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2010年6月15日 (火)

中世の品川津(1)

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品川区立・品川歴史館を訪ねたのは、

中世の品川津の史料と現地探索の手掛かりを得るためだ。

まぁ、予想より、かなりの手応えがあった。

去年、目黒・別所坂界隈を探索した際に、

目黒川の水運を調べ、河口の品川津の存在が気になった。

また、六浦津に臨む金沢・称名寺の金沢文庫では、

14世紀に品川津に入港した30艘の船の船名と船籍を列挙した、

「湊船帳」という文書の実物を見ている。

そして、一遍聖絵の記述から、中世の浅草・石浜も気になり、

そこから、六浦津→神奈川津→品川津→浅草・石浜と云う、

中世の航路が浮かび上がったからだ。

実は、京急・立会川から歴史館の道を15分ほど歩いただけで、

かなりの気配を感じた。

海辺に近い、近世の東海道から、

JRの線路を越えて、目黒台の南端にあたる坂を上ると、

軽く17世紀初頭に遡る石塔群、寺社や古木が目につくようになる。

ひょっとしたら、品川区は東京23区でも、

屈指の中世史スポットじゃないかと思うようになったのだ。

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(写真 CX3)

(一番下の写真は17世紀、明暦年間の品川宿の様子)

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コメント

品川湊、江戸湊、浅草湊。興味深いです。
江戸前島自体が鎌倉の円覚寺の寺領だったはずです。
御殿山に大田道灌の居館があったという説も。
北品川の船溜まりの鍵の手の湾曲も、旧目黒川の蛇行の痕跡ですよね。
以前このあたりから、立会川、鮫洲、さらに六郷土手、雑色などいろいろ探索したことがあります。

投稿: 胸の振り子 | 2010年6月15日 (火) 10時47分

全て、ご明察です。
御殿山は大分再開発されてしまいましたが、京急や東海道線から見ていて、ずっと(30年来も)気になっていたのですよ。上行寺東とまったく同じだと…鋭意準備を整え、近く探索を決行いたします。何かアドバイスがありましたら、よろしくお願いしますね。

投稿: kansuke | 2010年6月16日 (水) 00時43分

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