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2010年11月の記事

2010年11月30日 (火)

日々の写真 11/29

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CL用にネガカラーフィルムをまとめ買いした。

コダックのスパーゴールド400/36枚、5本入りが@\1580―

1本あたり@\316也。これくらいなら、いいだろう。

コダックのフィルムを購入するのは、かれこれ8年ぶりか。

…………

BSHiで先行放送されている、

今年の「坂の上の雲」 第二部1回「日英同盟」を視た。

歴史的な視点が、なんだか紋切り的になってきて、

去年より、幾分作りが粗いような気がする。

北清事変(義和団事件)で住民に残虐行為を働くロシア兵を描くが、

具体的にどんな事件があったのか、説明する必要があるだろう。

(日露戦争への道筋はともかく、今となっては、

 「扶清滅洋」の一大排外運動だった、北清事変の方に関心が向く。

 そういえば、「北京の55日」という映画があったな)

それと、日本軍はどうだったのかも。

(写真 CX3) 

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2010年11月29日 (月)

これからもCL!

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決して、タフなカメラではない。

むしろ、繊細なくらいなのだが、妙に手に馴染んでしまった。

一時は、いろいろと迷ったことがあったけど、

ライツ・ミノルタCL、これからも使い続けるつもりだ。

新しいボディ、ファインダーもクリアーで、全て快調である。

…………

龍馬伝、最終回を視る。近頃では、この人物ほど、

小説やドラマでイメージが膨らまされた例は少ないだろう。

史料はある程度揃っているのに、かえって、

実像が掴み難くなってしまった。

今までの視点にとらわれず、

冷静かつ、実証的に書かれた評伝が出ないものか。

(写真 CX3)

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2010年11月28日 (日)

錦糸町から上野へ(3)

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例によって、錦糸町にて所用を終え、上野へ廻る。

東博常設展の展示替えを観んがためなり。

公園の「大陶器市」を冷やかすも、その前に、

ヒカリカメラでCLボディの「美品」(手頃な値段!)を見つけ、

気がついたら、購入していたという始末。

とりあえず、明日はテスト撮影をしてみよう。

そうそう、東博では中世合戦絵巻の代表作、

「後三年合戦絵巻」(重文14C)を鑑賞したので、その話題も…

夕刻、カメラのキタムラでキャノン・パワーショットS95を薦められ、

心、大いに動く(マルチアスペクトで1:1が撮れるのだ)

(写真 CX3)

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2010年11月27日 (土)

日々の写真 11/26

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半島の砲声、発見された不発弾で、

122㍉多連装ロケット砲が使われていたことが判ったと伝える。

大戦中、ソ連軍が多用した、

かの「カチューシャ砲」の系譜を引く兵器であろう。

命中精度は低いが、派手な破壊力で心理的な効果があるとも。

その選択からして、なおさら、性質の悪さが窺えるな。

(写真 CX3)

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2010年11月26日 (金)

日々の写真 11/25

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半島の砲声、続報によれば、

あの指導者父子の直接指示があったとか。

しばしば、歴史上の暴挙の実相は、末端でも中間でもなくて、

トップの親裁に因ると云う、史書通りの展開になってきたな。

打ち込まれた砲弾の口径は122㍉とも。

父親の談を思い出すに、

155㍉なら、普通の住宅一軒がまるまる吹っ飛ぶ程の威力で、

4~5mの穴を穿つと聞いたけど、

今回の被害映像では、もう少し小口径弾かと視たら、

ほぼ、その通りだった。

あらためて、父親の解説の適切さに想いを致す。

(写真 CX3)

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2010年11月25日 (木)

11月の砲声

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このところ、朝日の夕刊に連載されている、

「ニッポン 人・脈・記 語り継ぐ戦場」は、

各界の人々の、父、祖父の戦場体験をもっと、

聞き、語り合うべきだったという、慙愧の想いを取材していた。

筆者の場合も、幼少期から少年期にかけて、

比較的、父親の話を聞く機会に恵まれてはいたけれど、

やはり、全然聞き足りなかったという思いはどうしても残る。

そこに、休日の夕方をさざめかせた、時ならぬ半島の砲声である。

ミサイルではなく、クラシックな野砲だったこともあり、

旧陸軍の砲兵中尉だった父親が詳細に、少年の筆者に語った、

「15㎝榴弾砲射撃の次第」を甦えらせた。

そのせいなのか、一連の砲の、

照準法、弾道や射程、砲弾の威力が、

妙に生々しくイメージ出来るようなのだ。

(写真 CX3)

