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2010年3月16日 (火)

大イチョウ(2)

B10031501

鎌倉・鶴岡八幡宮の大イチョウに関する古い記録は、

江戸中期・享保17年(1732)の絵図ぐらいのようだ。

石段の左側に大イチョウらしき大木が見える。

創建時から中世の様子は吾妻鏡などの文献から窺うのみで、

後は発掘調査に頼るしかない。

幕末にベアトが撮影しているのも上図の姿で、

右下の大塔の写真を見たことがある。

もし、現存していたら、まず「世界遺産」は固かったであろう。

明治維新の神仏分離、廃仏毀釈で大部分が破壊されたが、

実は、それまでは、ここは「鶴岡八幡宮寺」なのであって、

れっきとした仏教寺院だったのだ。

以後、現在に至る「神社」は全く別物と考えたほうがよい。

因みに、現在のように社殿が山の中腹に設けられたのは、

建久2年(1191)の鎌倉大火による再建以降と云う。

大イチョウの樹齢もその辺りになるのだろうか。

(写真 CX2)

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