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2009年12月16日 (水)

宿坂にて(3)

B09121403

B09121404

さて、最後に寄ったのは、この界隈最古刹の法明寺。

有名な鬼子母神堂はこの寺の境内である。

中世の都市的な場に立地する寺院のお約束通り、

ここも日蓮宗で、しかも4つの塔頭を擁する大寺だ。

開山は平安初期、もとは真言宗だったが、

鎌倉期に日蓮宗に改められた経緯は碑文谷・円融寺と似ている。

(10/14~16 投稿 もう一つの暗闇坂④~⑥ 参照)

本堂裏手の墓所に足を踏み入れてみると、

豊島区が立てた案内板に小幡景憲の墓とあった。

武田家旧臣で後に徳川家に仕えた軍学者。

あの甲陽軍鑑の編纂者にて、ここでこの人とは奇遇だ。

(2008 4/15~18 投稿 勘助のイメージ③~⑥ 参照)

しかし、かなり広大な墓域なので、

その場所は特定出来ず。次回を期すことにする。

雑司が谷に墓所が馴染むのは決して偶然とは思えない。

中世世界以来の境界地の記憶が、

いまだに息づいているとしか言い様がない、何かがある。

たしかに、墓石の間から望むサンシャイン60は、

異界を今に覚えるに、十分な光景なのだ。

(写真 CX1)

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