用いていくこと。

つまり、それぞれの時代の「花鳥風月」があるということで、

場合によっては「流行」も、その範疇にはいるわけだ。

もとより、特定の美意識やジャンル(伝統とか前衛とかの)

を指すとは限らないから、下手をすると批判している本人が、

知らぬ間に「花鳥風月」をやらかしていることもあり得る。

別に筆者は、そのことをとやかく言わない。

それも、作家の技量を明らかにする表現の一つだし、

(これだとヘタウマが誤魔化せないからよい)

立派にやってのけたら大したものだからね。

「自由な自己表現」とかで煙に巻くほうが始末に悪い。

(写真 CX1)

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2009年7月 5日 (日)

神保町から三崎町へ

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大気湿気帯びるも雨降らず。

午前中、神保町。

古書店を覘きながら、昼過ぎに三崎町に至る。

アップフィールドギャラリーにて、

ギャラリー企画展 「LAND SITE MOMENT ELEMENT」

“DIVISION-3 越田滋 相馬泰 ~7/14” 

会場で相馬氏と暫し「現代写真論」

久しぶりに良い刺激を受ける。

写真とは、結局のところ撮影者の「まなざし」と「視座」

何をどう視て、

何を視てこなかったのか、に尽きるのだと思う。

表現者は、幸福過ぎると視落しが多くなる。

時には「鬱屈」も必要だ。

夕刻快晴。日没を観る。

(写真 CX1)

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2009年7月 4日 (土)

妄想は甘美で…

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ABCナイトラインにて、マイケル・ジャクソン、かつての、

邸宅兼遊園地「ネバーランド」からのリポートを視る。

がらんとした広い室内が印象的だった。

彼の「若さ」や「子供」に対する並外れた執着が、

このような妄想の現実化という行為に走らせたようだけど、

妄想は、しばしば甘美で、

事実の多くは、不愉快で冷酷なもの。

この世のいたるところ、

妄想へのアクセスポイントを見出すのは易いが、

事実となると、歴史も今も、実に難しい。

(写真 CX1)

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2009年7月 3日 (金)

もうひとつの川中島…

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一昨日に触れた「紀州本・川中島合戦図屏風」のこと。

手頃な論考を見つけたのでAmazonにて発注、本日届く。

「異説 もうひとつの川中島合戦 

               紀州本川中島合戦図屏風の発見」

(高橋修著 洋泉社新書 2007)

早速、読み始めるに、

どうも、甲陽軍鑑の云うところの「通説」と著しく異なる、

川中島合戦を描くこの屏風の背後には、

「歴史の捏造」をめぐる後世の人々の思惑があったようだ。

著者は同屏風の発見と調査に携わった、

戦国合戦図屏風が専門の中世史研究者の方。

期待できそうな内容か。

船橋屋のあんみつを頂く。

これ、最近結構ハマッテいます。感謝…

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(写真 CX1)

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2009年7月 2日 (木)

道々の輩

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胸の振り子さんから聞いた今秋公開の安土城の映画とは、

信長ではなくて、築城を指揮した大工が主役なのだという。

 (個々の木工職人は番匠、その集団の棟梁、指揮者が大工だ。

  現代の感覚では、建築家といってもよいかも)

筆者は原作の小説、つまり近頃の歴史小説には関心が薄く、

読んでみようとも思わないが、

この時代の職人に脚光を当てているのなら、

試みとしては新しく、面白いかもしれない。

中世世界の職人たちは「道々の輩」と呼ばれ、

独自の自治組織を結び、活動的に世を渡っていた。

ともすれば、職人の世界は閉鎖的なものと考えがちだけど、

実態はまったく違っていたのだ。

映画では、どのような考証でその辺を描いていくのだろうか。

中世初期に大陸から渡来した技術者の末裔といわれる、

石工集団「穴太衆」(あのう)も登場するらしいし…

まさに、あの永徳も活躍した上杉本洛中洛外図屏風の世界である。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2009年7月 1日 (水)

討ち取られる勘助

先ほどまで、ブログサービスの不調にて投稿出来ず。

こんなことでも、気持ちを萎えさせるものだ。

昨夕、訃報あり。

セカンドオピニオンの件などで縁のあった方だ。

すい臓がんステージ4だったけど、半年だった。

供花の手配、行きつけの漢方薬局からご霊前を託けられる。

サントリー美術館の「天地人展」の展示替で、

上杉本洛中洛外図屏風の他に思わぬ収穫があった。

近年、和歌山で発見された「紀州本川中島合戦屏風」

(和歌山県立博物館蔵)が出品されていたのだ。

首都圏では初公開ではないのか。

従来、甲陽軍鑑の内容に沿った合戦図が多かったが、

これは上杉側の記録に沿ったもの。

(双方騎馬姿の謙信と信玄が川中で太刀を抜き一騎打ちしている)

その主張のズレが興味深く、話題になった。

江戸初期17C後半の作品なのだが、

実際の川中島合戦から100年しか経っていないから、

あながち、その内容は軽視出来ないだろう。

例によって手持ちのスコープで詳細に観察する。

絵師の腕前もなかなかの部類にはいる。

武田本陣近くで、まさに越後方の武将に、

首を討ち取れようとしている勘助の姿を発見。

粗い画像だけど、参考までに下に掲げる。

勘助は左下方、柵の前にひざまずく。

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(写真 CX1)

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