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2010年8月の記事

2010年8月30日 (月)

餓鬼草紙を観る(1)

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餓鬼草紙が中世絵巻の白眉なのは論を待たない。

必見の絵画史料でもある。

まず、凄惨な場面の連続に目を奪われるが、現代の観覧者が、

「空想上の地獄を描いた絵」と囁き合っているのを聞くと、

博物館側の解説も不足しているのではないかと気になる。

餓鬼は人には見えないが、必ず其処にいると信じられていたし、

描かれた場面は全て、

現実の中世世界で起こっていたことだからだ。

都市的な場の境界地には葬送地があり、

埋葬されるのはいいほうで、多くの死体、

あるいはまだ息のある病者が放置されていた。

もとより、公衆トイレは存在しないから、

人々の行き交う辻は糞尿で溢れていた。

つまり、異臭、悪臭に満ち満ちていたのが、

中世世界の実相なのだ。

(写真 CX3)

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2010年8月29日 (日)

錦糸町から上野へ(2)

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午前中に錦糸町で所用をこなし、昼前に上野へ寄るという、

いつものコースをとる。

この前は2月で、長谷川等伯展であったな。

季節は変わり、時も移ろう…

今日は東博の本館2F・国宝室特別展示、

「餓鬼草紙」(国宝 12~12C 東博本 10/3まで公開中)を観てきた。

以前に当ブログでも触れたけど、あの時は複写だった(失礼)

今回は言うまでもなく、実写である。

下に同じ場面を掲げておく(圧倒的に迫力が違う!)

とりあえず、詳細は明日に…

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(写真 CX3)

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2010年8月28日 (土)

日々の写真 8/27

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小菅の刑場の公開は遅きに失したくらいだ。

この秘密主義を許容する後進性に気が滅入る思い。

室内に、当たり前のように安置されたいた、

金色の仏壇と仏像(阿弥陀仏か)に著しい違和感が残る。

昨日視たABCのナイトラインでは、

大物死刑囚にキャスターが自由にインタヴューしていた。

(写真 CX3)

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2010年8月26日 (木)

蜩(ヒグラシ)の声

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前日の、蝉の話題ついでに…

都心部で蜩(ヒグラシ)の声を聞くことは稀だろう。

森林系といわれる、この蝉の声を、

夏の朝な夕なに聞きながらの生活は、

ある意味、理想かもしれないな。

ひぐらし、つくつくぼうし(くつくつぼうし)は中世以来、

呼び習わされてきた蝉の名とも云う。

中世人にとって、蝉ははかないものの象徴となる。

「蝉の羽」とは、スケスケの薄物の夏衣のたとえ、

「蝉声」は「今はかう」の、しぼりだすような声といった具合に。

ちなみに、蝉は夏、蜩とつくつぼうしは秋の季語とあった。

(写真 CX3)

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2010年8月25日 (水)

蝉捕りと蝉撮り

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夏の撮影の、筆者の密かな楽しみに「蝉撮り」がある。

まぁ、少年時代の「蝉捕り」を写真で追体験している感じだろうか。

あの、うまく捕れた時の快感が似ているわけだ。

夏休みの課題は昆虫採集と標本つくりというのが相場だったが、

当方がどんなに頑張っても、エリアが横浜南部限定であるから、

ミンミンゼミで上々だった。

ところが、西日本や北海道に帰省する連中は、

(保育社・原色日本昆虫図鑑で憧れの…)

クマゼミやエゾゼミを捕ってくるので、到底勝負にならない。

子供心に、日本列島がとてつもない広さにも感じられた。

このところの温暖化で、

クマゼミの関東地方への南下が伝えられている。

筆者は、まだ鳴き声を聞いていないけど、

もし、出遭ったならば、少年時以来の遺恨を晴らすべく、

つかさず「蝉撮り」をこころみるつもりだ。

(写真 CX3)

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2010年8月24日 (火)

