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2009年9月22日 (火)

余白を埋めるような…

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モノクロフィルムを詰めたCLをも持って浅草へ行く。

何だか余白を埋めるような気分で。

「日本の中世を歩く ―遺跡を訪ね、史料を読む」

(五味文彦著 岩波新書)

(2009 6/18 中世を歩く時に… 参照)

にあった「江戸浦の網にかかった浅草の観音」の頁を、

思い出したからだ。

東京では数少ない中世史スポットの一つが浅草寺である。

2時間弱の探索だったけど、詳しくは明日へ送る。

まぁ、今宵は「おくりびと」を視ることに…

それにしても浅草は大変な混雑。やれやれ。

早田カメラのウィンドウに「ペンEE2」あり。

気持ち動くも、かろうじて思いとどまる。

(写真 CX1)

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コメント

浅草の観音様は高さ5センチあまりで、一説に朝鮮半島から渡来した人のお守りとして持ってこられたものだと聞いた事があります。
どこで聞いたか忘れましたが、朝鮮半島の人々がその程度の大きさの像をお守りとしていた事から、そのように言われるようになったそうです。

投稿: satobo | 2009年9月21日 (月) 23時27分

意外と知られていないのが、浅草寺の歴史です。中世以前の記録が殆どありません。でも、古代に遡るのは確かなようですね。
鎌倉後期から室町期に成立した「浅草寺縁起」によれば、江戸の海で観音像を網にかける檜前の浜成、竹成兄弟の援助者「土師の直某」が渡来系という説がありますから、その辺りから出たのでしょうか。古代の東国は半島系渡来人の入植地でしたから、十分考えられる説です。善光寺の阿弥陀本尊も渡来系の縁起を持っていますしね。
いずれも秘仏です。

投稿: kansuke | 2009年9月22日 (火) 10時56分

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