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2009年7月23日 (木)

中世の日食予報

B09072201

戻り梅雨というのか、またうっとうしい天気に。

世上の日食騒ぎに、ちょっと史料を調べる。

中世世界の日食の記録。

「吾妻鑑」に22件。うち鎌倉にて目視出来たのは僅かに4件。

残りは悪天候や予報外れによって不見という。

予報というのは、当時使われていた陰暦では、

(唐時代につくられ、平安初期に導入された宣明暦法。

 江戸初期まで使われる)

日食と月食を概ね算出予測することが出来たからである。

(朝廷の陰陽寮が毎年、作成報告する翌年の「具注暦」により、

 日食予定日が予め各方面に知らされていた)

中国流の考えでは、日食は為政者の不徳の致すところ。

また、天変地異の前触れとも考えれていたから、

京や鎌倉では、名のある密教僧に祈祷をさせている。

たとえ、予報外れや悪天であっても、

日食が見えなければ効験があったということで、

褒美が出たし、為政者の徳もとりあえず証明されたらしい。

でも、さすがにある公家は日記に、

「予報はいいかげんで、怪しいものだ」と漏らしている。

やはり、一種の政治ショーになってしまったのだろう。

(写真 CX1)

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