日々の写真 8/23

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困ったことに残暑が続くようだ。

少しでも涼しげな写真と思うのだが、なかなか…

昨夜、教育TVでやっていた、

「埋もれた声 ~大逆事件から100年~」は悪くなかった。

このような番組を「歴史感覚がある」というのである。

しかし、再放送の予定が無いのはどういうことなのか。

受信料を払っていて「オンデマンドでどうぞ」が気に入らぬ。

しかも、金を食う大河ドラマのほうは、

歴史感覚からピントがハズレ気味なのもね…

先々週だったか、TBS日曜朝のサンデーモーニングで、

久しぶりに出演した佐高信氏が、

「日韓併合100年と同時に、大逆事件100年を覚えろ」

と喝破していたのを思い出す。

NHKの番組でも触れていたが、両者は密接な関連があるのだ。

(写真 CX3)

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2010年8月22日 (日)

丸石の道祖神 (1)

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日本石仏事典を捲っていて、道祖神の項で、

6月に山梨の石和で道祖神の写真を撮っていたのを思い出した。

甲府盆地に多い丸石の道祖神である。

道祖神と云うのは、村の入り口や峠などの境界地に、

外界からの悪魔の侵入(まず、道を通ってやって来る疫病神)

を払うのを目的に立てられた守り神で、

いろいろな信仰と習合し、かたちも様々だ。

代表的なのは、

この世とあの世の境界に現れ、亡者を救う地蔵であろう。

境界地には市が立つことがあったから、

→市の神→宿の神→芸能の神→魔多羅神、

といった繋がりも想定出来る。

丸石の道祖神は中世絵巻の街道の場面で見たことがあるが、

一遍聖絵だったか? ちょっと調べてみよう。

甲府盆地が濃厚な中世史スポットなのは言うまでもない。

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(写真 CX3)

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2010年8月20日 (金)

近世の被差別部落

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一昨日に触れた、

「近世の被差別部落」(歴史公論ブックス4 1981 雄山閣)

所収の論考で引用されている、

昭和10年東京府調査・府下部落一覧と、

それから漏れている地区(その数のほうがずっと多い)一覧を見て、

筆者が探索した都下の、

中世の都市的な場の跡と思われる地区が、

ほぼ例外無く一致していることに、深く頷かされた。

(もとより、現在、その痕跡は殆ど消滅しているが)

江戸期の状況を引き継いでいるのは、当然、想定出来るけど、

その起源が軽く中世後期に遡るのも確実なのだ。

上は雑司が谷界隈。

(写真 ライツミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2010年8月17日 (火)

日々の写真 8/16

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各地で38℃超すと云々。彼地、いかばかりならん。

夕刻、北東方向に雄大積乱雲を認む。空は確実に秋色を帯びる。

歴史読本 '94/11 特集対談「なぜ中世都市が注目されるのか」より

…網野善彦氏

…とくにこれから考えた方がいいのではないかと思うのは、

 宗教の問題ですね。十五、六世紀のころの都市には、

 中小都市を含めて、明らかに宗教の力が働いている。

…寺内町だけでなく…宿や市には寺が非常に多いんですね。

 これは商業・金融の本質とも関係していると思います。

 鎌倉仏教の役割が大きいと思いますが、

 キリスト教の影響も無視できないですね。

 教会を中心に町ができることが、実際に日本にも、

 あったと思うんですね。長崎にそうしたところがあります。

…ところが、なぜか―ここのところが大問題ですが、

 日本の場合には、城下町の中心として城をつくる、

 世俗権力が、そういう宗教勢力をたたきつぶしてしまった。

 寺や教会を中心としてできる町は、ある場合には、

 たたきつぶされ、近世まで残っても主流ではなくなりますね。

 これがなぜなのかということが、日本の歴史の本質に、

 つながる問題のひとつです…

(写真 CX3) 

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2010年8月15日 (日)

日本石仏事典

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古本市にて、

「日本石仏事典 第二版 1995」(庚申懇話会編 雄山閣)

を購入する。

Amazonでは、程度は良くても、\10000からだったので、

多少ヤレテいるが、@\1500也 ということで決めた。

夕刻より、八王子のN氏宅で松茸尽くしのご膳と、

お薄を頂き、先ほど帰宅したばかり。

岩手の銀河高原ビールも旨し。

(写真 CX3)

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2010年8月14日 (土)

中世のかたち

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お盆恒例の古本市を覘く。

「日本中世Ⅰ 中世のかたち」(石井進著 2002 中央公論新社)

