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2010年10月19日 (火)

代官屋敷界隈

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こうして、世田谷代官屋敷界隈の探索を始めたのは、例によって、

この辺りに中世の宿と市の痕跡を見出したからに他ならない。

屋敷の前の「ボロ市通り」と云うのは、大山道、つまり、

江戸期に盛んになった大山参りの参詣道である。

しかし、中世後期から戦国期にかけては、

足柄峠と江戸を結ぶ「矢倉沢往還」として知られ、

ほぼ、東海道の機能を果たす、幹線道路だったと考えられる。

(中世前期の東海道は鎌倉に入っていたが、室町中期に、

 関東公方の落去によって、鎌倉が荒廃すると、

 後北条氏の本拠、小田原と江戸を直結する、

 こちらのルートのほうが栄えたようだ)

さて、屋敷裏手の浄光寺(室町中期15C 文明年間開山)という、

浄土宗の寺に、代官・大場氏の墓所を訪ねてみる。

一番古そうな宝きょう印塔に寛永三年(1626)の銘を見つけた。

(写真 CX3)

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