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2009年7月 1日 (水)

討ち取られる勘助

先ほどまで、ブログサービスの不調にて投稿出来ず。

こんなことでも、気持ちを萎えさせるものだ。

昨夕、訃報あり。

セカンドオピニオンの件などで縁のあった方だ。

すい臓がんステージ4だったけど、半年だった。

供花の手配、行きつけの漢方薬局からご霊前を託けられる。

サントリー美術館の「天地人展」の展示替で、

上杉本洛中洛外図屏風の他に思わぬ収穫があった。

近年、和歌山で発見された「紀州本川中島合戦屏風」

(和歌山県立博物館蔵)が出品されていたのだ。

首都圏では初公開ではないのか。

従来、甲陽軍鑑の内容に沿った合戦図が多かったが、

これは上杉側の記録に沿ったもの。

(双方騎馬姿の謙信と信玄が川中で太刀を抜き一騎打ちしている)

その主張のズレが興味深く、話題になった。

江戸初期17C後半の作品なのだが、

実際の川中島合戦から100年しか経っていないから、

あながち、その内容は軽視出来ないだろう。

例によって手持ちのスコープで詳細に観察する。

絵師の腕前もなかなかの部類にはいる。

武田本陣近くで、まさに越後方の武将に、

首を討ち取れようとしている勘助の姿を発見。

粗い画像だけど、参考までに下に掲げる。

勘助は左下方、柵の前にひざまずく。

B09063002

(写真 CX1)

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