をもとめるに、@\735也

中世史研究の基本概念を、

もう一度、整理、通観するに好適な書である。

ちょうど、筆者の指に隠れてしまっているが、帯に、

「豊臣秀吉は若いころ、なぜ、針を売って歩いていたのか」とある。

これだけでも、かなり魅かれるテーマだ。

外見がきれいで、安かったのは、

前の読者が所々、鉛筆で傍線を引いたためだろう。

いつも思うのだけど、こういう読み方は理解出来ない。

筆者は、気になった箇所は栞を挟むだけにしている。

そのために、日頃から美術館や博物館のチケットの半券を、

捨てずにためているわけだ。

石仏関係のコーナーも気になった。

季刊・日本の石仏、日本石仏事典、石仏入門、石佛賛歌…

実にシブイ!

会期は来週水曜日までなので、おいおいと観ていこう。

(写真 CX3)

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2010年8月13日 (金)

北品川・法禅寺裏の路地

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アサカメ8月号、田中長徳氏の連載、

「チョートクのゆるゆる庵 その八」

「品川路地裏をゆるゆる歩き」に法禅寺裏の路地が出ている。

確かにちょっと面白い路地だった。

その時のアップし忘れた写真も(上)

北品川界隈は今のところ、筆者の、

23区中世史スポットのトップにランクされているのは言うまでもない。

秋になったら、そこから続編へ出発しようか。

…………

25年前の8月12日の記憶を呼び起こしてみる。

土曜日かと思っていたのだが、月曜日だった。

盆休みに入る直前で、街中が浮ついてたような気がする。

情報が錯綜し、混乱の極にあった夜が明けて、

飛び込んできたTVの中継画像が目に焼きついている。

(写真 CX3)

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2010年8月11日 (水)

カメラ用品をもとめる

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新宿へ所用ついでに、ヨドバシに寄り、

ナチュラを収納する入れ物を探す。

ちょっと前より、品数がかなり減ってしまった。

フリース製で巾着袋のようなものがあったはずなんだが…

結局、ドンケのプロテクティブ・ラップ Sサイズ @\2600を購入した。

リンホフやイオスのボディを包むのにLサイズを持っているので、

まぁ、使い勝手は判っている。

CFカードのケースが必要だったのも思い出し、物色するが、

どれも子供っぽいデザインだし、石鹸箱みたいで気に入らない。

やっと見つけたのが、

ヴァンガードというメーカーの4枚用で、@\700だった。

カメラ用品の世界も淘汰が進んでおるのだな。

…………

夕刻、天候回復して涼風あり。ツクツクボウシ鳴き始める。

(写真 CX3)

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2010年8月10日 (火)

日々の写真 8/9

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明け方の雨音で目覚める。暑さ一服するも湿潤。

昨夜遅く、BS-Hiでやっていた、

「オーバーアマガウ村の受難劇 ~10年に一度だけの大舞台~」

は面白かった。

南ドイツ・バイエルン地方のアルプスを望む美しい村、

オーバーアマガウでは400年間、10年に一度、村人だけで、

キリストの受難劇(オペラ仕立)を演じ続けている。

この夏、2010年41回目の上演を追ったドキュメンタリーである。

2500人の参加者、準備に5年、リハにほぼ一年を費やすだけに、

舞台の仕上がりは素人の域を遙かに超え、見入ってしまう。

そもそもの起源は、1633年、この地方を襲った、

30年戦争による荒廃とペストの大流行にあるそうだ。

たった一人の村男が持ち込んだペストでこの村は壊滅に瀕する。

村人たちは悔い改めのために、この世の終わりに至るまで、

10年に一度、キリストの受難劇を演じることを誓約したのだと云う。

何故か、山形の黒川能を思い出してしまった。

こちらも村人だけで演じ続けられ、同じくらいの長さの歴史を持つ。

強い宗教的な動機も共通するのではないだろうか。

(写真 CX3)

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2010年8月 9日 (月)

「剣岳 点の記」を視る

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昨夜視た「剣岳 点の記」 

映画としては特にどうってことなかったけど、

明治期の立山登拝の様子や、

室堂の賑わいが再現されたシーンは興味深かった。

筆者も十年近く前、室堂で最古の小屋(元宿坊で中世に遡る)に、

泊まったことがある。

測量隊が剣山頂で、

昔の修験者が残した錫杖と鉄剣を発見する場面もあるが、

実物は重文指定されて、県立立山博物館で観られるようだ。

奈良時代末期から平安初期のものと云うから、

あらためて、修験道の凄さを想う。

彼らは文献なんか殆ど残していない。

でも、前近代に至るまで、この国の宗教世界を、

脈々と流れてきた地下水脈のような存在だったのだ。

立山近辺を探索してみたくなった。

(写真 CX3)

