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2009年12月15日 (火)

宿坂にて(2)

B09121401

B09121402 

宿坂に設置されている豊島区の案内板に、

興味深い記述を見つけた。

江戸中期の記録によると、

室町中期の文明年間、ここには関所があったという。

江戸名所図会でも、坂の途中、絵の右上部に、

「宿坂関旧址」の平場が描かれている。

(昨日投稿の一番上の写真 参照)

関所といえば、江戸期の箱根関所のようなものを思い出すが、

中世の関所は、ちょっと違う役割を果たしていた。

「関銭」(通行税)を徴収する施設なのである。

この関は重要な施設であったらしく、

「関東お留めの関」とも呼ばれていた。

「関東」とは、鎌倉に在った関東公方が、

直接支配した関のことを指すではないかと思われる。

ここに関がおかれていたのは、

すでに、この坂界隈が境界の要地として、

都市的な場の「宿」が発達し、

大いに賑わっていたことの証であると言っていいだろう。

中世世界では、主要な道の要所要所に、

地元勢力が管理する関があり、

水上でも「津銭」(入港税)を取るところが殆どだった。

地域が自前の財政を確立しなければならない「自力救済」の社会、

今風に言えば、地方分権型社会の表れでもある。

(写真 CX1)

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