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2009年12月21日 (月)

別所坂にて(1)

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別所坂は急坂である。

上がりきる直前、右に直角に折れ、左手に庚申塔を見ながら、

最期の階段を登る。

さて、この坂上にも富士塚があった。

「目黒新富士」という。江戸・文政年間に築かれ、

目切り坂上にあった「目黒元富士」とともに有名で、

(10/31 宿山橋の月を観ばや 参照)

あの広重の名所江戸百景でも描かれている。

1959年まで現存していたらしいが、その後、開発などで失われた。

1991年、マンション建築の際に発掘調査がおこなわれ、

珍しい上下二層構造の胎内洞窟がほぼ完全な状態で見つかった。

発掘された多くの富士信仰関係の遺物の中に、

当時の富士講の信者が寄進した、

極めて保存状態のよい石造の大日如来像があり、

現在、目黒区めぐろ歴史資料館で展示されている。

早速、拝観に行ったのは言うまでもない。

そこでまた、いろいろなことが判明したのだが、

これもまた明日…

(写真 CX2)

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コメント

富士見坂、富士講は調べだしたらキリがないですね。
「別所坂」は目黒にあるのですか。
「別所」らしい地形はありましたか。

投稿: 胸の振り子 | 2009年12月21日 (月) 14時40分

謎は深まりつつあります…
乞うご期待??

投稿: kansuke | 2009年12月21日 (月) 23時14分

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