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2009年9月26日 (土)

中世・浅草の景観をイメージする

B09092501

涸沢はかなり紅葉が進んでいるようだ。

例年よりやや早い感じがする。

色づきもいいのでは。

グーグルの地図と衛星写真で浅草の地形をチエックしながら、

いろいろとイメージを膨らませてみる。

古代、中世の浅草は隅田川河口の低湿地だったという。

浅草寺と石浜あたりは内陸水面を抱く、

半島状の砂州ではなかったか。

このような河口付近の内海をもつ海岸線は、

かつての日本列島によく見られたらしく、

中世の湊が多く立地している。

今でも青森の十三湖、十三湊などはその面影をよく残しているし、

六浦も似たような地形だった可能性がある。

(2007 11/30 投稿 閑話休題暫時一服 参照)

(瀬戸神社から釜利谷の泥亀には内海が広がっており、

 称名寺と町屋のあるところは細長い半島状だった)

江戸湾から隅田川を遡って内海に船が出入りし、

半島状の砂州に船着場と町屋が形成される。

それをやや見下ろす高みに朱色の浅草寺の伽藍が聳える。

そんな光景が海上からも望めたに違いない。

(写真 CX1)

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