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2010年5月の記事

2010年5月31日 (月)

井戸を汲む母娘

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東博の「平成21年度新収品特集陳列」(~6/13)は、

昨年、新たに購入、寄贈を受けた収蔵品を特別展示するもの。

中世絵画では、男衾三郎絵詞・断簡(鎌倉期 13C)に注目した。

絵巻物をバラバラに切って、掛け軸に仕立てることが、

近世に流行する。本品もそれで、井戸を汲む母娘を描く。

このタイプの中世の井戸は各地で出土している。

ついでながら、上記とは別に、既に東博は、

男衾三郎絵詞の長巻(重文指定)のほうを所蔵するが、

その中に「金髪で鼻の高い山賊」(北方系ではと言うが不明)

が登場するので、研究者の間で話題になっているわけだ。

(筆者も実物は未見。是非確認したい)

(写真 CX2)

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2010年5月29日 (土)

「海民と日本社会」

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書店の平積みで、

「海民と日本社会」(網野善彦著 1998-2009 新人物文庫)

に目が留まり、思わず購入するも、

後で既読じゃないかと、本の森を探索したら、

下層のほうから、同じく網野善彦氏の論考、

「海の領主、海の武士団」(1994 朝日百科日本の歴史別冊)

が出て来た。

このところ、胸の振り子さんと話題にしていた、

「永徳4年2月23日 松浦党一揆契諾状」の全文と写真が、

所収されている。10年以上前に読んだはず。

だから、どっかで見たと感じていたのだ。

本日買った書も、いずれ出て来るであろうなと、

ページを捲りつつ、

もう一つ、忘れていた懸案を思い出してしまった。

めっきり、記憶の衰えを覚らされた一日。

(写真 CX2)

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2010年5月28日 (金)

寒さの夏は…

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大気安定せず。激しい通り雨に遭う。

不順な春に体調を崩す人が多い。

突然、心停止に襲われるも、AEDのお陰で助かった人の話を聞く。

幸運としか言いようもなし。

田植え後のこの低温は、やはり「寒さの夏」の予感か。

………………

「新版 雑兵たちの戦場」(藤木久志著 朝日選書)を読んでいて、

思い当たったことに、初秋の里に咲き乱れる彼岸花があった。

球根が飢饉食になったと云うけれど、有毒植物だ。

そこから、中世の農村風景が過ぎる。

非常に手間のかかる毒抜きが必要なのは、

攻め入ってくる軍勢の「乱取り」(略奪)を避ける、

人々の知恵ではなかったかと。

在所の周りに植えた有用植物も有毒のものが多いようだ。

さじ加減で薬にもなり、暗殺に使える毒薬にもなる。

これは秘伝として、子孫に伝えられたに違いない。

柿だって、生では食えない渋柿だ。

普段は柿渋を取って市で売り、実は干柿にして保存する。

この本は、実にいろいろとイメージを広げてくれる。

(写真 CX2)

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2010年5月26日 (水)

日々の写真 5/25

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夕刻より風。悪天の気配あり。

灰色の腹を見せながら、軍用ヘリ二機、

北西方向へ、轟音と共に飛び去る。

……………

胸の振り子さんのブログ、館浦/生月島25の写真が印象的だ。

坂道の向こうに巨像が覗く光景、何故か心を揺さぶるのだ。

どっかで観たなと、想いつつ、

「大船の観音さん」とも、ちょっと違うし…

(写真 CX2)

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2010年5月25日 (火)

「中世民衆の世界」

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最近の読書の中で、いろいろと思い当たることや、

ヒントが多かったのが、

「新版 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り」

(朝日選書 1995-2005 藤木久志著)だった。

そのため、あちこち調べたり、確認したりすることがあって、

読了に少し時間がかったけど、得るものは大きかったと思う。

その最終章から…

…凶作と飢饉の続く中世日本の死の戦争は、

 「食うための戦争」という性格を秘めていた。

 その意味で戦場は大きな稼ぎの場であり、

 生命維持装置であった…中略…

…だがその底で、稼ぎ場の戦場を閉ざした、

 十六世紀末~十七世紀初めの日本社会は、

 アジア諸国の戦場と国内の新たな都市へ、

 金銀山へ、さらに全国の巨大開発へと、

 奔流のような人々の流動を引き起こしつつ、 

 「徳川の平和」「日本の鎖国」へと向かおうとしていた…

本日、藤木氏の新著、

「中世民衆の世界 ―村の生活と掟」(岩波新書)を購入する。

(写真 CX2)

