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2010年3月27日 (土)

掘跡

B10032601

B10032602

先日、鶴岡八幡宮を訪れたのは、

まず、大イチョウの現状を見るためだったが、

もう一つの目論見は、

享保年間の絵図に描かれた境内の様子を、

実地で探索することにあった。

現在の鎌倉は中世の目に見える痕跡が殆ど残っていない。

しかし、絵図をみると、

八幡宮の境内は意外に残っているようなのだ。

周囲を大きく廻っている水路は堀跡のようであり、

若宮大路へ続いてるのが判るし、今でも確認できる。

発掘調査では、鎌倉期の木組溝枠が検出されて、

幅3m深さ1.5mの規模で、防御施設として役割も想定されている。

ここで思い出したのは、

去年、サントリー美術館の三井寺展で観た三井寺絵図だ。

そこでも、実によく似た景観が展開されていて、

同じ様な水堀が寺域を廻っていた。

三井寺と源氏、鶴岡八幡宮寺が深い関係で結ばれていたことが、

(初代別当は源氏一族で三井寺出身、あの公暁も三井寺で修行)

こんなことからも類推出来るのが面白い。

(写真 CX2) 

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