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2009年12月22日 (火)

別所坂にて(2)

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B09122103

めぐろ歴史資料館は別所坂の最寄りにある。

目黒川を渡り、山手通りを五反田方向に5分程度歩いた、

元区立中の建物の中で、去年の8月に開館したばかりだ。

歴史考古担当の主任学芸員の方から、

(どういうわけか胸の振り子さん似の方でした。失礼しました)

別所坂の「別所」の起源について詳しく伺うことが出来た。

現在、提起されているのは、二つの説らしい。

まず、別所坂は渋谷恵比寿側、標高50mの淀橋台(地)から、

目黒川の流れる谷底に下っているが(上図参照)

かつてここは非常な低湿地で、対岸の目黒本村より、

かなり開発が遅れたから、本村に対する「別所」とのことで、

そのように呼ばれるようになったという説(A説と呼ぶ)

もう一つは、東京都や目黒区も採っている説だが、

目黒の地名が出てくる唯一の中世史料、吾妻鏡を典拠とするもの。

頼朝に従った御家人の中に目黒姓の者が数名おり、

その一人が「目黒の別所の何某」と名乗っているのである。

また、江戸期の資料、新編武蔵風土記稿に地元伝承で、

ここに目黒一族の館址ありと載せているため、

それも補強史料とする、目黒氏館由来説(B説と呼ぶ)

さて、これらの説を学芸員の方と一時間以上にわたって、

批判検討することになった…

(写真 CX2)

(上図は資料館発行「目黒の遺跡」よりCX2の文字モードで撮影)

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歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

船原長生さんが、元寇の時、迎え撃つ幕府軍に参加した先祖の船原三郎から始まる一族の遍歴をたどろうという思いを持っているみたいですよ。
ブログに情報を求める記述が載っていました。

投稿: 胸の振り子 | 2009年12月22日 (火) 12時17分

拝見しました。
とても面白いです…が、
とても大変です…
ちゃんとした歴史学の史料渉猟の手法をとらねばなりませんしね…

投稿: kansuke | 2009年12月22日 (火) 23時08分

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