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2010年11月24日 (水)

雑司が谷秋日(3)

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(写真 GX200)

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2010年11月23日 (火)

雑司が谷秋日(2)

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雑司が谷… やはり、この街には何かが隠されている。

今後も、探索を続行するのは言うまでもない。

(写真 GX200)

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2010年11月22日 (月)

雑司が谷秋日(1)

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鬼子母神通りにて、

秋恒例、古本のフリマ 「みちくさ市」を覘いてきた。

フジクラシカを携えて、久しぶりに雑司が谷界隈を歩く。

このカメラ、時々拙い写りをみせるが、それはそれ。

懐かしい味わいと、割り切って楽しむことにしている。

どこかのTV番組で紹介されたらしく、人出あり。

古書のほうは、今日はパス。

(写真 フジ・ナチュラ・クラシカ スーパーEBCフジノン 28-56㎜

                           F2.8-5.4 Solaris400)

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2010年11月21日 (日)

犬捕る人々

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先頃、上海を旅された里坊氏によると、

路地裏上海は時ならぬペットブームを呈しているらしい。

それで、思い出したのが、

父親が、出征していた中国南部で目撃した一件である。

ある日、父親の部隊で使役していた、

「クーリー」(苦力…中国人労働者をそう呼んでいた)たちが、

どこから見つけてきたのか、一匹の犬と遊んでいる。

暫くしたら、犬が見えなくなり、彼らが鍋を囲んでいたという。

犬食はごく最近まで、かの国では普通のことだった。

今でも、朝鮮半島には名物料理があると聞く。

この列島ではどうだったのか。

実は、あの上杉本・洛中洛外図に「犬捕り」が描かれているのだ。

(他の史料には見られず、大変貴重だ)

二人組みの男たち、手前の男は犬を手なづけながら、

後手に、棒の先に輪状の縄を付けた捕獲具を持っている。

背後で控える男は、同じく捕獲具を手にし、肩に青竹を編んだ、

捕獲した犬を入れる籠を担ぐ。

犬の用途といっても、番犬、猟犬、闘犬、犬追うもの…

(生きた犬を走らせて、弓の的にする)か。それとも…

中世世界の日本で、犬食が無かったとは言い切れまい。

「犬捕り」が、どのような職能民なのかも興味深いが、

犬食の習慣が東アジアに広く存在していた可能性にも、

想いが広がっていく。

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(写真 CX3)

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2010年11月13日 (土)

日々の写真 11/12

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昼過ぎ、母親の病棟に行ったら、

ベットがきれいに片付けられていた。

一瞬、ドキッとしたが、

看護師に、本来の呼吸器病棟に移動したと告げられた。

ホッとして、そちらに回る。

真西に面した見覚えのある廊下は、

五年前に父親が入っていた時のままだった。

この季節の夕日も…

…………

今日の朝日朝刊に、

映像流出事件の容疑者を厳しく、徹底的に断罪すべきとの、

佐藤優氏のコメントあり。

武装組織である海上保安庁の統制と綱紀は極めて重大で、

帝国海軍将校が起した5.15事件では、

刑減免運動におもねった甘い処分が、

陸軍の2.26事件を誘発した例を引く。

また、「国民の知る権利」を叫ぶには、

今回の容疑者の行動や資質からして、見当ハズレとも。

後付けながら、どうせ、映像を公開するなら、

船長釈放がタイミングだったと指摘している。

歴史感覚のある見解で、佐藤優氏を見直した。

(写真 CX3)

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2010年11月12日 (金)

日々の写真 11/11

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先程、病院より戻る。

なんやかやで、今日は病院に八時間はいた。

いささか疲労。

……………

取りとめもなく、

映像流出事件の容疑者のことでイメージするのは、

義経、忠臣蔵、鼠小僧、大津事件、2.26事件…

始まりは「文学」でも、後がよろしくない。

上記のイメージを続けていけば、確実にテロリズム容認へ辿り着く。

新橋路頭の酔っ払いオヤジの喝采の如く、

このネット世界の内実は、前近代ままのお粗末さである。

たとえ、法的に微罪であっても、歴史はそう見るのか。

「犯罪を称揚するに同意せず」の、仙石氏の言を待たない。

(写真 CX3)