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2010年5月23日 (日)

清澄にて

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午前中早く、錦糸町にて所用の後、

駅ビルのヒカリカマラじゃなかった(アラキーづいておるな)カメラで、

或る人が探していたニコンのコンデジ、

(去年の型だけど新同で破格値)を発見し、その場で℡して抑える。

(夕刻、無事購入出来た由。よかった)

正午過ぎ、清澄白河で下車し、タカ・イシイギャラリーの、

「荒木経惟 古希ノ写真」(5/8~6/5 日月祝休)を観る。

確か、3月の朝日社会面に荒木氏の愛猫チロの、

死亡記事が出ていたと記憶する。猫のそれは極めて異例、でも、

(写真家と猫の、妙な親和性も気になって)

写真展があれば、是非観たいと思っていた。

アサカメ今月号の口絵とインタビューにもあったが、

氏の語る写真論には、ハッとさせられることが多いのだ。

戻って昼食をとりながら、PCを開くと胸の振り子さんからメールあり。

神田三崎町の写真展を観がてら、近くに来られているようなので、

最寄りのスタバにて歓談。長崎・生月島探索秘話?や、

直近の諸々の話題などで、2時間ほど盛り上がる。

(写真 CX2)

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2010年5月21日 (金)

日々の写真 5/20

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湿潤、既に梅雨の風情だ。

この時候になると、

5月19日桶狭間の戦い(永禄3 1560)

5月21日長篠の戦い(天正3 1575)

6月2日本能寺の変(天正10 1582)

と戦国史関係のイベントが続き、

いろいろと、想い廻らすことが多くなる。

(写真 CX2)

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2010年5月19日 (水)

ベアトの「日本の占い師」

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都写美の二つの写真展を観る。

「侍と私 ポートレイトが語る初期写真」

「古屋誠一 メモワール 愛の復讐、共に離れて…」

前者は幕末維新期に撮られた、侍を中心とした人々の肖像写真と、

同時代の欧米の作品を比較しながら、肖像の持つ意味を、

掘り下げていくという展示だけど、どうしても、

被写体のほうに関心が向いてしまった。

特に、ベアトの撮った「日本の占い師」に釘付けになる。

恐らく「声聞師」(しょうもんじ)「呪師」(のろんじ)と呼ばれた、

遍歴する最下層の陰陽師だと思う。

蓬髪、大きな独特の笠を被り、

ボロボロの衣、杖、首から提げた箱を持つ。

もとより演じているのではなく、街道を歩いていたのを、

そのまま連れてきて、写真に撮った感じだ。

幕末期は、中世世界がまだしっかりと息づいていたのだ。

外国人のベアトだから、眼差しを向け得た被写体だったともいえる。

他に、幕府の第二回遣欧使節の一行を、

ナポレオン三世の命で、パリでナダールが撮った、

ポートレイトが素晴らしい。

高位の武士の姿もいいが、随行した日本女性たちの、

(武士たちの身の回りの世話をしていたのだろうか。

 こんなことがあったとは知らなかった)

表情が非常に印象的だった。

以上、上記二つの作品を観られただけで価値あり。

後者の写真展のほうは、アラキーの作品群など、

事前の先入観や展示解説文が邪魔して、

あまり率直に鑑賞出来なかったのが残念。

(写真 CX2)

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2010年5月18日 (火)

恵比寿から別所坂へ

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恵比寿の都写美を出て、山手線の線路を渡り、尾根を少し下ると、

古道はすぐに見つかった。道標と石仏、古木が目印である。

別所坂上の、紫陽花の蕾はまだ小さい。

……………

昨日投稿の長篠合戦図、武田勝頼の姿に思い出したこと。

彼の本陣に「孫子の旗」が無かった。

武田家総領の印である「風林火山」の「孫子の旗」は、

勝頼には許されず、ただ信玄所用の「諏訪法性の兜」

のみ受け継いだと甲陽軍鑑にあるが、それを暗示している。

勝頼は武田家を継いだといっても、中継ぎに過ぎなかったらしい。

武田の嫡孫が受け継ぐ「信」という字は名乗れないし、

 (彼は既に母親の実家を継ぎ、諏訪四郎勝頼と名乗っている。

  信玄の遺言で、孫の信勝が嫡子になることが決まっていた。

  そういったゴタゴタで武田家は内紛状態だったと云う)

