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2009年10月 3日 (土)

大規模開発の無い世界

B09100201

政権交代であちこちの大規模開発の行方が怪しくなっている。

社会が今までとは逆の方向を向き出した感がある。

もし、この流れが本当なら、実に400年ぶりのことだ。

つまり、中世が終って以来ということ。

中世世界では権力による大規模開発が行われなかった。

古代は国家的な大規模開発の時代だった。

都の建設、区画整理された村落、太く真っ直ぐな官道…

全てにコストがかかり過ぎ、社会が疲弊した。

しかも、程なく維持出来なくなり、荒廃にまかせるしかなくなった。

それが中世の始まりである。

中央集権的な権力は弱体化してバラバラになり、

いくつもの権威が分立した。

開発も地域の身の丈にあった必要な工事しか行われなくなった。

多くの場合、負担は施設を利用する人々の自前であったり、

臨時の課税(該当地域に関所を設けて通行税をとるなど)や、

勧進聖と呼ばれる宗教者が勧進(寄付)を募ることで賄われた。

中世が「自力救済の時代」といわれる所以だ。

その中世世界の終わりは、

信長、秀吉、家康の豪壮な城郭と城下町の建設に始まる。

江戸開府は大規模な都市開発をともなった。

放棄されていた広大な低湿地や水利困難な荒地は、

水田(新田)に変貌し、

河川は流れを変えさせられ、運河が張り巡らされる。

こういった近世の大規模開発は明治以降、戦後とずっと続く。

だから、今、その向きが変わったとするなら、

中世が終って以来の「歴史的」なことと言えるかもしれないのだ。

(写真 CX1)

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