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2010年8月 7日 (土)

なぜ、今 清盛なんだ?(2)

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一昨日は少しくさしたが、期待出来ることもなくはない。

製作発表会見で、ちょっと面白い見方があった。

「海賊の王、清盛」

「ジャンク船の先端で仁王立ちとなる清盛の勇姿」

これは「新平家物」にはなかったイメージである。

この40年の研究の進展からみれば、必ずしも誤りではない。

清盛は多くの海賊=舟を自在に操る海の武士団の、

頂点にいた棟梁だった。

武士たちの棟梁を一種の王権とみなして「王」と呼ぶのも、

違和感はない。頼朝、奥州藤原氏、皆同じだ。

ジャンク船とは大型の外洋船=唐船である。

平氏が唐船を所有していたのは確実で、

日宋貿易に活用するばかりか、清盛自ら乗船して、

一族を引き連れて瀬戸内海を航海している。

そういった史実から垣間見えるのは、

清盛には、当時の国境や国の枠組みを軽々と超えて、

東アジア全体と交流しようとする視点があったことだ。

国際感覚に優れ、多くの情報を持ち、

より自由と実力を志向した人間だったとも言えるだろう。

平家物語は清盛をとんでんもないヤツと書き始めながら、

結局、彼のスケールの大きさに圧倒されて、

作者の意図を超えた、魅力的な清盛像を描き出した。

その辺りも加味していけば、

なぜ、今、清盛なんだという問いに答えられると思うのだが。

(写真 CX3)

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2010年8月 6日 (金)

日々の写真 8/5

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空、どこまでも青く、再び猛暑日となる。

今朝、いつも通り抜ける路地が遮断されていた。

暫し立ち尽くしていると、

「9階から見ていたら、

 向こうのビルのベランダでタバコを吸っていた人が、

 いきなり飛び降りたんです」

駆けつけた警官と話す、くぐもった声が耳に入ってきた。

行きつけの漢方薬局で、

夏風邪の咳止めに「麻杏甘石湯」を勧められもとめる。

疲労感抜けず。

(写真 CX3)

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2010年8月 5日 (木)

なぜ、今 清盛なんだ?(1)

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12年の大河ドラマが書き下ろしの「平清盛」に決まったそうだ。

大河のテーマの決め方、いつもそうなんだけど、

かなり唐突な印象が否めない。

聴取料を頂いている「皆様のNHK」の大看板ではあるし、

せっかく歴史を正面から扱えるドラマなのだから、

なぜ、今「清盛」なんだという問いに、

製作サイドは、多くの人が「なるほどそうか」と頷けるような、

解かり易い説明をする必要がある。

今回は「悪役でなく、変革期に生きる、やんちゃでエネルギッシュ、

海賊の王、平安のゴットファーザーのような…清盛」

とか言っているらしいが、昔の「新平家」とどこが違うのか

担当者の独りよがりの御託じゃね。

要は歴史感覚の問題だろうな。

「龍馬」だってよくわかんないんだから。

(写真 CX3)

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2010年8月 2日 (月)

新宿御苑前にて

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石内都写真展 “tokyo bay blues 1982-1984”

(ギャラリー蒼弓舎 ~8/8) を観に新宿御苑前へ。

この人の写真展は後味がいいので、

出来るだけ覘くようにしている。

浦賀、横須賀、横浜、鶴見…

埋立地、工場、港町、防波堤の先に広がる海の波濤…

東京湾沿いに移動してく視点と80年代という時代に、

筆者自身の記憶と暫し重ね合わせてみた。

作品の光と色彩に、自然と眼差しが彼方へ向かう。

海芝浦駅か。

…………

メトロで乗り合わせた三つの家族、

いずれも、娘か父親がイオスのデジ一眼を下げ、

アジアの言語を話していた。

当方のCX3を見遣って、微笑みながら軽く会釈を交わす。

(写真 CX3)

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