信長に邪魔されて、任官も出来ず無位無官のままっだ。

京都・建仁寺にある別の長篠合戦図では、

大事な「諏訪法性の兜」まで打ち捨てて、

敗走する勝頼を描いているとのことだが、

(未見、これも甲陽軍鑑に記述あり)

つくづく、どこまも気の毒な男だったと思う。

(写真 CX2)

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2010年5月17日 (月)

長篠合戦図

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都写美の「ポートレイトが語る初期写真 侍と私」

「古屋誠一 メモワール 愛と復讐、共に離れて…」を観に恵比寿へ。

帰りは恵比寿から、例の「別所坂」へ抜ける古道をみつけ、

中目黒まで歩行する(都写美の写真展は後ほど)

夕刻、名古屋物産展に併設の「名古屋城とその歴史展」にて、

複製ながら、有名な徳川美術館の長篠合戦図屏風の中に、

武田家重臣、山県三郎兵衛昌景、討ち死にの場面と、

総大将、武田勝頼の姿を認める。

山県三郎兵衛が気になったのは、胸の振り子さんが、

連休中、長崎・生月島で発見した、武田三将図の影響だ。

その絵には、信玄と山本勘助、山県三郎兵衛が描かれていた。

生月島で捕鯨を営んでいた益富家に伝わったもので、

同家は平戸藩士・山縣家の親戚にあたり、

山県三郎兵衛の末裔と称しているらしい。

実証はされていないが、考慮してもよい伝承だと思う。

山県氏は美濃源氏・土岐氏の支流、

家紋は、長篠合戦図(上図左)の旗指物をみると「桔梗」のようだ。

尤も、討ち取られた三郎兵衛は、

「松笠菱」文様の直垂を身に着けていて、

生月島の三将図でも、同様な直垂を着ていた。

「松笠菱」は武田一族と有力な家臣に使われたと云うから、

山県氏もそうなのだろうか。

(写真 CX2)

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2010年5月16日 (日)

日々の写真 5/15

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行きつけのヘアサロンでツイッターの利用価値で話題。

顧客へのリアルタイムな告知版として使えば、

DMより、はるかに効果が期待出来、しかも費用がかからない。

どうでもよいとは言わないが、ボヤキや寝言だけではもったいない。

昼過ぎ、かねて案内を頂いていた写真展、

「アップフィールドギャラリー企画展・ながめる まなざす」

を観に、神田・三崎町へ。

夕刻、名古屋物産展にて、「鬼まんじゅう」をもとめる列に並ぶ。

前後左右、女性ばかり、そうか「芋栗南京」であったのだな。

今宵は「新平家物語・総集編・後編 1972)を鑑賞しようか。

(写真 CX2)

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2010年5月15日 (土)

猛き者

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昼間に撮った70カット以上の画像データーをカメラの誤操作で消失。

今までこんな失態はなかったので、ちょっとがっくり。

気を取り直して、

レンタルしてきた「新平家物語」(総集編前編 1972)を鑑賞する。

やはり、猛き者の清盛(仲代達矢)

宇治の悪左府、藤原頼長(成田三樹夫)

信西入道(小沢栄太郎)の存在感は見ものだ。

今じゃ、これほどの適役を見つけるのは難しいとつくづく思う。

…………

夕刊に佐藤慶氏を追悼する三谷幸喜の連載エッセイー。

先週も、井上ひさし氏のことを書いていたが、

この人の文章は読んでいて不快感がある。

人気劇作家らしいけど、もとより、

井上ひさし氏の足もとに及ばないのは明らかであって、

饒舌にも、自分でもそう書きながら、

暗にそうでないと言いたげなのが、ますます不快である。

井上ひさし氏の戯作の、笑いの根本にある、

この国の社会の有り様に対する、

深い深い洞察、震えるような怒りと慟哭、

そして、市井の人々へ温かい共感のようなものが、

この人には全然無いんですよ。

すぐに飽きる、底の浅い、

乾いた笑いだけでね(しかも、どっかで視た感じの)

