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2009年7月20日 (月)

無意味の意味

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マーク・ロスコ(アメリカ 1903~1970)をめぐる、

日曜美術館の姜尚中氏と高村薫氏の対論は刺激的だった。

現代抽象芸術の極限に臨んだロスコの作品群を前にして、

一切の意味性を捨て去ったその世界に、

強く魅せられると語り合う両氏。

これは現代の全ての表現活動に突きつけられた、

避けて通れない課題のようなものという。

つまり、作家とその表現する世界との関係が、

現代以前の「幸福な調和」

(外界の目に見える形あるすべてものに帰着するという)

を前提にしたものとしては、成立し得なくなっている。

 (20世紀に始まった現代世界は、

 それほど不安と絶望と鬱屈に満ちたものだったから)

そこに存在するのは、

形や色をなさない、ただ「手触り感」だけがあるもので、

ロスコはそれと格闘していたのだと。

高村氏はロスコの作品にインスパイアされて、

意味を持った言葉から、意味性から自由になる表現を紡ごうと、

文学上の挑戦(小説)に取り組み始めたとのこと。

ロスコは晩年、真っ黒に塗り込められた絵を残して自死する。

姜尚中氏はその絵を観て、

自我から解き放たれた自由と不思議な安らぎを感じたと語る。

言葉の巧者である両氏のトークから受けた示唆は大きい。

昼前に上野の東博。「伊勢神宮と神々の美術展」を観る。

暑さでちょっと脱水気味にて疲労。その話題は次回に。

(写真 CX1)

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