« 今年も雑司が谷・鬼子母神通りにて | トップページ | 雑司が谷から牛込台へ »

2009年11月25日 (水)

雑司が谷の中世遺跡

B09112402

去年6月の副都心線開通で雑司が谷に行く機会が増えた。

古本市が目的のことが多かったが、界隈を歩くうちに、

やはり、ただならぬ雰囲気を感じるようになった。

例の中世遺跡の気配である。

鬼子母神あたりでは、よく発掘現場を目にしたし、

(これは江戸期の門前町の町屋跡だったけど)

いずれ何かあるなと思っていたところ、昨日、駅構内で、

「雑司が谷遺跡」という中世遺跡を解説した案内版を発見した。

この案内版は、今年になって豊島区が設置したものらしく、

今まで全く気がつかなかった。それによると…

メトロ雑司が谷駅と都電荒川線が交差する一帯で、

中世の道路と地下室状施設の遺構が検出され、

常滑大甕陶器片、板碑片、中国渡来銭が出土した。

道遺構は土を硬くつき固めた「舗装」と側溝が施され、

幅員は2.5~3mとあった。

あの代官山、目切り坂(暗闇坂)以来、あれから、

中世古道の伝承地を南下して、

目黒碑文谷、円融寺釈迦堂、

今度は北上して、当地雑司が谷に至ったわけだ。

しかも、遺跡から南の延長線上には、

目白通りから面影橋に下る「宿坂」があり、

(これは区教によると江戸期由来の呼称と云うけれど、

 もちろん、筆者にはそうは思えない。

 10/31投稿 宿山橋の月を観ばや 参照)

この坂の別称が、またも「くらやみ坂」なのであった。

また、要探索なのはいうまでもない。か…

B09112403

(写真 CX1)

|

« 今年も雑司が谷・鬼子母神通りにて | トップページ | 雑司が谷から牛込台へ »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 今年も雑司が谷・鬼子母神通りにて | トップページ | 雑司が谷から牛込台へ »