それと、井上氏の訃報を、

自分の飼い猫のそれと同列に書く神経も。

なんでも、人間以上に大切な存在なんだそうだ。

(写真 CX2)

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2010年5月14日 (金)

はろうきていの武将シリーズ

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旅先で重宝する土産物に、

「はろうきてい」のご当地シリーズグッズがある。

大概は喜ばれるので、もとめることが多かった。

百貨店の名古屋物産展で、

ランチに豊川の稲荷寿司@¥680也 を買ったついでに、

名古屋グッズの中に「はろうきてい」を見つける。

愛知三英傑…信長・秀吉・家康に因んで、

「はろうきていの武将シリーズ 信長・秀吉・家康」だ。

@¥525也 

言うまでもなく、三者ともご当地出身ということになっているが、

前にも触れたとおり、秀吉だけは、

彼の妻の出身地の縁が知られるのみで、怪しげである。

筆者は、近江あたりが臭いと睨んでいるのだが。

…………

快晴となるも、寒波来たりて秋日の如くなり。

やはり、飢饉の年の様相を呈してきた。

(写真 CX2)

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2010年5月13日 (木)

気になった記事

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連休の間に、いろいろ読み散らかした中で、

いくつか気になったものを。

まず、日本カメラ5月号の、

「飯沢耕太郎の歩く写真評論家 №11」

「木村伊兵衛賞はこれでいいのか?」

やっと出てきた感のある、同賞への批判か。

審査委員の固定化と受賞作品の特定ジャンルへの偏り、

 (写真的な手法をとった、ビジュアル、

  コンテンポラリーアート系の作品が目立つ。

  それらは、あくまでも「写真的」なのであって、

  写真そのものからは乖離していく傾向が顕著だと思う

  表現としては、どんなものでも結構なんだけど、

  別に写真でなくてもいい。

  それとも、写真にしてしまったほうが、賞が取り易いのか?)

審査過程の不透明さ、全てその通りだろう。

尤も、斯界に「覆いかぶさる閉塞感と絶望感」とまで云いながら、

遠まわしに、同賞への期待を仄めかすのはね。

そもそも、毎年の受賞作品が圧倒的に素晴らしいのなら、

何の問題は無いはずなのだ。

(写真 CX2)

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2010年5月12日 (水)

タイムスリップするスポット

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映画「BALLAD 名もなき恋のうた」に出てくるような、

いかにも、中世世界へタイムスリップしそうなスポットというのは、

気をつけていれば、結構見つかるものだ。

上の写真は鎌倉市内にて。

ここは周囲の山々を含めて、今でも正体不明の構造物が多い。

筆者が幼少期を過ごした横浜・金沢も山続きだったから、

思い起こしてみれば、妙なものがいっぱいあった。

やたらと古い巨木、道端の道祖神、石仏、石塔、

谷戸の泉、やぐら、峠の平場、尾根の堀切、切通しと…

この映画は、失われつつある、こういったもの対する、

大人のオマージュでもあったわけだ。

…………

TUTAYAにて「新平家物語」(総集編2巻)が戻ってきたのを、

すぐにレンタルする。これから、ちょいちょいと鑑賞するか。

(写真 ライツミノルタCL Mロッコール40㍉F2 PR400)

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2010年5月11日 (火)

天正2年の世界

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昨年9月に公開された「BALLAD 名のなき恋のうた」は、

戦国期の合戦シーンを今までになく、

リアルに再現したことで話題になった映画だ。

子供向けのアニメを原作にしながら、

大人の鑑賞にも耐えられる内容になっている。

首都圏近郊の、とある街に住む一家が、

天正2年の北関東?の小領主の山城に、

迷い込むストーリーなのだが、

住宅地の一角に忘れられたように残る、古木、道祖神、城跡が、

実は、中世世界へ繋がるタイムトンネルになっているという、

プロットは結構、抱いてしまいそうな妄想なのだ。

(実際、そんなスポットが存在する)

天正2年とは、その前年、信長が足利義昭を追放し、

翌年は長篠の戦いと、まだ中世末期といってよい世界である。

現代言語は、室町後期の言葉が基になっているから、

ひよっとしたら、交流も不可能でないかもしれぬ。

土と木の城=中世山城も、かなり正確に再現した。

(障子堀と呼ばれる、畝道で仕切った関東の地域性が強い、

 空堀まで造っているのは評価しよう)

