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2009年9月16日 (水)

暗合

B09091501

大河ドラマ風林火山の再放送を視ていたら、

川越城夜戦で重傷を負った勘助が傷を癒した場所が、

上州安中のとある寺という設定になっていた。

ここで勘助は真田幸隆を、

味方に引き入れることに成功するわけだから、

ドラマでは重要なシーンである。

偶然とはいえ、例の勘助実在説を補強することになった、

「真下家文書」

(7/30投稿 新史料発見  8/5投稿 抹殺された勘助 参照)

が見つかったのも安中なのだ。

ドラマが制作されたのが2007年。

「真下家文書」が安中市の江戸期から薬種業を営む、

旧家土蔵から発見されたは2008年5月。

今春、文書の調査報告が山梨県博紀要に発表され、

6月に地元紙、7月には朝日本紙と記事掲載。

ちょっとした暗合ぶりには、驚かさせるものがある。

ついでながら、川越夜戦(天文15年 1546)は未だ不明な点が多い。

小田原、後北条氏(何と備中、岡山がルーツ)が、

贔屓の歴史ファンはあまり多くないらしいが、

筆者が、戦国期で一番関心を持つ一族だ。

(写真 CX1)

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