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2010年3月 1日 (月)

「それでは、この像はいったい誰だろう?」

B10022801

今回の等伯展でも「伝・武田信玄像」はあくまでも、

「武田信玄像」ということで、表示も解説も統一されていた。

この固くなさには驚くばかりである。

筆者は既に述べたように、

歴史家の藤本正行氏の説が至極妥当だと思っているが、

美術史界が、それほどまでに抵抗するのはどういうわけなのか。

それはそうと、本館の常設展示のほうに、

「重文 伝・源頼朝像」が出ていた。

こっちの解説は、うって変わって(半ば開き直った感じも…)

「鎌倉時代以後に流行した武士の俗体形の肖像彫刻の一例。

 鎌倉鶴岡八幡宮に伝来したもので、江戸時代には源頼朝像

 とされていた。最近、神護寺の国宝源頼朝画像が実は足利

 直義の像であるという新説が議論を呼んでいるが、それでは、

 この像は、いったい誰だろう?」

と、言外に従来の説の誤りを認めている。

教科書は、とうに全部直してしまったからね。

「伝・武田信玄像」も、遠からずそうならざるを得ないのは明らかだ。

(写真 CX2)

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