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2010年11月 8日 (月)

世田谷の小さな教会

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伯母の没後30周年を覚えるということで、

世田谷の閑静な住宅地にある教会から、

遺族として、「聖徒の日・永眠者記念礼拝」への、

出席を請う葉書が来ていたらしい。

生憎、一族の者は誰も出れないので、

お鉢が回ってきたわけだ。

誰も知り合いのいない中、参列する。

ところが、「甥っ子」さんと歓迎されて、

伯母の教え子さんとか、お友達(お歳は推して…)に囲まれ、

いろいろと思い出話をすることに。

あまり、感じのいい伯母ではなかったけど、

今日だけは特別だった。

(筆者は、最近、とみに、その想いを強くしているのだが、

 これからの人生、「宗教からの卒業」を目指そうと考えている。

 宗教はあくまでも、研究対象と云うことになるだろう)

(写真 CX3)

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2010年11月 6日 (土)

あの角を曲がれば…(3)

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「東京古道散歩」という本、読んでいて意外に疲れるのは、

何故かと思ったら、東京各区の資料館や教育委員会の、

パンフや紀要、現地の案内板などの情報を満遍なく拾って、

繋いで紹介していくような内容になっているからなのだ。

ガイドブックの、一つのあり方ではあるけれど、

その辺りに、歴史的な対象として、古道を捉えていく視点が、

定まり難い原因があるのではないか。

例えば、古代の道、中世の道、近世の道、

それぞれ、性格が相当異なってくるし(ゴッチャには論じられない)

寺社や城址(館跡)、遺跡が多く立地しているのは、ただ、

古道沿いだからというだけでは、何も見ていないのと同じである。

歴史上の、様々な一次史料に直接当たりながら、

現地探索を続け、(文字通り、これが過去と現代との対話であろう)

全て歴史的な意味合いに則って、視点を定め、読み解いていけば、

面白いほど、いろいろなことが見えてくるのだ。

(筆者の好みの、その方面の著作は、やはりこっちだな)

手始めに、

古道沿いに多い、寺社とはどういうものなのか、考えてみよう。

(写真 CX3)

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2010年11月 5日 (金)

日々の写真 11/4

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三年間、日々、この街を撮り続けるようになったが、

この街が一番、輝くのは黄昏時ではないかと思っている。

しかし、こういった環境にいれるのも、もう長くはない。

………

NHKBS-hiで報道写真家、ジエームス・ナクトウェイへの、

インタヴュー番組をやっていた。興味深く視聴する。

…写真が動画に対して持つ優位性とは、瞬間を凍結する力であり、

 それがメッセージを誰の心にも、より深く届かせる。

 また、被写体の時代を含めた背景を事細かに写し取る力もある…

(写真 CX3)

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2010年11月 1日 (月)

あの角を曲がれば…(2)

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中目黒(別所、宿山)雑司が谷(宿坂)北品川(品川津)

世田谷(新宿、元宿)と、中世世界の宿の痕跡に魅かれて、

探索を続けてきたわけだが、もとより、中世の宿の実態は、

殆ど解かっていない。今、イメージされることが多い、

近世・江戸期の宿場町と、一部重なるところはあっても、

かなり違うものであったはずなのだ。

世田谷では、これに市という視点が加わった。それと、

遍歴する宗教者、芸能者、職人、連雀商人という視点も…

この三者は、切っても切れぬ関係なのは明らかだろう。

でも、中世の宿と市の具体的なイメージとなると、

やはり、一遍聖絵に頼らざるを得ないようだ。

信濃国佐久郡、伴野市の様子。

市は月に何度と日を決めて開かれるので、

市が無い日は人気が無く、粗末な草葺き、掘っ立て柱の、

市屋の住人は烏と野犬、乞食たちだけである。

ここの主人公たちは、各地の市から市へ、宿から宿へと、

絶えず遍歴しているのだから、極めて自然な光景と言える。

ところで、中世遺跡の発掘が進展し、ひょっとしたら、

これが宿や市ではないかという例が出てきている。

大きな幹線道路(奥大道)と、それに沿った、

掘っ立て柱の柱穴群が栃木県の下古館遺跡で検出された。

ちょうど上の、一遍聖絵の市屋にそっくりな建物だ。

(写真 CX3)

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