話題の合戦シーンは騎馬が少なく(城攻めではあったが)

徒歩の足軽部隊が中心と、実態に近い。

武器も、長槍(突くのではなく、叩き合う使用法)

弓、飛礫、焙烙玉、鉄砲とよく再現している。

一方の問題点は、まず、武士の服装が、

江戸期の何処かの貧乏藩士のようなのが頂けない。

(その辺は同時代の洛中洛外図などを見ればわかるはず)

ストーリーが凡庸だったのは仕方がないとして、

(ヒロインの姫の、湖畔で手を合わせている姿が、

 全編を通じて、シンボリックなシーンになっているのに)

この時代の人々の、生きていくよりどころだった、

「信仰」を描き切れていなかったのが残念だといえる。

(写真 CX2)

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2010年5月10日 (月)

太閤記・第42回 本能寺(1965 10/17)

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「太閤記 第42回 本能寺」(1965 10/17)を観る。

殆ど初見と同じだが、全体的に淡々と描いているのに驚く。

芝居がかっている場面は少なく、概ね史料に沿っているようだ。

(この後の大河はドラマスティック過ぎなのかも)

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桂川を渡った光秀(佐藤慶)は「敵は本能寺にあり」と叫ぶ。

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異変に気付く信長(高橋幸治)

門外で喧嘩騒ぎがあったのかと思い、様子を探らせる。

顔を洗っているところを明智勢に射られる。

これはルイス・フロイスなどの文献にあるとおり。

ただ「是非に及ばす」というセリフはない。

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このシーンのみ、筆者の記憶にあり。

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戦果に聞き入る光秀。

備中・高松の陣中、

何も知る由もない秀吉(緒形拳)の笑顔で第42回は終る。

天正10年6月2日(1582) 今年のその日も、もうすぐか。

…………

“BALLAD”「名もなき恋のうた」をレンタルしてきてしまった。

こっちもこれから鑑賞、感想は明日にでも。

(写真 CX2)

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2010年5月 9日 (日)

日々の写真 5/8

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天候回復。一年で一番いい季節が廻ってきている。

カメラを持って飛び出したくなるのが人情だが、

この街では、どうしても無粋になってしまう。

もうちょっと、さりげなくやれないものか。

まぁ、それが出来るには相当な修行が必要である。

修行といえば、さっきまでBSハイビジョンで、大分・国東半島の、

六郷満山「峯入」を追ったドキュメンタリーをやっていた。

ここは、現在、最も中世景観が保存されているといわれる、

宇佐八幡宮の荘園、田染(たしぶの)荘があり、

天台宗の諸寺と宇佐八幡の神仏習合の世界も窺える、

外せない「中世史スポット」だ。

視入っているところに、昨夜Amazonで発注した、

「NHK想い出倶楽部Ⅱ~黎明期の大河ドラマ編~③太閤記」届く。

早速、これから鑑賞したいので、ご容赦を。

(写真 CX2)

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2010年5月 8日 (土)

日々の写真 5/7

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初期の大河ドラマの映像は殆ど現存していないらしい。

それでも、「太閤記」(1965)の映像は、

「NHK想い出倶楽部Ⅱ~黎明期の大河ドラマ編~③太閤記」

というDVDに収録されていることが判った。

Amazonで発注するに、@¥3800也

出費だけど、どうしても視たくなったのでやむなし。

最寄りのTUTAYAにもチェックしに行く。

大河のコーナーはかなりのスペースを占めていたが、

やはり、初期の作品は極めて少ない。

そんな中で見つけたのが「新平家物語」(1972)2巻総集編。

このくらいだったら、記憶も残っている。

仲代達矢の清盛が良かったし、

(今までで、一番イメージに近い清盛だったと思う。

 あのぎょろ目が、六波羅蜜寺の伝清盛像を彷彿とさせた。

 でも、最近の風林火山の信虎はお疲れさんだ)

成田三樹夫が「宇治の悪左府」藤原頼長で、

小沢栄太郎が信西入道と、凄いキャスティングだったなと、

感慨に耽りつつ、手を伸ばしたら貸し出し中だった。

仕方ない。まぁ、待つとするか…

(写真 CX2)

