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2010年7月10日 (土)

其地、山水多く…

B10070901

梅雨も終わりに近くなると、豪雨のニュースが多くなる。

山梨県博の常設展示でも、

明治40年の大水害が大きく扱われていた。

郷土の景観を一変させ、多くの人々のその後の運命も、

変えてしまう、大事件だったのがよく解かる。

この列島は降雨量もさることながら、山々から流れ出る川は、

殆どが急流で、水害は何処にでも起こりうる。

こういった風土を考える時、よく思い出すエピソードがある。

元寇の頃、事前に二度日本へ派遣され、一年間滞在した、

女真人の趙良弼という人が、帰国後、世祖フビライにこう報告した。

「…其地、山水多く、耕桑の利なし…」

(私は日本に一年余り滞在しましたが、

 日本人は野蛮で人殺しを好み、親子上下、礼を知りません。

 国土は山と水ばかりで、農業に適していません。

 土地を占領しても貧しく、

 人々を奴隷にしても役に立たないでしょう。

 その上、海路は天候が安定せず、

 大艦隊が渡るには危険が大き過ぎます。

 こんな国に大事な国民を動員し、巨費を費やして、

 征服するのは全く無益であると思われます)

実によく観察しているのだが(今でも十分通用する)

フビライがこの忠告に耳を貸さなかったのは言うまでもない。

(写真 CX3)

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