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2010年6月10日 (木)

鎌倉時代に金髪の山賊?(1)

B10060901

B10060902

男衾三郎絵詞から、

山賊と武士たちの凄まじい戦闘シーン。

上図、右上の太刀を担いだ男(下図はその部分)だが、

甲冑、武具は他の武士と同じにもかかわらず、

見慣れぬ三角帽子をかぶり、長い金髪をなびかせる。

高い鼻、ぎょろ目、しゃくれた顎、妙に長い手指の爪、

異類異形の輩、なるほどヨーロッパ系に見える。

この絵巻の成立は、鎌倉後期13世紀頃と云う。

考えてみれば、元朝の中枢部に入り込んだ、

ヴェネツィアの商人、マルコポーロは同時代の人だ。

大陸と日本列島の行き来も、

非常に活発であったことは言うまでもないし、

元寇で使われた新兵器だって、

中東で十字軍相手(これもほぼ同時代)に、

飛び交ったものと同じじゃないかと…

中世世界を甘く見ちゃいけない。

(写真 CX3)

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歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

この男シッポがありませんか。
とするとお稲荷さんの化身という解釈は成り立ちませんか?

投稿: 振り子 | 2010年6月10日 (木) 20時25分

さあ、どうでしょうか。
尻尾のようなものは確認出来ませんが…
この絵巻は素朴で、つたない描写もあるのですが、手抜きはなく、力強さがあります。登場人物の表情や、細部の描き分けがしっかりしてるので、絵師の伝えようとする気持ちの強さも感じられ、魅力的です。中世人は絵画に無意味なものを書き込むことはしないのです。他に類例がないからと言って(大体、中世の絵画資料自体が稀少なのですから)軽んじられないと思うのです。何らかの意味で、明らかにこの男は「異人」でしょう。

投稿: kansuke | 2010年6月10日 (木) 23時56分

お久しぶりです。

私は、毛皮の帽子と見ました。
猟師や山の民の表象として…。

尾とされてるのは、多分、帯みたいな
土星の輪のような黄色のモノでしょうか?
(弦巻にしては変な場所ですし…帯?)

『鎧をまとう人びと』という本では、
武家故実に則っていない武具の
描き方であるとされていたので、
本絵巻を女子供の為の絵巻なのでは?
という指摘があったと思います(曖昧)
前見た図録の解説では
伊勢で作られた絵巻と云う指摘も
ありました。
そういう先学の指摘を考えると…
何故この場面に異人(西洋人)を描く必要があったのか、という視点・言及も必要かと思います。

広い意味での異人として
山の民、猟師説のが妥当かなぁとも。
他に類例・文献なしでの思いつきですが…
―類例を出したり
文献等の諸史料があっての、
黒田日出男氏が提唱した
科学としての絵画史料論(学)であるとも
思います。

投稿: 八束文言 | 2010年6月11日 (金) 02時13分

お稲荷さんは冗談です。
小生がシッポと言っているのは、腰まわりの土星の輪様な帯じゃなくて、馬を槍で突いている髭の男の顔の裏側に、鼻先から後頭部へ続く箒のようなものです。
毛先を示すような描写があり、鼻高の男の尻から繋がっているように見えます。
色も額にかかる毛と同色の黄色です。
容貌は異族異類系で、帽子はわが邦では見慣れない三角帽ですね。
額にかかる毛は、前髪かもしれませんし、毛皮帽の縁のファーのようにも見えます。
いわゆる蒙古帽とも違います。
後ろ髪は、チョートクさんのように、ポニーテイルにしているのでしょうか。
すると前髪も地毛なのでしょうか。
何故この絵巻に、異族異類が登場する必然性があるのか謎ですね。
興味深いです。

投稿: 振り子 | 2010年6月11日 (金) 19時11分

八束様
傍証を求めるのはもとより正道です。
でも、現状、中世はあまりにも、現存の文書・絵画史料ともに少なすぎる。傍証不可だからといって、個々の興味深い事象を簡単に捨て去るには尚躊躇するものがあるわけです。今後の研究や発掘の進展如何によっては大事なものが隠れている可能性もありますからね。
「鎧をまとう人々」の藤木氏の男衾三郎絵詞に対する説はまずは穏当でしょう。甲冑の描写の誤りは甚だしいけど、武家の館や習俗の描写には見るべきものがあります。
この「金髪の山賊」をヨーロッパ系とみるのはさておき、そういったことが当時の日本列島で起きる条件はあったということを指摘しておきましょう。東アジア全体の交渉史という視点です。
ロシア沿海州の渤海国遺跡の発掘が進んでいます。古代、中世の日本の遺物がでているそうですよ。
八束さんの山民説も当然、考えてよいですね。
それと、土星の輪のようなものは、布に包んで上下を縛って中に食糧や身の回りの物を入れ、身体に回し掛け、背負う習俗だと思います(縛り口が太刀の鞘の下に見えます)戦国期の雑兵の姿にそういうのがありました。江戸時代の旅人にも、そんな格好している人がいたでしょう?

投稿: kansuke | 2010年6月12日 (土) 01時33分

振り子さん。
ひる巻の薙刀で馬の腹を突いている男の頭の後ろに突き出ているのは、隣の「金髪の山賊」が佩いている大太刀(彼の体格も幾分大きく見えますが、この太刀も通常のものより長い大太刀に見えます)の鞘を覆う毛皮製のカバー「尻鞘」(しりさや)でしょう。これは確実だと思います。この二人は共同して、前の馬上の武士を追いかけて、やつけようとしているところでしょうか。
三角帽子の毛は地毛か縁取り毛皮か、はっきり言って不明です。でも、多くの研究者が地毛の金髪と解釈しているようです。たしかにチョートクさんのように束ねている「童髪」にも見えますね。絵師は、自分が実際に見聞きしている山賊一味の姿を、「こんな変な奴がいたよ」と伝えたかったのかも知れません。

投稿: kansuke | 2010年6月12日 (土) 02時44分

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