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2010年5月 7日 (金)

「悪役」に理あり

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俳優・佐藤慶氏死去の報。

風林火山では、

謙信の師で高野山無量光院の僧、清胤を好演していた。

大河でも「悪役」が多かったけど、欠かせない存在だった。

(この人が出ないと、どうしてもドラマの納まりがつかないくらいに)

彼は、必ず理(ことわり)を感じさせる「悪役」を演じていたと思う。

歴史の中に生きた、その人物が、

そう行動せざるを得なかったのだと、

深く頷かせるほどの「理」である。

だから、迫力があり、時にシンパシーさえ抱かせた。

筆者には断片的な記憶しか残っていないが、

父親が好きだった大河に「太閤記」(1965)がある。

緒形拳の秀吉、高橋幸治の信長、佐藤慶の光秀は、

後々まで父親との語り草だったが、今、考えてみると、

これ以上は望めないキャスティングである。

もう一度、観たいが、「本能寺」の巻しか現存していないと云う。

TUTAYAあたりに収録したのがありはしないか、探してみよう。

そうそう、ツイッターで振り子さんが(子供心にも?)

佐藤慶、成田三樹夫、戸浦六宏が、

「本当に怖い人かと思った」と書いている。

全く同感です。筆者もそうでした。

(写真 CX2)

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2010年5月 6日 (木)

展覧会二つ

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ツバメの飛翔を見る。

虫も飛び出すだろうから、そろそろ蚊取りを用意しよう。

…………

昨日の東博「新指定国宝・重文特集陳列」

今年の国宝指定は伊能忠敬関係資料と、

天平期の越中射水郡鳴戸村墾田図の二点。

印象に残ったのは、重文指定の、

山口・赤間関・高洲家伝来の、室町末期に日明貿易で使用した、

貿易船旗(麻布製、高洲家の家紋と明側の約定墨書あり)と、

八瀬童子関係資料(特権を認められた薄墨紙の綸旨)

以上全て、古文書・歴史資料部門からだった。

これは最近の傾向と思われる。

…………

今日は六本木AXISギャラリーの、

「ゼラチンシルバーセッション写真展」を観る。

有名作家と、いくつか興味ある人の出品あるも、

何故か全体的にエキサイトするもの少なし。

銀塩フィルムだからというだけでは、もう通用しないだろう。

大したことのない作家が最期に逃げ込む「砦」になってはしないか。

写真という表現活動が、

写真で始まり、写真で終るのでは当たり前過ぎる。

作品上で、写真以前の、表現者自身の人間の内容、

(思想、価値観、美意識…諸々すべて)が露わにされ、

それが問われているような気がしてきた。

(写真 CX2)

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2010年5月 5日 (水)

日々の写真 5/4

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連休もやっと終わりに近づき、夏日となる。

半島某国のトップが中国訪問とのニュースを聞いて、

思い出したのは中世の「飢える春」のことだ。

いろいろと政治的、外交的な憶測がなされているようだけど、

ちょうど、収穫の端境期なのである。

まず、食糧問題ではないのか。

親切にも、朝刊で今までの中国訪問時期を列挙してくれている。

それをみると、2000年以降、計4回のうち、

一月が2回、四月1回、五月1回である。

やはり、食糧の無心を疑っていいと思う。

かの国を、一般的な現代国家と考えるよりも、

日本の中世末期の戦国大名と同様に捉えたほうが、

(軍事優先体制、指導者の世襲、人取り=拉致と…)

腑に落ちることが多いのに驚かされる。

まぁ、これを日本も含めた東アジア全体の「後進性」の問題と、

括ってしまえばそれまでなのだが。

………………

東博で今週いっぱいやっている、

恒例の新指定国宝・重文特集陳列を観にいく。

とりあえず、感想は後ほどということで、ご容赦。

(写真 CX2)

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2010年5月 4日 (火)

家康という男

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「特別展 江戸を開いた天下人 徳川家康の遺愛品」

(4/14~6/20 三井記念美術館)

