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2010年2月 4日 (木)

一遍上人語録

B10020303

葬儀、墓、著作、教団、そして自分の名前さえも、

遺すことを拒否した一遍に、宗教者としての一つの理想を見る。

「法師のあとは跡なきを跡とす。跡をとどむるとはいかなる事ぞ。

 われ知らず。世間の人のあととは、これ財宝所領なり。

 著相をもて跡とす。故にとがとなる。法師は財宝所領なし。

 著心離る。今、法師が跡とは一切衆生の念仏する処これなり」

…私の痕跡を一切、この世に留めておく必要は無い。

 世の人が遺そうと願うのは財宝であり、土地であろうが、

 これこそが誤りのもとなのだ。私には財宝も土地も全く無いが、

 今、遺すものと云えば、念仏のみである。たとえ何処であっても、

 人々が念仏するところに一遍は共にいるのだ…

                             (一遍上人語録)

筆者の周囲にいる、老後の蓄えやセカンドハウス、

挙句は副業や趣味に精を出す「宗教関係者」に聞かせやりたい。

(写真 CX2)

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