静かに落ち着いて観られる展覧会だ。

実を言えば、先週末の東博の「細川家」

「歴女」が多くて、少々、煩かったのだ。

これが、家康という男の、

不人気によるのだとしたら、ちょっと困りものであるな。

(毎度、大河に出てくるのが、ヘラヘラの狸ジジイのままじゃね)

今回の展示は、約6割を重文が占める。いずれも優品だが、

彼が日頃、座右に置いて使っていたものが殆どなので、

文字通り「等身大」の家康が実感出来るだろう。

こうして、全てが残っているのが「勝者」の強味であり、

「戦国人」の実像とはこうなのだと、

圧倒的に訴えかけてくるものがある。

高価な茶器の名物も、

権力者の表の貌に過ぎないのがよく解かる。

やはり、普段使いの地味な青磁碗、

黒ずくめの実用本位の甲冑、

(実際に関ヶ原で着用したもの。筆者の好きな甲冑の一つだ)

体臭の染み込んだような浴衣、

使い込んだ芭蕉の柿渋塗り団扇、笠、杖のほうに、

どうしても、魅かれてしまうのだ。

さらに、「趣味」の漢方薬作りの道具類、老眼鏡、鉛筆、

コンパスやスペイン国王から贈られた洋時計などを観ると、

展示解説にあったけど、

今なら、「家康は理科系人間」と云う話にも頷けた。

それと、大坂歴博の「重文・津軽本関ヶ原合戦図屏風」が、

左隻のみながら出品されており、こちらも一見の価値がある。

(写真 CX2)

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2010年5月 3日 (月)

「他力本願」ストラップ

B10050202

日本橋にて二つの展覧会を観る。

「特別展 江戸を開いた天下人 徳川家康の遺愛品」

(4/14~6/20 三井記念美術館)

「親鸞聖人750回忌記念企画 親鸞展」

(4/28~5/10 三越本店新館ギャラリー)

言うまでもなく、前者がメインなのであって、

後者は、ついでがてらである(カードで無料入場)

三井美術館は見ごたえがあったので、

あらためて、明日触れることにする。

「親鸞展」は主催が浄土真宗でないためか、

みるべき史料展示が少なく、パネルと映像によって、

親鸞の一生をイメージ構成したのみで、一見の価値は無い。

ただ、「門徒さん」は大勢入場しているようで、

現代作家の造った親鸞坐像の前で、

手を合わせる年配の女性もいたほどだった。

面白かったのはグッズコーナーのほうか。

まず、これはいい記念になると思って購入したのが、

「他力本願」ストラップだ。@\714也

同様の「悪人正機」ストラップもあるが、そちらは遠慮した。

それより、今回の目玉商品は、

海洋堂謹製「親鸞坐像フィギュア」@\3150也 らしい。

目の前で、5個まとめ買いする青年あり。

スタッフに聞くと、購入層は老若満遍なくということだが、

地方の浄土真宗のお寺さんが、

檀家さんのために大量購入することもあった由。

去年の東博・興福寺展で阿修羅像フィギュアが完売したのと、

似たような現象なのであろうか。

いずれせよ、奇特なことではある。

さすがに筆者には買えなかったけど(笑)

そういえば、「親鸞さん」も中世人なのだな。

(写真 CX2)

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2010年5月 2日 (日)

中世の銭湯

B10050102

何日か前の朝刊に、信長の京屋敷跡から、

中世の風呂が発掘されたとあった。

早速、手元の史料を当たって、

上杉本・洛中洛外図屏風の「ふろ」の場面を確認する。

戦国期の京都にはこのような銭湯が十数軒あったという。

中世の風呂とは、現在のサウナに近いものだ。

(湯屋というのもあって、こっちは湯船に浸かるタイプだった)

鉄釜で湯を沸かし、蒸気を部屋に導いて身体を蒸す。

場面右上に、にじり口のような出入口があり、

ちょうど、その部屋から上がろうとする人がみえる。

手前では、上がってきた人々が身体を流し、

洗髪?をしてくれる「湯女」(髪を束ね白衣で襷掛け)がいる。

左側の待合室に置かれた白い包み(風呂敷)は、

入浴者の衣服らしい。

扇をあおぎながら、さっぱりした様子で銭湯から出てくる人も…

日本人の風呂好きは、

当時の宣教師の書簡でも特筆されているようで、

(中世起源の)今に続く習俗と言えそうだ。

(写真 CX2)

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